感覚論(哲学用語)(読み)かんかくろん(英語表記)sensationalism 英語

日本大百科全書(ニッポニカ) 「感覚論(哲学用語)」の意味・わかりやすい解説

感覚論(哲学用語)
かんかくろん
sensationalism 英語
sensualisme フランス語
sensationnisme フランス語
Sensualismus ドイツ語

哲学用語。認識論上の一つの立場。認識の出発点を感覚にみるのは自然である。人が眠りから覚めふたたび世界をみいだすたびに、それはまずは諸感官を開くこととしてであるから。だが、各感覚作用の対象を各感官に即して色・音などと規定するとき、瞬間ごとに充足している感覚的質の世界から、日常の世界像たる、質を担う安定的諸物の世界までには距離があることがあらわになり、認識上の感覚の身分はあいまいとなる。

 安定的世界像のほうを仮象とし、感覚が開く流転する質の世界のみが真に現実的事態であるとするのが現象主義で、これと対照的に、認識目標として可変的諸現象を超えた不動の諸本質を存在せるものとしてたて、これら本質との関係で感覚は誤謬(ごびゅう)の源泉で、理性が認識をなすとするのが合理主義である。

 近代、合理主義は知識の確実性の探究過程観念論と結び付いた。つまり、認識の直接的対象は意識内容すなわち観念であるとして、まずは主観的確実性を手に入れ、ついで感覚(的観念)からは表象機能を奪うが、思惟(しい)的観念の表象価値は認めて、諸本質の媒介的認識を考えた。精神物体との二元論はこの認識成果として出てきたもので、そして、物体の精神への作用に精神の変様たる感覚の起源が求められた。他方、思惟的観念は精神に生得であるとされたが、この点に関する合理主義の批判として経験主義が生じた。思惟的観念は、諸感覚を精神の反省機能が結合、抽象などして変形した結果得られるというのである。この反省能力を感覚能力と別物とはみず、その自然的発展と考え、したがって思惟的観念を感覚と同質視するのが感覚論で、18世紀のコンディヤックを典型とするが、19世紀末のマッハの批判的経験主義なども数え入れたりする。

 ところで、経験主義でも、この点では合理主義をそのままに踏襲して、感覚は表象機能をもたぬとされるから、感覚を素材とする思惟的観念も意識外の存在を表現する力をもたぬことになり、経験主義は現象主義となる。ただし、思惟による現象の一般化としての学が、日常の安定的世界像ともども、感覚的に生きられる世界に対する仮説的実用的性格のものとして期待される。現象を超える自存的諸本質界は、感覚の起源において精神の触発者として前提されるほかは問題にされない。この前提的存在物との関係では、経験主義は不可知論である。この最後の事情は、学の必然的性格を手放したくなく、かといって感覚の参与なしには学は無内容な形式にとどまると考え、そこで最初に必然的諸形式をもつ理性をたて、次にこれらの形式に適合する仕方でのみ感覚的諸事象は受容されるとし、こうして経験主義と合理主義との総合をねらう先験主義でも同様である。加えて先験主義は、理性が備える諸形式の起源を解明せず放置するという不都合も有している。

 ところが、感覚論は、意識内容と外物との対応のうちにでなく、存在概念そのものをも含めた意識内容いっさいの、感覚からの発展的生成の秩序とその転倒のうちに真偽の所在をみる。したがって、その学の理念は不可知論には無縁であるし、学の構造はその成立過程が逐一たどられうる全内容物そのものによって規定されて具体的である。ただ、感覚論がその学の構想を貫くには、とくに感覚器官ないし身体とそれに作用する物体との観念が諸観念発生史に占める地位、これを明瞭(めいりょう)にさせる要がある。実際、コンディヤックとその継承たる観念学派は、この問題を、運動概念を媒介した感覚と知覚との区別において探り、マッハは思惟経済原理で考えようとした。

 なお、以上から、感覚論は意識を担う精神の存在を前提するか、精神と物体との実体的区別をなくすかであり、したがって感覚論を唯物論に数えるのは不当なことがわかる。感官の欲望を弁護する立場のことば上の連想がこれの誤解の因であろう。

[松永澄夫]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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