心血管系と神経体液性因子

内科学 第10版 の解説

心血管系と神経体液性因子(心血管代謝と機能)

 神経体液因子は循環調節をはじめ心血管系の多様な病態に関与していることが明らかとなり,循環器疾患の診断や治療にも利用されている.
a.カテコールアミン
 生体内のカテコールアミンエピネフリンアドレナリン)とノルエピネフリンノルアドレナリン)が主体であり,エピネフリンは副腎髄質から,ノルエピネフリンは心臓や血管の交感神経末端から放出される.
 カテコールアミン受容体は,心筋にはβ1受容体が,血管平滑筋にはα1受容体とβ2受容体が存在する.心筋のβ1受容体が刺激されると,心拍数,収縮力の増加をきたす.血管のα1受容体が刺激されると,血管が収縮し,血圧上昇,後負荷増大をきたし,一方,β2受容体が刺激されると血管は拡張する.腎臓では,β1受容体刺激で傍糸球体細胞からのレニン分泌が亢進し,またα1受容体刺激により近位尿細管でのNa・水の再吸収が亢進し,循環血液量が増加する(図5-2-22).
 これらカテコールアミンの作用に基づき,受容体の作動薬や遮断薬が種々の循環器疾患の治療に用いられている.たとえば,カテコールアミン製剤は強心薬として,α1受容体遮断薬は降圧薬として,β1受容体遮断薬は降圧薬,抗不整脈薬として用いられている.慢性心不全では交感神経活動が亢進しており,過剰な交感神経刺激は前負荷や後負荷の増大をきたすため,カテコールアミン受容体遮断薬が心不全治療に用いられている.
b.レニン-アンジオテンシン
 レニン-アンジオテンシン系(renin-angiotensin system:RA系)は,循環調節においてカテコールアミン系とならび重要な役割を果たしている.レニンは腎の傍糸球体細胞から分泌される酵素で,肝臓で合成され血中に放出されるアンジオテンシノーゲンに作用して,アンジオテンシンⅠ(AngⅠ)を生成する.AngⅠは,肺でアンジオテンシン変換酵素(angiotensin converting enzyme:ACE)によりアンジオテンシンⅡ(Ang Ⅱ)に変換される.産生されたAng Ⅱは全身を循環し,血管や腎臓などの標的臓器に作用する.Ang Ⅱ産生にはACEによる経路とは別に,キマーゼによる経路も存在する(図5-2-23).
 Ang Ⅱの主たる作用は,血管平滑筋収縮,心筋細胞肥大,副腎皮質におけるアルドステロン分泌,腎近位尿細管におけるNa・水再吸収の促進である.これらの作用により血圧が上昇する.Ang Ⅱのおもな受容体はAT1受容体とAT2受容体であり,従来より知られているAng Ⅱの作用はAT1受容体を介しており,AT2受容体を介する作用はそれに拮抗して働くと考えられている.
 ACE阻害薬,Ang Ⅱ受容体拮抗薬,レニン阻害薬は,Ang Ⅱの作用を抑制することで,血管拡張,循環血液量減少に作用し,高血圧や心不全の治療に用いられている.
c.アルドステロン
 アルドステロンは副腎皮質球状層で生成される鉱質コルチコイドホルモンで,その産生は副腎皮質刺激ホルモン,K,Ang Ⅱなどにより刺激される.ミネラルコルチコイド受容体(アルドステロン受容体)を介して作用を発揮するが,アルドステロンの主たる標的臓器は腎臓で,腎尿細管の管腔側に局在するNaチャネルを活性化することにより,Na・水の再吸収,K排泄が亢進し,循環血液量が増加し,血圧の上昇をきたす.抗アルドステロン薬はミネラルコルチコイド受容体に結合して,アルドステロンの作用を抑制する.高血圧および心不全の治療に用いられる.
d.バソプレシン
 バソプレシン抗利尿ホルモン(antidiuretic hormon:ADH)ともよばれ,下垂体後葉から分泌され,腎臓に働き,血液浸透圧を一定に保ち,体液量と血圧を調整する.バソプレシン受容体にはV1とV2のサブタイプがある.腎集合管上皮細胞のV2受容体にバソプレシンが結合すると,水チャネルのアクアポリン2が管腔側細胞膜へ移動し,膜の水透過性が高まり,水の再吸収が促進され,尿量が減少する.心不全患者では血中バソプレシン濃度の上昇がみられ,バソプレシンの増加は利尿不全を引き起こし,浮腫や低ナトリウム血症の原因となる.V2受容体拮抗薬が心不全患者の利尿目的に用いられている.
e.ナトリウム利尿ペプチド
 ナトリウム(Na)利尿ペプチドは心血管系あるいは中枢神経系より分泌される,降圧・利尿作用を有するペプチドホルモンである.心房性ナトリウム利尿ペプチド(atrial natriuretic peptide:ANP),脳性ナトリウム利尿ペプチド(brain natriuretic peptide:BNP),C型ナトリウム利尿ペプチド(C-type natriuretic peptide:CNP)のファミリーよりなる.ANPはおもに心房で合成されて顆粒として蓄えられており,心房筋の伸展刺激により血中に分泌される.一方,BNPは主として心室細胞で合成される.心不全などにより心室筋への負荷が増大するとBNP合成が亢進し,合成されたBNPは顆粒として貯蔵されることなく,そのまま血中に分泌される.心臓は単なるポンプ器官であるだけでなく,内分泌器官でもあるといえる.CNPは血管内皮と脳で合成・分泌される.
 Na利尿ペプチドの受容体(natriuretic peptide rec­eptor:NPR)はおもに3種類が知られている.NPR-Aは血管,腎臓に分布し,ANPとBNPの両者が結合する受容体である.血管では平滑筋細胞のcGMP濃度を増加させ,弛緩作用を示す.腎臓ではNa利尿を促進する.NPR-BにはCNPが特異的に結合する.NPR-Cはクリアランス受容体で,肺,腎臓に多く発現しており,Na利尿ペプチドのクリアランスに関与していると考えられている.
 血中ANPおよびBNP濃度は心不全の重症度に比例して上昇するが,左心機能低下の診断においてはBNPの方が感度,特異度ともにすぐれる.BNPの前駆体であるproBNPが切断されて生じるN端末 (NT)-proBNPも心不全の診断に使用されている.血中BNP濃度の測定は心不全の診断のみならず,治療効果の判定にも有用である.
 また,血管拡張作用とNa利尿作用を有するNa利尿ペプチドは心不全の治療薬として,わが国ではANP,米国ではBNPの注射薬が用いられている.
f.エンドセリン
 エンドセリン (endothelin:ET)は血管内皮細胞由来の強力な血管収縮ペプチドである.ETは4種類のアイソフォーム(ET-1,ET-2,ET-3,ET-4)から構成されるが,ヒトではET-1が心血管系の機能に関与している.ET受容体はおもに2種類(ETA,ETB)が知られている.血管平滑筋細胞にはおもにETAが存在し,血管収縮,昇圧に作用する.血管内皮細胞にはETBが存在し,一酸化窒素(nitric oxide:NO)の産生を介して血管拡張に作用する.
 肺高血圧症の肺組織では,血管内皮,気管支上皮やマクロファージなどの細胞でET-1の産生が亢進しており,病態を増悪させることから,ET受容体拮抗薬が肺高血圧症の治療に用いられている.[池田宇一]

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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