手付(読み)てつき

精選版 日本国語大辞典 「手付」の意味・読み・例文・類語

て‐つき【手付】

〘名〙
① 手のかっこう。手の様子。また、手を使って物事を行なうときの手の動かしかた。手ぶり。
※紫式部日記(1010頃か)消息文「色白うてつきかいなつきいとをかしげに」
② 音楽の弾奏、字の書きぐあい、射技など、手を働かせる技芸のやりくち。手なみ。うでまえ。
※宇津保(970‐999頃)祭の使「あはれ、てつき思やられても遊ばすなるかな。箏の御琴はさななり。琵琶は誰が遊ばすぞ」
源氏(1001‐14頃)帚木「うちよみ走り書きかい弾く爪音、てつき口つき皆たどたどしからず」
③ 特に、文字の書きぶり。文字づかい。筆跡
落窪(10C後)二「御文書き、てつき、いとをかしかめり」
江戸幕府の職名。郡代、代官または寺社奉行勘定奉行、吟味役などに属しておもに書記役をつとめる下吏。世襲職のものを譜代席手付、一代限りのものを抱席(かかえせき)手付という。〔明良帯録(1814)〕

て‐つけ【手付】

〘名〙 (「てづけ」とも)
① 売買、請負、貸借などの契約を結ぶ際、その履行を保証するものとして当事者の一方が相手方に交付する金銭など。契約が履行されたときには代金などの一部とされる。手金。手付金
※園太暦‐貞和五年秋冬記裏文書(長享二年)(1488)正月五日・窪田某書状「御てつけ二十疋被下候」
※浄瑠璃・冥途の飛脚(1711頃)上「田舎客の談合破らせ此方へ根引の相談しめ、かの五十両手付に渡し」
② 手をつけること。手をくだして物事を行なうこと。
※古文真宝桂林抄(1485)坤「元朝で謝畳山が文章軌範を作たが、それには手つけをせぬぞ」
③ ある人と関係を持つこと。かかわり合うこと。〔日葡辞書(1603‐04)〕
④ 身近に置いている人。〔日葡辞書(1603‐04)〕
⑤ 主人が侍女、女中などと関係すること。また、その女。おてつき。おてつけ。てつき。
⑥ カルタなどで、誤って違った札に手を触れること。また、その罰として引き取る札。おてつき。おてつけ。てつき。

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デジタル大辞泉 「手付」の意味・読み・例文・類語

て‐つけ【手付(け)】

売買や請負などの契約締結の際に、その保証として当事者の一方から相手方に交付される金銭。契約が履行されたときは、代金の一部に充当されることが多い。手付け金。手金。「手付けを払う」
手付き2」に同じ。
手付き3」に同じ。
[類語]頭金内金

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改訂新版 世界大百科事典 「手付」の意味・わかりやすい解説

手付 (てつけ)

契約を結ぶにあたって当事者の一方から他方に対して交付される金銭その他の有価物(法律上は〈手附〉と書く)。契約の成立に必須のものではなく,つねに交付されるとは限らない。さまざまな種類の契約において用いられているけれども,売買に際して買主から売主に対して交付されることが多く,不動産売買においてはとくにしばしばみられる。交付されるのは金銭であることが通常であり,このためそのような金銭を手付金または手金ということもある。

 手付にはその交付の目的によって次の3種類がある。(1)証約手付 契約が成立したことの証拠として交付されるもの。契約が口頭の約束だけで成立したような場合には,手付の交付に関する証拠,たとえば手付金の領収書により契約の成立を証明することができる。(2)違約手付 当事者の債務不履行が,将来発生したときに備えて,そのときの違約金として交付されるもの。たとえば,買主が代金を支払わないとき,売主が違約金として手付金を没収するのはこれに当たる。(3)解約手付 当事者が契約を自由に解除する権利を留保するために交付されるもの。契約がいったん成立した以上,契約当事者は相互に契約を守るべき義務を負い,相手方に債務不履行がない限り,契約を解除することができないのが原則である。しかし,当事者の合意によって解除権を留保することは可能である。解約手付が交付されている場合には,当事者は相互に手付相当額の損失だけで,任意に契約を解除することができる。たとえば,買主が売主に10万円の手付を交付している場合に,買主としては10万円の手付を放棄することによって契約を解除することができ,また,売主は買主に受領した手付の2倍額たる20万円を返還することによって(したがって,売主の実質的負担は10万円である)契約を解除することができる。この関係を〈手付損倍返し〉ということもある。なお,証約手付は手付としての最低限の効力と解されており,他の手付の種類と矛盾するものではない。したがって,手付には,単なる証約手付である場合,証約手付と違約手付とが併存している場合および証約手付と解約手付とが併存している場合とがあることとなる。

 民法は手付を原則として解約手付であると規定し,〈手付損倍返し〉の原則を定めている(557条。売買についての規定だが,559条によってその他の有償契約にも準用される)。この条項によれば,当事者が自由に解除することができるのは〈履行ニ著手スル〉までと定められている。解除権を留保しているとはいえ,相手方が債務の履行を開始してしまったのに(たとえばオーダー・メードの家具の販売において製造を開始したとき)手付損倍返しだけで解除を認めることは適切ではないからである。なお,宅地建物取引業者が関与した不動産取引については,手付はつねに解約手付としての性質を有すること,また売買代金の20%をこえる高額の手付の受領禁止が定められている(宅地建物取引業法39条)。

 実際の取引においては,手付の交付のことを手付を打つ,あるいは手付を入れるなどということもある。時として,手付を打っておいたからだいじょうぶというのは,手付を交付した以上,相手方としては手付額相当分の損失を覚悟しなければ契約関係を解消できないのだから,契約が確実に守られることを期待できるという意味である。逆に,まだ手付しか打っていないからだいじょうぶというのは,手付を交付し,契約は成立したものの,手付相当額の損失さえ覚悟すればいつでも契約関係を解消することができるという意味である。これらはともに手付の解約手付としての性質に着目したものである。このように解約手付は契約を確実なものにする側面と不確実なものにする側面とをあわせて有しているといえよう。このような解約手付としては,売買の場合には,買主から売主に対して売買代金の1割程度の金員が交付されることが多いようである。

 手付と区別を要するものに内金,前払金(広く取引一般に関して用いられるが,割賦販売法では前払式特定取引として特別の規制を受けている(割賦販売法35条の2)。また,建設工事契約においては前払金の有無,支払方法等は契約書上記載されるべきこととされている(建設業法19条)。なお,建設工事契約では前渡金(まえわたしきん)/(ぜんときん)とも呼ぶ)および申込証拠金とがある。これらのうち,内金は代金の支払そのものであるから,契約締結の際に交付されるとは限らず,また,内金を放棄して契約を解除することもできない。前払金も,内金と同様に代金の全部または一部の支払そのものであって,売買においては物の引渡しの前に,請負においては仕事の完成の前に支払われるために,このように呼ぶにすぎない。いずれも代金の支払である以上,契約の成立以後に支払われるものであることはいうまでもない。これに対して申込証拠金は,住宅・マンション等の分譲契約において買受希望者が不動産業者または売主に交付する比較的少額の金員であって(多くは5万円前後),その交付目的は単なるひやかし客ではなく,物件の購入を真剣に考慮していることを示すためであり,契約が未成立の時点で交付される点で手付とも内金等とも根本的に性質を異にする。
執筆者:

手付 (てつき)

江戸幕府の郡代・代官の属僚。寛政年間(1789-1801)以降御家人から任用されたが,譜代席は世襲,抱(かかえ)席は一代限りの別があった。職務上は手代と同じであるが,身分は幕臣で安定していた。郡代・代官の推薦によったが勘定所の管轄にあった。手付は手代とともに江戸詰,代官所詰に分かれて常駐し,元締手付は役所内の実務の責任者であった。江戸後期には昇進して登用される者もいた。ほかに寺社奉行,勘定吟味役などの下吏も手付と称した。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「手付」の意味・わかりやすい解説

手付
てつけ

売買その他の有償契約の締結の際に、当事者の一方から他方に対して交付される金銭その他の有価物をいう。実際上は、金銭交付の場合が多く、手金、手付金、前渡金などといわれることもある。手付には、契約当事者が解除権を留保するための解約手付と、債務不履行に備えて、違約したときには没収される違約手付とがある。そして、これらの手付には、当事者間で契約が成立したことを証する効力が認められる(証約手付)。民法は、特約がない限り原則として解約手付と推定している(557条1項)。

 手付と対比されるものとして、内金(うちきん)が存する。内金とは、金銭債務の全額を弁済せずに、その一部のみを弁済としてなす給付である。内金を入れることは、少なくとも契約が成立した証拠となるから、証約手付と同様の作用をもつが、解約手付のように解除権を有するものではない。内金か手付かの判断は、使用されている文言にとらわれることなしに、契約の全趣旨から判断されなければならない。解約手付では、手付を交付した者は、それを放棄して、解除をなすことができる。一方、手付を受け取っている者も、その手付の倍額を償還して、解除をすることができる。もっとも、この解除は、当事者の一方が契約の履行に着手するまでに、なされなければならない。なお、契約が解除されることなく、履行が終了すれば、手付は返還されることとなる。ただ、手付と債務の履行として給付されるべきものが、同一の性質を有する場合には、そのまま弁済の一部に充当されることが多い。

[竹内俊雄]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「手付」の意味・わかりやすい解説

手付
てつけ

契約締結の際に当事者の一方から相手方に交付する金銭,その他の有価物。交付される物はほとんどの場合金銭であるため,手付金,手金ともいわれる。手付を授受することは古くから行われており,平安時代にはこれを「あきさす」と呼んでいたが,江戸時代には手付という名称が一般化した。江戸時代大坂では商人間の取引は信用を重んじ,売買契約は多くは口頭,拍手で成立し,通常,手付の授受は行われなかったが,価格変動の激しい物品の売買には,将来の損失を考慮して解除の手段として用いられたほか,普段,取引のない商人との間の取引に用いられた。今日では手付が交付される目的はいろいろあるが,(1) 契約の成立を証するもの (証約手付) ,(2) 債務不履行の際の違約罰または損害賠償の予定となるもの (違約手付) ,(3) 解除権を留保するためのもの (解約手付 ) ,(4) 売買代金などの一部支払いとなるもの (内金 ) などがある。

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百科事典マイペディア 「手付」の意味・わかりやすい解説

手付【てつけ】

契約の締結に際して当事者間に授受される金銭その他の有価物。手金とも。売買に当たり買主から売主に交付されるほか,賃貸借・請負にも行われる。契約成立を確認する証約手付,債務不履行の際の違約金を意味する違約手付,解除権の留保を認める解約手付などがある。民法は解約手付について,当事者の一方が契約の履行に着手するまでは,手付を交付した者はその手付を放棄し,手付を受領した者はその倍額を償還していずれも契約を解除し得ると定めている(民法557条)。手付は契約が履行されるときは代金等の一部とされる。

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世界大百科事典(旧版)内の手付の言及

【解除】より

…これによって,あらためて解除の意思表示をすることなく,その期限の経過によって契約は解除される。 なお,売買契約,とくに不動産売買においてしばしばみられるように契約締結に当たって手付けが授受されたときには,原則として,当事者は手付金額分を一種の損害賠償として損をすることによって,相手方が債務の履行を開始するまでの間は解除原因も催促もなしに解除することができる(民法557条)。また,月賦による売買契約あるいは訪問販売等による売買契約のように消費生活と密接に関連する取引に関しては,消費者保護のために原則として契約成立後も8日以内であれば,消費者側から解除原因なしに解除することができる(割賦販売法4条の3,訪問販売法6条など。…

※「手付」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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