日本大百科全書(ニッポニカ) 「感覚」の意味・わかりやすい解説
感覚
かんかく
光や音のような生体外の事象とか、生体組織のゆがみや体内の化学物質といった生体内の事象によって直接おこされた意識過程を感覚という。これに対し、感覚を素材として、さらに記憶とか推理とかの高次の神経作用を加えて、刺激源、あるいは対象物に関する表象が構成されるとき、これを知覚perceptionといい、幾種類かの知覚から刺激源や対象物がなんであるかを知ることを認知cognitionという。たとえば、ある波長の電磁波が目を刺激し「青い」という単純な意識が生じたとき、これを感覚といい、これが木の葉の青さであって海の青さでないと具体的に判断されるとき、これを知覚という。さらに、同時に加えられたいくつかの感覚刺激によって、それは眼前の庭木の青さであると認めるとき、これを認知という。このように、いちおう知覚と認知とは、感覚を介して生ずる一段高次の精神現象とされているが、実際には、三者の間、とくに感覚と知覚との間に判然とした区別をつけることはむずかしい。
[市岡正道]
感覚系の構成
感覚は次の三つの働きによって生ずる。
(1)感覚受容器 感覚刺激を受け入れる受容器で、物理的あるいは化学的エネルギーの刺激を感覚神経の一連の活動電位、すなわち感覚信号に変換する器官である。つまり、受容器は一種のエネルギー変換器といえる。
(2)感覚神経 受容器に加えられたアナログ性(計量性)の感覚刺激は、受容器でデジタル化(計数化)され、神経インパルスに変換される。この感覚信号は、感覚神経系中をさまざまな修飾を受けながら求心性に伝達される。
(3)大脳皮質感覚領 感覚神経インパルスが感覚に変換されるところである。しかし、その変換のメカニズムは、現在のところ解明されていない。
[市岡正道]
感覚の分類
形態学的な見地からの一つの分類法として、感覚は次のように分けられる。
〔Ⅰ〕特殊感覚……視覚、聴覚、味覚、嗅覚(きゅうかく)、平衡感覚
〔Ⅱ〕体性感覚
(1)皮膚感覚……動き受容感覚(触覚、圧覚、振動感覚)、温度感覚、痛覚
(2)深部感覚……深部圧覚、運動感覚、振動感覚、深部痛覚
〔Ⅲ〕内臓感覚……狭義の内臓感覚(一般感覚ともいう)、内臓痛覚
視覚や味覚のように、比較的判然とした構成と機能とをもった感覚を特殊感覚special sensationという。これに対し、内臓臓器のように、自律神経系の分布を受けている器官で生ずる感覚を内臓感覚visceral sensationといい、その他の感覚が体性感覚somatic sensationとなる。
体性感覚のなかの触覚、圧覚、振動感覚は、いずれも皮膚や皮下組織の変形、あるいはゆがみといった、いわば組織の動きが刺激となっておこるものである。これらの感覚は、単に順応(後述)の遅速が違うだけにすぎない同一次元の感覚であるため、一括して動き受容感覚とされる。この感覚の受容器は、皮膚ではマイスネルMeissner触覚小体様の神経終末であり、皮下ではファテル‐パチニVater-Pacini小体(被覆性神経終末)である。
深部感覚とは、皮膚と内臓との中間にある筋、腱(けん)、骨膜などからおこる感覚をいう。このうち運動感覚は、筋紡錘や腱紡錘中の張力受容器からの求心性情報によっておこる感覚で、四肢の相対的位置関係、四肢の運動、物体の重量や抵抗を感ずるものである。
[市岡正道]
感覚の諸性質
感覚がもつ一般的な性質には次のようなものがある。
(1)特殊感覚エネルギーの法則 眼球を圧迫しても、視神経を電気刺激しても、目に光が作用したときと同じように光の感覚がおこる。このように、受容器から大脳皮質感覚領までの感覚系統において、そのどの部分に、どのような種類の刺激を作用させても、その感覚系統に固有な特定の感覚が生ずる。これを「特殊感覚エネルギーの法則」といい、ドイツの生理学者ミュラーJ. P. Müllerによって提唱された。ミュラーは、「各感覚系統はそれぞれ固有の活動を営む」と考えたのであった。
(2)適当刺激 受容器は各種の刺激で興奮するが、もっとも敏感に反応する特別な種類の刺激があり、これを適当刺激という。視細胞に対する光刺激などがその一例である。
(3)感覚の投射 身体に加えられた感覚刺激は、大脳皮質感覚領に興奮をおこし、感覚が生ずるわけであるが、その感覚は脳内のできごととして感じられるのではなく、外界の対象物によって生じたもの、あるいは刺激の加えられた身体部位に生じたものとして感じられる。これが感覚の投射であり、投射によって刺激の加わった部位を知ることを定位という。たとえば、左手第2指指背に物が触れたとすると、触覚は大脳皮質体性感覚領に生ずるが、実際には身体当該部位に物が触れたと感ずるなどである。
(4)刺激の強弱と時間 刺激が弱すぎれば感覚はおこらないが、弱い刺激でも反復して与えられると、ついには感覚が生ずることがある(潜伏加重)。また、感覚は刺激を与えても、すぐに生ずるものではなく、徐々におこってくるものであり(漸増)、刺激をやめても即時に感覚がなくなるものではなく、やはり、徐々に消えてゆくものである(漸減)。さらに、同一の刺激が持続的に与えられていると、感覚はしだいに鈍くなっていく(順応)。感覚のうちには、触覚、嗅覚のように順応の速いものと、痛覚や深部感覚のように順応の遅いものとがある。順応の遅い感覚は、刺激が加わっている間はほぼ同じ強さで感じられる。眼鏡や帽子の着用は時間の経過とともに意識しなくなるが、靴の中の小石による痛みはいつまでも続く。これは前者が順応の速い触覚によるものであり、後者が順応の遅い痛覚によるためである。
(5)ウェーバー‐フェヒナーの法則 二つの刺激を同時に、あるいは順次に与えたとき、認知できる両者の最小差を「弁別閾(べんべついき)」という。ドイツのE・H・ウェーバーは、一方の刺激の強さをR、弁別閾をΔRとすると、ΔR/Rは、Rが中等度の強さであれば、ほぼ一定であることをみいだした。これを「ウェーバーの法則」といい、ΔR/R=Cをウェーバー比(Cは定数)という。たとえば、100グラムと110グラムとが、また500グラムと550グラムとが弁別できたとすると、ΔR/Rは両者において10%となり、一定であるということになる。その後、ドイツのフェヒナーは、この法則から出発して、感覚の大きさEは刺激の強さRの対数に比例する(E=k1logR)ことを理論的に求めた(k1は定数)。これをウェーバー‐フェヒナーの法則という。この精神物理的な法則は、以前から、考え方の出発点において難点があると批判されてきたが、近年アメリカの心理学者S・S・スティーブンスは、感覚の大きさEと刺激の強さRとの間には、E=k2Rnの関係があることを実験的に求めた(k2, nは定数)。これを「べき関数の法則」という。
(6)感覚の対比 感覚は、同時に、あるいは順次に与えられた刺激によって、その性質や大きさが変わる。これを対比という。たとえば、同じ灰色の紙が、黒地の上では白く、白地の上では黒く見えるなどは同時的対比とよび、ある味を味わったあとに蒸留水を口にすると、別の味を呈するなどは継時的対比とよぶ。
[市岡正道]
動物の感覚
動物が体の内外の環境変化(刺激)に対応しながら、自己の生活機能をもっとも有利な状態に維持していくためには、絶えず体の内外の刺激を検出していなければならない。このように体の内外の環境の変化を刺激として感知する機能を感覚といい、これにあずかる器官を感覚器とよぶ。動物は環境の変化、すなわち種々の刺激である物理的または化学的エネルギーをまずは体の一部で受容し、それに対して適切な反応をする。したがって動物の感覚は、受容器の種類による分類以外に、これらのエネルギーすなわち適当刺激の種類によっても分類される。刺激が化学物質である場合は化学感覚といわれ、味覚と嗅覚とがある。また、その刺激を受容する場所を化学受容器という。一方、物理刺激によるものは物理感覚とよばれ、それはさらに機械受容(音受容、振動受容、平衡受容、自己受容)、温度受容、光受容などに分類される。そして、これら各種の刺激をもっとも効果的に受容し、情報として中枢に伝えるためには、発達した受容器が必要となる。この受容器によって受容された刺激が感覚として脳で意識されるまでには、何段階かの神経過程を経なければならない。感覚が神経情報として脳内で処理され、さらに適応行動として発現するまでの過程を、感覚情報処理という。現在の生理学と行動生物学の面から、感覚情報として理解されている感覚について次に述べる。
[青木 清]
感覚情報としての感覚
(1)味の感覚には酸・甘・苦・塩の四基本型があるが、これら四つの基本の味に特異的に応じる受容器はない。しかし、動物のなかでヒトが甘味にいちばん敏感なことなどが知られている。また、脳では味を認識できるが、ヒトが感じる味の複雑微妙な感覚のメカニズムについてはわかっていない。
(2)音の感覚のうちで、意味をもつ情報としては、ヒトの声によることばの認識と同種間動物のコミュニケーションとがある。これらは、聴覚求心経路を経て聴覚領野に情報が送られることによって生ずる。
(3)においの感覚は、鼻腔(びくう)粘膜のにおい受容細胞で受け取られたのち、大脳の前頭葉嗅領野まで送られて生ずる。しかし、においのどの要素がどのように送られるかは、まだわかっていない。
(4)視覚情報による感覚は、視細胞、双極細胞、水平細胞、アマクリン細胞などといった網膜内で複雑に絡み合った細胞群で連絡されたのち、視神経節細胞を経て視神経交差後に外側膝状体(しつじょうたい)に行く。しかし両眼視を行わない動物では、中脳視蓋(しがい)が視覚感覚の最高位中枢となっている。哺乳(ほにゅう)類以上では、大脳皮質の視覚領の17、18、19野が視覚の最高位中枢となっている。
(5)触覚、温度覚、痛覚などの皮膚感覚は、後索核を経て視床腹側基底核群に入り、大脳皮質体性感覚野に情報として伝わる。この感覚野が最高中枢である。
[青木 清]
感覚情報処理の機構
各種感覚がどこで生ずるかを述べてきたが、感覚における最高中枢の機構がよく調べられているのは、アメリカの生理学者ヒューベルとT・N・ウィーゼルが研究した視覚に関してである。彼らは大脳皮質のニューロンレベルの研究のなかで、視覚ニューロンには、視界の特定の位置を検出する二つの異なるニューロン層があることを発見した。その二つとは、単純型検出ニューロン、およびさらに上位のニューロンで、後者は、どの位置にあっても同方向の黒線であれば反応する複雑型検出ニューロンである。この2種のニューロンの研究により彼らは、感覚としての階層性の存在を示し、さらに視覚を例として感覚が知覚され行動として発現する中枢の階層性モデルを示すことができた。この感覚情報処理機構を階層性モデルで示すと
のようになる。この図に示されるSは感覚系をさしており、Mは運動系をさしている。S41は視覚、聴覚、嗅覚、味覚などの感覚受容細胞層を示す。視覚を例にすると、網膜から大脳皮質の視覚領野がS41、S31、S21、S11、S01としだいに上位の中枢へとあがることを示している。S22、S23は一連の感覚情報系への制御として働くニューロンを示す。またS01は、たとえばカエルがハエを視界中に収めていて、ハエが動きだしたという感覚をおこすニューロンである。このS01の活性化が摂食のための最高中枢M01を活性化し、さらにそのM01がM11を刺激してカエルはハエの方向に向き照準を定めることになる。これを定位するといって、動物が感覚し知覚したことを意味する。
[青木 清]
種特異的な感覚認識ニューロン
従来から、動物の感覚器の精度が異なれば、それに伴いそれぞれの動物にとっての世界は異なり、環境とは主体的なものであるという環境世界説があった。両者の研究の結果、さらに、ほとんど同じ感覚器をもっていても、その後の情報処理において刺激を検出するニューロンが異なることで、環境世界が異なるということがわかったわけである。したがって、動物において本能行動としてみられる感覚としての種特異性の多くは、感覚系の種特異的検出ニューロンの存在、およびその働きに由来するといえる。
このような感覚の例には次のようなものがある。まずミツバチのダンスであるが、これは「垂直方向を太陽方向に読み替える」ことの表現である。すなわち、視覚刺激と体表の感覚毛の機械的刺激との両方を読むニューロンが中枢にあって、明るい方向と重力の方向を一つのニューロンが検出している結果であると考えられる。またフクロウが音を聞くのは、音源の方向を高い精度で検出する能力をもつニューロンの働きによる。しかしそれとは別に、大脳皮質のほかの領野には視覚と聴覚とに応答するニューロンが存在していて、ここでは一つのニューロンが同じ方向からくる光と音との両方に応答することになる。これらの例から、二つ以上の異種感覚系からの情報を受け取る感覚認識ニューロンの存在が知られる。
[青木 清]
植物における感覚
植物は一般に刺激の受容・伝達・認識という、動物生理学的な過程を経る特別の器官をもたない(とくに認識のための器官を欠く)ので、厳密な意味での感覚はない。しかし、植物には刺激を受容する部分があり、感受された刺激は伝達され、特定の部分で反応がみられる。したがって、植物における感覚とは、外界の刺激の受容と同義に扱ってよいであろう。以下、こうした意味からの植物の感覚について述べる。
[勝見允行]
重力刺激
植物は重力に反応して姿勢を変える。その代表的な例が屈地性である。こうした重力刺激の受容部位は根や茎の場合、その先端である。根では一般に先端数ミリメートルのところまで、マカラスムギの子葉鞘(しようしょう)では先端約10ミリメートルのところまでが感受部位である。重力刺激に対する感度は、植物の種類、部分、発育段階、外界の諸条件によって異なる。反応を得るために必要な最少刺激時間(刺激閾時)は、根では20分前後、茎では5~10分が普通である。ゼンマイの成熟葉はとくに速く30秒である。重力刺激の受容機構はまだ明らかではないが、スタトリスstatolith説(平衡石(へいこうせき)説ともいう)による説明がある。重力刺激感受部位の細胞内にはスタトリスとよばれる、動きやすく、重いアミロプラスト(デンプン粒)があり、細胞の位置が変わると、アミロプラストは重力方向に動き、細胞内のいちばん低い場所に集まる。その場所での細胞膜との接触刺激で重力を感知するという考えである。現在のところ、この説を支持する事実、否定する事実の両方があって、いずれかは決めがたい。
[勝見允行]
光刺激
植物は、屈光性、傾光性というように、光に対して反応を示す。子葉鞘や茎の屈光現象の場合、光を感受する部位は先端部である。マカラスムギの子葉鞘では先端50マイクロメートルがもっとも鋭敏である。傾光性や横日(おうじつ)性の場合には葉が光感受部位となる。
屈光現象をおこすのに必要な光の強さは、植物によっても、観察条件によっても異なるが、一定の大きさの屈曲をおこす光の刺激は、光度ではなく光量によって決められる。
光刺激は光受容物質によって感受される。マカラスムギの子葉鞘の場合、青色光がもっとも有効であり、作用スペクトルから、カロチンまたはフラビン系統の物質が関与するのではないかと考えられている。ヒザリオ(緑藻類)の一種の細胞に含まれる平らな葉緑体では、その面が光と平行になるように移動する。この場合、光受容物質はフィトクロムである。また、オジギソウやネムノキなどの傾光性運動でもフィトクロムが関係している。
[勝見允行]
機械的刺激
ある種の植物は屈触性、傾触性、傾震性のように接触、あるいは震動、風圧などの刺激に反応する。食虫植物の捕虫葉には接触刺激を受容する特別な器官がある。ムジナモやハエジゴクの捕虫葉の内側には感覚毛があって、刺激を与えると基部で折れ曲がり、その部分にある特別な細胞が変形する。傾性における刺激の受容体については、まだ明らかにされていない。感覚毛の変化や、オジギソウの傾震運動は、刺激受容後にきわめて短時間で活動電位が伝わるので、受容体は活動電位の発生に関係したものとも考えられる。
[勝見允行]
その他の刺激
チューリップ、サフラン、クロッカスなどの花は温度差に敏感に反応して開閉運動を行う。サフランの花は0.2℃の温度上昇で開き始める。
花粉管やカビの菌糸は化学的刺激に反応し屈化性を示すし、食虫植物の捕虫葉は傾化性を示す。
[勝見允行]
『問田直幹他編『新生理学 上巻』第5版(1982・医学書院)』▽『W・F・ギャノング著、岡田泰伸他訳『医科生理学展望』原書20版(2002・丸善)』