摩尼寺(読み)まにじ

精選版 日本国語大辞典 「摩尼寺」の意味・読み・例文・類語

まに‐じ【摩尼寺】

[一] 中国、唐代に諸州に置かれた大雲寺の別称。
[二] 鳥取市覚寺(かくじ)にある天台宗の寺。山号は喜見山。本尊帝釈天。天長年間(八二四‐八三四)の創立と伝えられる。承和年間(八三四‐八四八円仁が堂宇を再建。天正八年(一五八〇豊臣秀吉の兵火で炎上、数年後に再建される。まにでら。まにさん。

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日本歴史地名大系 「摩尼寺」の解説

摩尼寺
まにでら

[現在地名]鳥取市覚寺

覚寺かくじ集落から摩尼川沿いにさかのぼった摩尼山(三五七メートル)山腹にあり、摩尼山が奥院となっている。喜見山と号し本尊帝釈天王、天台宗。通称摩尼山。弘化三年(一八四六)筆写の摩尼寺帝釈天王縁起(寺蔵)によれば、平安時代前期、高草たかくさ郡の産見の長者の深い信仰に対し、須弥山の喜見きけん城に摩尼珠をもって厳飾されている帝釈天が摩尼山頂の竪岩に現れ、衆生の済度、とりわけ「五障非器の女人をして安養兜率に参詣せしめ」ることを約したので、長者はこの地に精舎を営み、さらに承和年間(八三四―八四八)に慈覚が七堂伽藍と四九院を造立したという。摩尼山は平安中期頃から因幡国の山中他界信仰の山であり、国内の死者霊魂は摩尼山へ行くと信じられるとともに、浄土教の善光寺信仰も行われていたと考えられている(鳥取県史)。中世の他界信仰の霊地と、それを背景とする摩尼寺の繁栄に大きな打撃を与えたのは、天正九年(一五八一)の鳥取城攻略に際しての羽柴秀吉による一山焼打ちであった。

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百科事典マイペディア 「摩尼寺」の意味・わかりやすい解説

摩尼寺【まにじ】

鳥取市の摩尼山山腹にある天台宗の寺。本尊帝釈天王。摩尼山は平安中期ごろから死者の霊魂が行くと信じられ,当寺は因幡(いなば)国の山中他界信仰の霊地として繁栄した。1581年羽柴秀吉豊臣秀吉)の鳥取城攻略の際一山を焼打ちされ,江戸期池田光政(みつまさ)の外護再興された。

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デジタル大辞泉プラス 「摩尼寺」の解説

摩尼寺

鳥取県鳥取市、魔尼川上流の魔尼山中腹にある寺院。山号は喜見山、本尊は千手観音菩薩、帝釈天。帝釈天出現の伝説があり、慈覚大師(円仁)の開基と伝わる。

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事典・日本の観光資源 「摩尼寺」の解説

摩尼寺

(鳥取県鳥取市)
鳥取県民の建物百選指定の観光名所。

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