手向(読み)たむけ

精選版 日本国語大辞典 「手向」の意味・読み・例文・類語

た‐むけ【手向】

〘名〙
神仏に幣(ぬさ)など供え物をすること。また、その供え物。多く、旅人などが道の神に対して供える場合にいう。
万葉(8C後)三・四二七「ももたらず八十隈坂に手向(たむけ)せば過ぎにし人にけだし逢はむかも」
② 旅立つ人へのはなむけ。餞別。
※後撰(951‐953頃)離別・一三〇五「あだ人のたむけにをれる桜花逢ふ坂まではちらずもあらなむ〈よみ人しらず〉」
③ 道の神に旅中の安全を祈るところ。特に、越えて行く山路の登りつめたところ。とうげ。
※万葉(8C後)一五・三七三〇「畏(かしこ)みと告らずありしをみ越路の多武気(タムケ)に立ちて妹が名告りつ」
④ 「たむけ(手向)の神」の略。
古今(905‐914)序「秋萩夏草を見て妻を恋ひ、逢坂山にいたりて手向を祈り」
⑤ 供えものをして、死者冥福を祈ること。特に俳諧では魂祭(たままつり)をいう。《季・秋》
謡曲忠度(1430頃)「不思議や今の老人の、手向(たむ)けの声を身に受けて」
硝子戸の中(1915)〈夏目漱石二五「『ある程の菊投げ入れよ棺の中』といふ手向(タムケ)の句を楠緒さんの為めに咏んだ」

た‐む・ける【手向】

〘他カ下一〙 たむ・く 〘他カ下二〙
① 神仏や死者に供え物を献じる。また、死者に誇れる行ないの結果などを報告して、その霊を慰める。
※万葉(8C後)六・九七〇「指進乃のくるすの小野の萩の花散らむ時にし行きて手向(たむけ)む」
読本・南総里見八犬伝(1814‐42)九「仇を屠りて、亡君亡父に手向(タムケ)んずと」
② 旅立つ人にはなむけをする。餞別を贈る。
※新古今(1205)雑上・一五八六「おいぬとも又もあはんとゆくとしに涙の玉をたむけつる哉〈藤原俊成〉」
③ おだてる。そそのかす。
歌舞伎隅田春妓女容性(梅の由兵衛長吉殺し)(1796)序幕わたしとした事が源兵衛さんに手向(タム)けられ、思はず知らず、これさ手向(タム)けるのではない、大真実ぢゃ」

て‐むかえ ‥むかへ【手向】

今昔(1120頃か)一四「異国より猛き軍(おこし)て我国に来らむに、手向へして可支き様无し」

た‐むか・う ‥むかふ【手向】

〘自ハ四〙 相手の意思にすなおに従わない。抵抗する。てむかう。
書紀(720)雄略三年四月(図書寮本訓)「還て子を殺せることを悔いて、国見(くにみ)を報(タムカヒ)(ころさ)むとす(別訓 タムカヒにころし)」

た‐むかい ‥むかひ【手向】

〘名〙 たむかうこと。抵抗すること。てむかい。
※書紀(720)神武即位前・歌謡「蝦夷(えみし)を 一人 百な人 人は言へども 多牟伽毗(タムカヒ)もせず」

て‐むかい ‥むかひ【手向】

〘名〙 てむかうこと。はむかい。抵抗。反抗。てむかえ。
※今昔(1120頃か)二五「我に手向(てむかひ)はしてむやなど息巻て日来有ける程に」

て‐むか・う ‥むかふ【手向】

〘自ワ五(ハ四)〙 従わないでさからう。はむかう。反抗する。敵対する。
※古活字本毛詩抄(17C前)一六「阮がこなたへ手向ふものがないぞ」

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「手向」の意味・わかりやすい解説

手向
とうげ

山形県西部,鶴岡市北東部の旧村域。羽黒山のふもとにある。 1889年村制施行。 1955年泉村,広瀬村と合体し羽黒町に,2005年鶴岡市はじめ6市町村と合体し鶴岡市となった。鉤形に曲がった街村で,かつては出羽三山登拝の行者のための宿坊が 300を数えた。宝前院は最上義光の寄進になり,1500石の朱印地を所持した。源頼朝が奥州征伐の祈願に建立したと伝えられる羽黒山正善院黄金堂 (国指定重要文化財) がある。最上義光が改築した羽黒山五重塔は国宝に指定されている。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「手向」の意味・わかりやすい解説

手向
とうげ

山形県西部、鶴岡市(つるおかし)羽黒町(はぐろまち)の一地区。旧手向村で、1955年(昭和30)東田川郡羽黒町となり、2005年(平成17)に鶴岡市と合併。羽黒山の西麓(せいろく)に位置する。羽黒山や月山(がっさん)を遙拝(ようはい)する(手向(たむ)ける)ことに由来する地名。古くから羽黒山の登拝口として門前集落が発達、いまも40近い宿坊が軒を連ねる。

[編集部]

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世界大百科事典(旧版)内の手向の言及

【羽黒[町]】より

月山山頂から北に町域がのび,藤島川沿いに緩傾斜地が続き,北西部は庄内平野の一角を占める。羽黒山西麓の手向(とうげ)は,宿坊などのある門前町で,出羽三山登拝の基地となっている。平野部では稲作が行われ,山麓では国営パイロット事業による庄内柿などの樹園地や畑地が広がる。…

【羽黒山】より

…羽黒山全域に及ぶ広大な社地内には,五重塔,鐘楼,霊祭殿,斎館などがあり,神仏習合時代のなごりをとどめる。山麓にある門前町手向(とうげ)から山頂までの約1.7kmは2446段の石段の参道で,両側には樹齢300~500年の杉並木(特天)が続いている。山頂へは手向から有料道路が通じる。…

※「手向」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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