往・去(読み)いぬ

精選版 日本国語大辞典 「往・去」の意味・読み・例文・類語

い・ぬ【往・去】

[1] 〘自ナ変
① ある場所から立ち去って、他の場所へ行く。また、もと居た所へ帰る。
古事記(712)上・歌謡「むら鳥の 我がむれ伊那(イナ)ば」
※枕(10C終)八二「『いね。いまきこえん』とて」
② (時が)過ぎ去る。経過する。また、ある時期がやってくる。
※仏足石歌(753頃)「大御足跡(おほみあと)を見に来る人の伊爾(イニ)し方千世の罪さへ滅ぶとそいふ除くとぞ聞く」
③ 死ぬ。また、消えてなくなる。〔字鏡集(1245)〕
④ (食べ物などが)悪くなる。腐る。
咄本・新選臍の宿替(1812)一「又うどんもだしもいんである」
⑤ 元気がなくなる。しょげる。
歌舞伎桑名屋徳蔵入船物語(1770)口明「亀は亀ぢゃが、どん亀ぢゃ。心は往(イ)んだ顔ですっこんでゐる」
⑥ (動詞の連用形に助詞「て」の付いた形の下に付いて、補助動詞のように用いる) ついに…てしまう。
※咄本・昨日は今日の物語(1614‐24頃)上「へへのくさいで、はながもげていぬる」
[2] 〘自ナ四〙 (ナ変から転じて、近世中期頃から使われた) (一)に同じ。
※歌舞伎・三十石艠始(1759)序幕「私(わし)ゃ往ぬ事は否(いや)ぢゃ否ぢゃ」
[語誌](1)「いぬ」は「いく(行)」に比べて、もとの場所へ帰る、あるいは、消え去るの意味が強く、そのことが、「(時が)過ぎ去る」や「死ぬ」などの意味を派生するもととなっている。
(2)完了助動詞「ぬ」が「いぬ」と同様のナ変型の活用をすることや、(一)の用例に見られるように、完了の助動詞を下接させることがなく、それ自体に完了の意味があったと考えられるところから、助動詞「ぬ」の語源は「いぬ」であるとされる。

いな・す【往・去】

〘他サ五(四)〙
① 去るようにさせる。帰らせる。
(イ) 立ち去らせる。追っぱらう。
※歌謡・田植草紙(16C中‐後)晩歌一番「泊れや旅のうきそう、いなそうやれんげしおは読まいで」
(ロ) 実家に返す。離縁する。
浄瑠璃心中宵庚申(1722)下「気にいらいでいなした嫁」
② ばかにする。悪口を言う。けなす。
※歌舞伎・韓人漢文手管始(唐人殺し)(1789)一「『コリャ、いなすな。いなすな』『イヤ、いなさにゃならぬ』」
③ 台なしにする。ふいにする。
※滑稽本・大師めぐり(1812)上「折角酔ふた酒、とんといなしてこましたとぼやきぼやき出てゆきぬ」
相撲のわざで、攻勢をかわして、相手の体勢を崩す。転じて、攻撃や追及を軽くあしらう。
※春泥(1928)〈久保田万太郎〉むほん「『しない?』『するものか』『だって、君』田代は出鼻をいなされたかたちに」
⑤ 和服の襟(えり)を首の後ろの方へ押し下げる。襟の合わせ目あたりを押し上げるような動作をする。えりをぬく。
※俳諧師(1908)〈高浜虚子〉一二「グイといなした襟と」

いぬる【往・去】

〘連体〙 (動詞「いぬ(往)」の連体形から)
① 過ぎ去った。さる。→いぬる年
※源氏(1001‐14頃)若紫「いぬる十よ日のほどより、わらはやみにわづらひ侍るを」
② 帰っていく。去っていく。

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報

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