手前(読み)てまえ

精選版 日本国語大辞典 「手前」の意味・読み・例文・類語

て‐まえ ‥まへ【手前】

[1] 〘名〙
① 自分の目の前。自分の領域、領分。自分のもと。
※上杉家文書‐永正一七年(1520)四月二四日畠山卜山尚順書状「都鄙錯乱手前之様候条難去候」
※仮名草子・竹斎(1621‐23)上「大声を挙げて鞠を蹴る。〈略〉人のてまへを奪ひ取、〈略〉進み出ては蹴てみれど」
② その所より自分に近い方。それよりこちら。
※保元(1220頃か)中「手前六寸しのぎをたてて」
③ 自分の力の及ぶ範囲内にあること。また、そこへ引き入れることなどをいう。自前。
(イ) (「手前に」の形で) 自分の領分に専有すること、自らすることをいう。
※浮世草子・日本永代蔵(1688)三「音羽の滝のながれを毎日汲せ、〈略〉手前に湯屋風呂屋を拵へ」
(ロ) (多く「手前の」の形で) 自らの費用でまかなうこと、自らの配下であることをいう。
※俳諧・類船集(1676)天「手前(テマヘ)〈略〉人足つかへともみな手前の百姓ともなり」
(ハ) (「手前の」の形で) 自ら直接することをいう。じか。
※浮世草子・日本永代蔵(1688)二「さだまりし貢銭とるをまだるく、手前の商をして、大かたは仕損じ」
④ 手もとの都合。生計をたてること。暮らし向き。特に経済状態についていう。財産。資産。身代。
※虎明本狂言・雁盗人(室町末‐近世初)「代物やってなぜにとってこなんだぞ。いやも身共が手前にはござらぬ」
⑤ 腕前。技量。手腕手並。技術。
※浮世草子・武道伝来記(1687)六「三手の矢五本当り殊更手前(テマヘ)見事なるに」
⑥ (「点前」とも書く) 茶の湯の所作。点茶・炭置きなどの作法。お手前。
※浮世草子・好色一代男(1682)七「手前(マヘ)のしほらしさ千野利休も此人に生れ替られしかと疑れ侍る」
⑦ 他人の目の前。人の見る前。多く「…の手前」の形で、他に対する気がね、体裁、面目などの意で用いる。
※虎明本狂言・武悪(室町末‐近世初)「さてたのふだ人の手前は何といたさうするそ」
[2] 〘代名〙
① 自称。やや謙遜していう語。わたくし。
日葡辞書(1603‐04)「Temayeni(テマエニ) カネガ ナイ ホドニ カサセラレイ」
② (反射指示) その人自身。自分。
随筆・独寝(1724頃)上「手を打事も、〈略〉まづてまへの身をかへりみて打べし」
対称。対等あるいは目下の人に対していう語。おまえ。汝。
浄瑠璃神霊矢口渡(1770)三「ムウそこで手前が焼餠か」
[3] 〘語素〙 ((一)③から) 名詞の上に付いて、「自前の」「自家の」「自己専属の」などの意を添える。「手前風呂」「手前細工」など。
[語誌](二)③の対称代名詞としては、後期江戸語では「おまえ」や「おめえ」が対等の聞き手に用いられるのに対し、「てまえ」「てめえ」は主に男性が下位の聞き手に対してのみぞんざいに使った。東京語にも受け継がれたが待遇価は落ち、ののしり語として使われる。

て‐めえ【手前】

(「てまえ(手前)」の変化した語)
[1] 〘名〙 月経
咄本・聞上手三篇(1773)呪ない「わっちゃ手前(テメヘ)に成そうになった。どうぞとめやふはあるまいかといへば」
[2] 〘代名〙
① =てまえ(手前)(二)②
滑稽本浮世床(1813‐23)初「遊(あすび)といふものは〈略〉手(テ)めへから了簡つけてよっぽど勘弁せねばならねへ」
② =てまえ(手前)(二)③
※咄本・無事志有意(1798)若水「てめへくんでやれ」
[語誌]→「てまえ(手前)」の語誌

て‐まい【手前】

(「てまえ(手前)」の変化した語)
[1] 〘名〙 =てまえ(手前)(一)
※咄本・鹿の巻筆(1686)四「吉き弓ならば手前(テマイ)よかるべし」
※落語・星野屋(1893)〈三代目春風亭柳枝〉「御親類何や斯の手前(テマイ)〈略〉檀那様に向ひ彼是と被仰る訳には参りません」
[2] 〘代名〙 =てまえ(手前)(二)
※洒落本・二筋道後篇廓の癖(1799)一「手前(テマイ)にとりまぎれて市さんにツイおめにかかりいせなんだ」

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デジタル大辞泉 「手前」の意味・読み・例文・類語

て‐まえ〔‐まへ〕【手前】

[名]
自分の目の前。自分のもと。「手前にある本を取る」
自分に近い方。また、目標とするものの前。こちら。「手前の交差点を右折する」「採用の一歩手前の段階」
人の見る前。他人に対する自分の立場・面目・体裁。「少しは世間の手前も考えなさい」「言い出した手前、とても断れない」
腕前。技量。手並み。「お手前拝見」
(「点前」とも書く)茶の湯で、茶をたてたり炭をついだりするときの所作や作法。→御手前おてまえ
自分ですること。自前。
「―の商ひをして、大方は仕損じ」〈浮・永代蔵・二〉
自分のものであること。自分の支配下であること。
「―の人足、数千人出て」〈浮・武家義理・三〉
暮らし向き。生計。経済状態。
「一代のうちにかく―富貴になりぬ」〈浮・永代蔵・二〉
[代]
一人称の人代名詞。自分のことを謙遜していう語。わたくし。「手前の生まれは信州です」
二人称の人代名詞。
㋐対等または目下の相手をさしていう。おまえ。→てめえ
「おれは―を憎くて殺したのでねえんだぞ」〈賢治・なめとこ山の熊〉
㋑(「おてまえ」の形で)対等の相手をさしていう。あなた。
「お―の大切にしらるるものをおれが伐るものか」〈咄・鹿の巻筆・一〉
[類語]1まのあたり面前目の前眼前現前鼻先目先目前鼻面はなづら鼻っつら前面正面真ん前先方直前目と鼻の先手近い程近い近い間近い間近じきすぐ至近近く手が届く指呼しこ咫尺しせき目睫もくしょう目睫もくしょうかん身近手近卑近身辺そば傍ら手元付近近辺近傍近所最寄りもと足元座右左右手回り身の回り/(2こちら此処こここっちそちらそっちあちらあっちかなた向こう小生不肖愚生小弟拙者自分わたくし・わたしおれわし我がはいあたくしあたしあたいあっしわらわあちき俺等おいらおら当方此方こちらこっちこちとら吾人ごじんてめえ・愚輩・身共それがし迂生うせい

て‐めえ【手前】

[代]《「てまえ」の音変化。「てまえ」のぞんざいな言い方》
一人称の人代名詞。わたし。あっし。「手前にはかかわりのないことです」
二人称の人代名詞。おまえ。きさま。「手前に文句がある」
[補説]1は「あいつはてめえのことしか考えない」「てめえから名のって出る」のように自分自身の意でも用いられる。
[類語](1わたくしわたしあたくしあたしあたいあっしわらわあちき自分おれ俺等おいらおらわし当方此方こちらこっちこちとら吾人ごじん我がはい手前・愚輩・拙者身共それがし不肖ふしょう小生愚生迂生うせい/(2貴方あなたお宅・貴方様・あんたおまえ貴様おのれうぬそなたお主其方そっち

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