日本大百科全書(ニッポニカ) の解説
悪霊(ドストエフスキーの小説)
あくりょう
Бесы/Besï
ロシアの作家ドストエフスキーの長編小説。1871~1872年に『ロシア報知』に発表。聖書に、悪霊(悪鬼)に憑(つ)かれておぼれ死ぬ豚の群れの記述があるが、この作品は無神論革命思想をその「悪霊」に見立て、それに憑かれた人々の破滅を描こうとしたもので、実在のアナーキスト革命家ネチャーエフ(小説ではピョートル・ベルホベンスキー)が転向者イワノフ(シャートフ)を惨殺したリンチ事件に取材している。小説はこの事件を軸に、父の世代の自由思想家ステパン、人神論者キリーロフ、民族主義者シャートフ、専制社会主義者シガリョフら、錯雑した登場人物の重厚な思想的ドラマとして展開するが、「真の主人公」はそのいっさいの背後にある謎(なぞ)めいた存在スタブローギンで、彼については別に「告白」の章も残され、もっともドストエフスキー的な人物像として有名。革命や組織の問題について現代を予見した書とされ、日本の連合赤軍リンチ事件は小説発表の100年後に起こった。
[江川 卓]
『江川卓訳『悪霊』全二冊(新潮文庫)』