掛・懸・賭・架(読み)かける

精選版 日本国語大辞典 「掛・懸・賭・架」の意味・読み・例文・類語

か・ける【掛・懸・賭・架】

〘他カ下一〙 か・く 〘他カ下二〙
[一] ある場所、ある物、人などに付けて事物や人をささえとめる。また、あるものにかぶせたり、もう一つのものを加えたりする。
① ある所に物の一部をつけてぶら下げる。つりさげる。ひっかける。
※古事記(712)下・歌謡「斎杙(いくひ)には 鏡を加気(カケ) 真杙(まくひ)には 真玉を加気(カケ)
※永日小品(1909)〈夏目漱石〉クレイグ先生「近眼の所為(せゐ)か眼鏡を掛(カ)けて」
② 物の表面に覆いかぶせる。また、(自動詞のように用いて)霞や霧がかかる。
※源氏(1001‐14頃)夕霧「わけゆかむ草はの露をかごとにてなほぬれぎぬをかけむとや思ふ」
※多情多恨(1896)〈尾崎紅葉〉前「葉山は火燵蒲団を剥いで、柳之助に被(カ)けて」
③ からだや物の端の部分を他の物の上にのせたり、側面にもたれさせたりする。手の場合は、つかむように触れることにもいう。
※蜻蛉(974頃)下「すだれに手をかくれば」
※源氏(1001‐14頃)帚木「廊のすのこだつものに尻かけて」
④ 馬や牛を、車につなぐ。
※蜻蛉(974頃)中「車かきおろして、馬ども浦にひきおろして冷しなどして〈略〉さて車かけて、その崎にさしいたり」
⑤ 碇(いかり)をおろしたり、岸につないだりして船をとめる。
日葡辞書(1603‐04)「ミナトニ フネヲ caquru(カクル)
⑥ 開かないように、鍵や錠でとめる。また、取れないように、金具などでとめる。
※狭衣物語(1069‐77頃か)二「妻戸あららかにかけつる音すれば」
※浅草紅団(1929‐30)〈川端康成〉二六「ボタンをかけてなかった外套
⑦ (竿秤(さおばかり)にぶら下げることから) はかりにのせる。目方をはかる。
古今六帖(976‐987頃)五「かけつればちぢのこがねも数知りぬなぞわが恋のあふはかりなき」 〔日葡辞書(1603‐04)〕
⑧ 高い所につるしたり、とりつけたりする。掲げる。また、掲げて人に見せる。さらす。
※枕(10C終)一六四「風はやきに帆かけたる舟」
平家(13C前)八「主従三人が頸をば、備中国鷺が森にぞかけたりける」
⑨ (鍋など上からつるしたところから) 煮たきをするために、火の上に置く。
※浮雲(1887‐89)〈二葉亭四迷〉三「燗をつけるやら、鍋を懸けるやら、瞬く間に酒となった」
⑩ ひとりで二つ以上の働きや役目をする。兼ねる。
伊勢物語(10C前)六九「国の守(かみ)、いつきの宮のかみかけたる」
※日葡辞書(1603‐04)「フタミチヲ caquru(カクル)〈訳〉ひとりの男がふたりの女と、またはひとりの女がふたりの男とまじわっている」
⑪ 一つの語句に第二の意味を帯びさせる。掛け詞を用いる。
※古今(905‐914)物名・四六八・詞書「『は』をはじめ、『る』をはてにて、『ながめ』をかけて時の歌よめと人のいひければよみける」
⑫ 数量、力、重みなどをあわせ加える。
浮世草子・傾城色三味線(1701)大坂「家財かけて三拾壱貫五百目の大臣北浜の根づよい名題男と」
[二] ある機能を持つもののはたらきの支配下に置く。そのはたらきの対象にとり入れる。
① 心や耳目にとめて関心事とする。
(イ) 単独に用いる。
※万葉(8C後)二〇・四四八〇「かしこきや 天(あめ)のみかどを 可気(カケ)つれば 哭(ね)のみし泣かゆ 朝よひにして」
(ロ) 「心(耳・目)にかく」などの形で用いる。
※万葉(8C後)四・六九七「わが聞きに繋(かけて)ないひそかりこもの乱れて思ふ君が直香(ただか)そ」
※日葡辞書(1603‐04)「ヒトヲ シリメニ caquru(カクル)〈訳〉横目で見る」
② 言葉に出して言う。言葉に表わす。
(イ) 単独に用いる。
※万葉(8C後)一四・三三六二(或本歌)「武蔵嶺の 小峯見かくし 忘れゆく 君が名可気(カケ)て 吾をねし泣くる」
(ロ) 「口のはにかく」「言葉にかく」の形で用いる。
※後撰(951‐953頃)雑二・一一七九・詞書「おのれが上はそこになん、口のはにかけて言はるなる」
③ 関係づけて言う。かこつける。
※古今(905‐914)仮名序「さざれ石にたとへ、筑波山にかけて君をねがひ」
④ とがった物や、囲み込むような物で捕えて、自由に動けないようにする。特に、獣、鳥、魚などを、わな、網、針などで捕える。
※石山寺本金剛般若経集験記平安初期点(850頃)「之亮、僚属等と皆獄に繋(カケ)られて惶り懼く」
※日葡辞書(1603‐04)「トリヲ caquru(カクル)〈訳〉飛びあがろうとしている鳥の上に網を投げる」
⑤ (④の比喩的用法) 仕組んだ計画にはめこむ。だます。
※大乗掌珍論承和嘉祥点(834‐849)「自ら雪めて道理を立つること能はぬをもちて、他を誣(かこ)ち罔(カケ)て言はく」
※内地雑居未来之夢(1886)〈坪内逍遙〉五「忍(しのび)巡査が地方人の風をして甘(うま)っく奴をかけたンです」
⑥ 力を持つもので危害を及ぼす。
(イ) (刀、きば、ひづめなどで) 傷つけたり殺したりする。
※保元(1220頃か)中「人手に懸けて御覧候はんより、同じくは御手にかけ参らせて」
(ロ) (魔法・催眠術などで) 判断力を奪う。
※夜長姫と耳男(1952)〈坂口安吾〉「オレはヒメの魔法にかけられてトリコになってしまったように思った」
⑦ 問題になるものとして裁判、会議などに持ち出す。「裁判にかける」
※日葡辞書(1603‐04)「クジ サタヲ caquru(カクル)〈訳〉訴えをおこす」
※憲法講話(1967)〈宮沢俊義〉一「法律は帝国議会にかけなくてはならなかったが」
⑧ 材料、素材などを機械、器具などで処理する。
※子を貸し屋(1923)〈宇野浩二〉一「それらの切れ屑をすぐにミシンにかけられるやうに裁つこと」
⑨ 権威のあるものや、大切なものを約束の保証にする。
※平中(965頃)三四「いつはりをただすの森のゆふだすきかけて誓へよわれを思はば」
[三] 生命や財産など大切なものを、相手やなりゆきにまかす。
① 神仏や人や物事に、希望、生命などを託する。あてにしてまかせる。
※東大寺諷誦文平安初期点(830頃)「渋き菓、苦き菜(くさびら)を採(つ)みて危命を係(カケ)
※俳諧・奥の細道(1693‐94頃)草加「若(もし)生て帰らばと、定なき頼の末をかけ」
② 医者に診察や治療を頼む。
滑稽本浮世風呂(1809‐13)二「よいよいがかって、一としきりぶらぶらしたのを治さしったって、功者な噂だからかけて見たが」
勝負事などで、負けた者が勝った者に金品などを払うことを約束する。また、問題を解いた者、くじに当たった者、勝った者、ある要求をみたした者などに賞を出す。
※宇津保(970‐999頃)内侍督「『なにをかくべからん。まさより、むすめ一人かけん。〈略〉』『かねまさは、侍るにしたがひて、なかただをかけ侍らん』など、これかれ子どもをかけ物にて」
※露団々(1889)〈幸田露伴〉二〇「当港同家の支店長しんぷるなる者が賞を懸(カケ)て亢龍を索(もとむ)るの文なり」
④ 大切なものを代償にする。
※大和(947‐957頃)八四「をとこの『わすれじ』とよろづのことをかけてちかひけれど」
※源氏(1001‐14頃)夕顔「命をかけて、なにの契りにかかる目を見るらむ」
⑤ 一定期間の後に代金をもらう約束で、物を売る。〔日葡辞書(1603‐04)〕
⑥ 費用、時間、人手などを用いる。
※和英語林集成(初版)(1867)「カネヲ kakete(カケテ) コシラエタ」
※家(1910‐11)〈島崎藤村〉上「何を倹約しても斯娘(これ)には掛けたいと思ひまして」
⑦ ある定まった期間ごとに、納める金銭を出す。掛け金を払う。
※社会百面相(1902)〈内田魯庵〉投機「保険満期を十ケ年として満期まで掛続いたものには」
[四] 相手を作用の目標にする。また、その相手に影響力の大きい作用を及ぼす。
① あるはたらきかけを相手に向ける。
(イ) 心をそれに向ける。めざす。
※万葉(8C後)六・九九八「眉のごと雲居に見ゆる阿波の山懸(かけ)て漕ぐ舟とまり知らずも」
(ロ) 相手に反応を求めるような作用を及ぼす。しかけを発する。
徒然草(1331頃)一〇九「『あやまちすな。心しておりよ』と言葉をかけ侍りしを」
※行人(1912‐13)〈夏目漱石〉友達「其処へ電話を掛(カ)ければ君の居るか居ないかは、すぐ分るんだね」
(ハ) (芸妓を)呼び出す。
雪中梅(1886)〈末広鉄腸〉下「下女を手招きして次の間に至り、何か私語(ささや)き座に返るは跡の芸妓(げいしゃ)を掛けしと知られたり」
② ある場所、時期から他の場所、時期にまで及ぼす。また、ある時期の初めに至らせる。
※古今(905‐914)春上・五「梅が枝に来ゐる鶯春かけてなけどもいまだ雪は降りつつ」
※雁(1911‐13)〈森鴎外〉一「縦横に本郷から下谷、神田を掛(カ)けて歩いて」
③ 湯、水などを浴びせる。また、(自動詞のように用いて)雨や波が物の上にかかる。
※枕(10C終)三〇六「船に浪のかけたるさまなど」
※更級日記(1059頃)「なにさまで思ひいでけむなほざりの木の葉にかけし時雨(しぐれ)ばかりを」
④ あるものに支配的な影響を及ぼす。
※宇津保(970‐999頃)俊蔭「七人の人〈略〉いささかなる法をつくりかけつ」
⑤ 情愛、恩恵などを他に及ぼす。また、目下の者に祝儀を与える。
※落窪(10C後)一「我に露あはれをかけば立ちかへり共にを消えようきはなれなん」
※人情本・恩愛二葉草(1834)三「余所(よそ)ながら、彼奴めが恵みを懸(カ)けたるに疑ひなし」
⑥ 好ましくないこと、迷惑、苦労、損害などを与える。
※源氏(1001‐14頃)蜻蛉「女郎花みだるる野辺にまじるとも露のあだなをわれにかけめや」
※西洋道中膝栗毛(1870‐76)〈仮名垣魯文〉一〇「他(ひと)に迷惑をかけながら」
⑦ 強制力を加える。
※花間鶯(1887‐88)〈末広鉄腸〉上「車に税を掛(カ)けることなどは止めて呉れるだらう」
⑧ (建物、船、山などに)火をつける。
※平家(13C前)四「白河の在家に火をかけて焼きあげば」
⑨ 機械、道具、薬品などにその機能を発揮させる。
※日葡辞書(1603‐04)「イタ ナドニ カンナヲ caquru(カクル)
※吾輩は猫である(1905‐06)〈夏目漱石〉一〇「殆んど布巾をかけた事がないのだから」
⑩ 掛け算をする。
※日葡辞書(1603‐04)「ククヲ caquru(カクル)
⑪ 交尾させる。
※コブシ(1906‐08)〈小杉天外〉前「一口に馬って云ふけれど、本当に大抵な物ぢゃありませんやねえ…。一回(ど)交尾(カケ)るに何百円だなんて」
⑫ (多く「…にかけては」「…にかけると」の形で用いる) 関する。関係のある事柄となる。
※滑稽本・浮世床(1813‐23)初「そこにかけちゃアしらくらなし」
※門(1910)〈夏目漱石〉一一「此点に掛(カ)けると、東京へ帰ってからも、矢張り仕合せとは云へなかった」
[五] 造作や設備をある場に作り設ける。
① 両端を支えて間に渡す。糸、なわなどを張り渡す。橋、電線などを架設する。
※書紀(720)雄略一三年・歌謡「あたらしき 猪名部の工匠 柯該(カケ)し墨縄」
※拾遺(1005‐07頃か)恋四「中々にいひもはなたで信濃なる木曾路の橋のかけたるやなぞ〈源頼光〉」
② (なわ、紐などを)他の物の回りに巻きつける。
※万葉(8C後)五・九〇四「白たへの たすきを可気(カケ)
※浄瑠璃・傾城反魂香(1708頃)上「申分け仕るか、すぐに縄をかけうか」
③ (「罫(け)かく」の形で) 碁盤の目や行間の線などを引く。
※源氏(1001‐14頃)鈴虫「けかけたる金の筋よりも、墨つきの上にかかやくさまなども、いとなむめづらかなりける」
④ 張りめぐらしたり、組み立てたりして作る。〔日葡辞書(1603‐04)〕
※山椒大夫(1915)〈森鴎外〉「二郎は三の木戸に小屋を掛(カ)けさせて」
⑤ (小屋を組み立てて行なったところから) 芝居、演芸、見世物などを興行する。また、ある出し物を上演する。
※落語・初夢(1892)〈三代目三遊亭円遊〉「まだ寄席の高座へ一度も掛けませんが」
[六] 他の動詞の連用形に付けて補助動詞的に用いる。
① 上の動詞の表わす動作や作用を、ある物に向ける意を表わす。
※伊勢物語(10C前)七〇「昔、をとこ〈略〉斎宮(いつきのみや)のわらはべにいひかけける」
② 上の動詞の表わす動作や作用を、始めそうになる。また、始めてその途中である意を表わす。
※浮世草子・好色一代女(1686)三「しどけなく帯とき掛(カケ)て」
※坊っちゃん(1906)〈夏目漱石〉六「一番大に弁じてやらうと思って、半分尻をあげかけたら」

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報

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