日本大百科全書(ニッポニカ) 「所得税」の意味・わかりやすい解説
所得税
しょとくぜい
income tax 英語
impôt sur le revenu フランス語
Einkommensteuer ドイツ語
広義には個人の所得に対する個人所得税のみならず、法人の所得に対する法人所得税も含めるが、日本では法人の所得に対する税は法人税とよんで区別し、また、個人の所得に対する税でも、地方税である住民税は含めず、国税としての所得税だけをさすのが普通である。
[林 正寿]
所得税の現代税制に占める地位
経済協力開発機構(OECD)の分類では所得、利潤および資本利得に対する税(分類項目1000)のもとで、個人に対する税(同1100)と法人税(同1200)とに分類する。2005年におけるOECD単純平均値では、税収総額に占める比率は個人所得税25%、法人所得税10%であり、先進諸国においては所得税が国税総額中に占める割合はきわめて高い。それらの租税総額に占める比率は比較的安定している一方、社会保障拠出金(同2000)の比率は、1965年には19%だったものが2005年には26%と上昇している。個人所得税と法人所得税の税収総額に占める比率は、日本がそれぞれ31.9%と25.4%、アメリカ67.5%と23.5%、イギリス38.7%と12.3%、ドイツ33.1%と5.0%、フランス18.9%と15.6%、イタリア43.2%と12.6%などとなっており、いずれの国においても税制の根幹をなしている。他の諸国と比較すると、日本は個人所得税の比率に相対的に法人所得税の比率が高いのが特徴である。
所得の定義
所得税はこのように広く各国で受け入れられているにもかかわらず、理論的にも実践的にも、いろいろむずかしい問題が付きまとっている。そのもっとも大きな問題が所得の定義に関するものであり、制限的所得概念と包括的所得概念の二つの考え方の対立がある。制限的所得概念は、所得を経済的利得のうちの利子・配当・地代・利潤・給与などのように反復的・継続的に生ずる実現した金銭的利得として限定的にとらえる。他方、包括的所得概念の典型的例は、純資産増加説とよばれるものであるが、所得をある一定期間中に生じた消費と純資産の増加額の合計として定義する。この定義によれば、一時的・偶発的・恩恵的なものも、現物給与のものも、未実現のものも、すべて所得とみなされる。したがって、宝くじの賞金、持ち家の帰属家賃、現物給与の報償、未実現の土地や有価証券などの資産価値の上昇分なども、すべて所得とみなされるのである。
所得税の種類
所得税には、分類所得税と総合所得税の二つの類型がある。分類所得税は、所得をその源泉ないし性質に応じていくつかの種類に区分し、各所得の種類ごとに異なる控除や税率を適用して別々に課税する方式である。これに対して総合所得税は、すべての種類の所得を合計して一本化した累進税率を適用する方式である。日本の現行所得税制においては、所得を利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得、一時所得、雑所得の10種類に分けて各種類ごとに所得の計算法を定めているが、これは分類所得税の名残(なごり)である。しかし他方、すべての種類の所得額を合計したうえで一本化した累進税率を適用しているから、基本的には総合所得税であるといえる。
[林 正寿]
所得税の長所・短所
所得税が先進諸国の税制で重要な地位を占めるようになったのは、多数の納税者からきわめて大きな税収をあげることができること、納税者の負担能力にあわせてきめ細かな調整をすることが可能であるから重要な租税原則である公平の原則を満たすのに適していること、など多くの長所をもっているからである。
しかし他方、所得税の短所もしばしば問題にされる。その一つは、税務行政上の限界の問題であり、日本でしばしば、サラリーマン、自営業者、農家の所得捕捉(ほそく)率の割合として「10・5・3」とか「9・6・4」といわれるのは、所得捕捉率に関して一般納税者が抱いている疑問を表明したものである。源泉徴収の対象となる給与所得者はその所得の100%(あるいは90%)を税務当局により捕捉されるのに対して、所得捕捉の困難な種類の所得が存在するのは事実であり、所得税が理論的にいかに優れた税であっても、税務行政上すべての所得を公平に捕捉できないならば、この長所も大幅に割り引かざるをえない。検討されている納税者背番号制度は、所得捕捉率の格差から生ずる不公平感を緩和する点でも、有効な政策となることが期待されている。第二の問題点は、所得に実際に何を含めるかである。経済理論的に考察すれば、人々は所得と余暇の間に選択をする。1時間1000円の仕事よりは余暇を選択する人にとっては、1000円の所得よりは余暇の価値のほうが高いのである。しかし、所得税は、所得に対しては課されるが、余暇に対しては課税されないという点で、勤労により稼得される所得に対して不公平な部分税の性格を有する。低所得者に対する福祉の充実と相まって、人々の間に、勤労によって所得を自ら稼得するよりは余暇を選択し、移転所得の形で労せずして所得を獲得しようとする意識が広がると、深刻なモラル・ハザードが発生するおそれがある。なお、所得の分配の平等性を高めるには、より急激な累進税率構造が望ましいのであるが、他方では、それは人々の勤労意欲・貯蓄意欲・投資意欲などに影響を与えて、分配のもととなるパイの大きさを変えるかもしれない。いわゆる平等主義と経済的効率性との間には、むずかしいトレード・オフの関係が存在するのである。また、持ち家のサービスや主婦の家事労働に対する帰属所得を、税制上どのように扱うかの問題がある。
[林 正寿]
所得税の歴史
所得税は、1799年にイギリスにおいてW・ピットがナポレオン戦争の戦費調達のために創設したのに始まる。その後、廃止・復活を繰り返したが、1842年にR・ピールによって復活されてから定着するようになった。これは、種類の異なる所得に別々に税が課される、いわゆる分類所得税であったが、1913年の税制改正によって、累進税率を適用した総合所得税の性格をもつものに改められた。アメリカでは1913年に所得税制が導入されたが、これは徹底した総合所得税の形をとるものであり、1920年にドイツで採用された所得税制も典型的な総合所得税制であった。フランスでは1914年に、総合所得税と分類所得税とを折衷した形の所得税制が採用された。
日本で所得税が設けられたのは1887年(明治20)である。当初は個人所得のみを対象にし、総合所得税制をとり、年収300円以上の者に1~3%の累進税を課するものであったが、1899年に分類所得税制に改められ、法人所得への課税も行われるようになった。大正時代にも数次にわたる改正が行われ、勤労所得控除や扶養控除などを取り入れた総合所得税制を柱にした租税体系が編成された。1940年(昭和15)には、戦時体制の進行とともに財源の確保をねらって、従来の所得税制が根本的に改められた。すなわち、法人税が所得税から分離されて独立の税となるとともに、個人所得税については、これまでの総合所得税制から分類所得税と総合所得税の二本立ての制度となり、分類所得税は利子所得・配当所得・勤労所得・事業所得などの所得源泉別に比例税率で課税され、これらを総合して一定額以上のものに超過累進税率による総合所得税が課されるようになった。
第二次世界大戦後の1947年(昭和22)には、分類所得税制を廃止してふたたび総合所得税一本の制度に改め、前年の所得に課税する実績課税から、その年の所得に課税する予算課税へと移行し、申告納税制度が取り入れられた。シャウプ勧告による1950年の改正では、利子所得の分離課税の廃止や譲渡所得の全額課税などが行われ、所得税が負担の公平原則にもっとも適した税として徹底した総合所得税制が採用された。しかし、その後の税制改正、とくに特別措置の導入によって、その性格はしだいに変容するのである。
[林 正寿]
日本の現行所得税制
日本の現行所得税制は、所得税法(昭和40年法律第33号)に基づいて運用されている。所得税の納税義務者は、原則として居住者(日本国内に住所を有し、または1年以上居所を有する個人)および日本国内に源泉のある所得を有する非居住者(居住者以外の個人)であるが、法人および人格のない社団等が納税義務者となる場合もある。所得税の課税所得の範囲は、1月1日から12月31日までの1年間に、居住者については国内および国外で得た全所得であり、非居住者については国内に源泉のある所得である。ただし、遺族の恩給、一定金額以内の通勤手当、一定基準内の有価証券の譲渡による所得などは非課税所得とされている。
[林 正寿]
所得の算出
所得税算出の手順は、まず所得の算出に始まる。所得は、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得、一時所得および雑所得の10種に分類される。経費などを控除する前の粗所得は収入とよばれ、収入から必要経費、給与所得控除、特別控除など所得の種類ごとにその性質に即して定められている控除額を差し引いて得た額が所得である。この所得を集計して、所得税の課税標準である総所得金額が算出される。ただし、退職所得、山林所得、利子所得、配当所得、土地譲渡所得の一部は分離課税となる。退職金は一般に長期間にわたる勤務の対価の後払いとしての性格とともに、退職後の生活の原資にあてられる性格を有しているが、一時に受給するために累進緩和の配慮が必要とされる。そのために退職金の収入金額から退職所得控除額を控除した残額の2分の1を所得金額として、他の所得と分離して累進税率により課税される。山林所得も長期間にわたり育成した立木を譲渡することにより生じるものであるから、5分5乗方式で所得を計算し分離課税される。利子所得は15%の一律分離課税、配当所得は35%の税率での源泉分離選択課税および源泉徴収を伴う小額配当申告不要制度、証券投資信託(公募)の収益の配分については、15%の一律分離課税が課されている。株式等譲渡益は、20%の申告分離課税を基本としつつ上場株式等については源泉分離課税の選択も認められてきたが、1999年(平成11)4月1日より、有価証券取引税を廃止するとともに、株式等譲渡益課税については申告分離課税に一本化されることになった。
[林 正寿]
所得控除
しかし、この総所得金額がそのまま課税対象となるわけではなく、所得税法では、つぎのような16種類の控除と8種類の加算が設けられている。
(1)基礎的な人的控除 基礎控除、配偶者控除、配偶者特別控除、扶養控除。
(2)特別な人的控除 障害者控除、老年者控除、寡婦控除、寡夫控除、勤労学生控除。
(3)その他の控除 雑損控除、医療費控除、社会保険料控除、小規模企業共済等掛金控除、生命保険料控除、損害保険料控除、寄付金控除。
(4)控除の加算、割増 配偶者控除では老人控除対象配偶者、同居特別障害者加算、扶養控除では特定扶養親族、老人扶養親族、同居老親等加算、同居特別障害者加算、障害者控除では特別障害者、寡婦(寡夫)控除では特定付加加算。
このような控除制度が設けられているのは、一般にもっとも必要度の高いものに向けられる所得の部分は課税すべきでないと考えられており、また、この控除制度を利用して、社会的に望ましいことを奨励しようという政策目的があるからである。なお、所得税の課税最低限は、基礎控除・配偶者控除・扶養控除と給与所得控除、社会保険料控除を加えた形で算定されることが多い。日本の課税最低限は夫婦子2人の給与所得者でみると、2000年度(平成12)において384万2000円と主要諸外国に比べて高くなっている。
[林 正寿]
税率の適用
所得から所得控除を行ったあとに残る額が課税所得といわれるものであり、この額に対して税率を適用する。税率は、1962年(昭和37)には課税所得額10万円以下に対する8%から6000万円を超える金額に対する75%まで15段階にわたる超過累進税率がとられていたが、1989年(平成1)からは税制簡素化のため10%から50%までの5段階の税率に簡素化された。1999年(平成11)からはさらに税率は簡素化され引き下げられ、課税所得330万円以下の金額に対する10%から、1800万円を超える金額に対する37%までの4段階の超過累進税率構造に改正された。2009年には、195万円以下の金額に適用される5%から、1800万円を超える金額に適用される40%までの、6段階の超過累進税率構造が適用されることとなった。これによって担税力に応じた適正な負担配分がもたらされ、所得の分配の平等化が図られることとともに、過度の累進性がもたらす勤労意欲や投資意欲、危険負担意欲に対する租税の歪曲(わいきょく)効果の緩和が期待されている。
[林 正寿]
税額控除
このように、課税所得に税率を掛けることによって得られた額から税額控除を差し引くと所得税の税額が確定する。税額控除には、配当控除、外国税額控除、住宅ローン控除がある。配当控除は法人所得のうち配当部分の法人税と所得税による二重課税を緩和するための措置であり、外国税額控除は国際的二重課税を調整するためのものである。また、住宅ローン控除は租税特別措置法によって住宅建設促進のために設けられたものである。一般住宅は住宅ローンの年末残高の1%、長期優良住宅は1.2%の税額控除を10年間にわたり受けることができる。累進税率構造のもとでは、所得控除と税額控除の違いは所得階層間にきわめて大きな差異を生じるため、両者間の選択は租税政策上の論争点の一つとなっているが、高額所得者にとっては所得控除のほうが有利となる。同じ100万円の所得控除でも、5%の限界税率の低額所得者には節税額は5万円であるが、40%の限界税率の適用される高額所得者には40万円の節税額が生ずる。税額控除ではたとえば両者に対して同じ10万円とするならば、節税額で等しくなる。
[林 正寿]
申告および納付
所得税は、利子所得、配当所得、給与所得、退職所得などのように源泉徴収制度をとっているもののほかは、原則として前年実績を基準として、その3分の1相当額をそれぞれ7月中および11月中に納付する予定納税制度を取り入れた申告納税の制度を採用しており、その確定申告書の提出および第3期分の納付の期限は翌年3月15日とされている。また、正確な記帳の風習を奨励する意味から、法人税とともに青色申告の制度が採用されている。
[林 正寿]
『R・グート著、塩崎潤訳『個人所得税』(1976・日本租税研究協会)』▽『岩崎勇・小松哲著『所得税法の解説 3訂版』(1998・一橋出版)』▽『野水鶴雄著『基本所得税法 平成14年度版』(2002・税務経理協会)』