張・貼（読み）はる

精選版 日本国語大辞典

は・る【張・貼】

[1] 〘他ラ五（四）〙

[一] たるみのないように引きのばし広げる。

① 布、網などを、たるみのないようにのばし広げる。

※万葉（８Ｃ後）一七・四〇一一「あしひきの 彼面此面(をてもこのも)に 鳥網(となみ)波里(ハリ) 守部を据ゑて」

※幼学読本（1887）〈西邨貞〉二「鰯は多く一所にむらがりて来るゆゑ、れふしはあみを張りて」

② (貼) 平らな薄いものをとり付ける。また、そのようにして作る。「羽目をはる」

※竹取（９Ｃ末‐１０Ｃ初）「うちうちのしつらひにはいふべくもあらぬ綾織物にゑをかきてまことはりたり」

※俳諧・曠野（1689）員外「今朝よりも油あげする玉だすき〈越人〉 行燈はりてかへる浪人〈嵐雪〉」

③ 糸、紐、綱などや布状のものを、一方からもう一方へ延ばして渡す。

※万葉（８Ｃ後）三・二八九「天の原ふりさけ見れば白真弓張(はり)て懸けたり夜路はよけむ」

※徒然草（1331頃）一〇「寝殿に、鳶ゐさせじとて縄をはられたりけるを」

④ 肘、肩、胸・足などをぐっと伸ばしたり広げたりする。

※天草本伊曾保（1593）椶櫚と竹の事「ココロザシヲ クダサズ、ヒヂヲ fatte(ハッテ) イタヲ ナニカワ コラヨウ」

※星座（1922）〈有島武郎〉「それらの人の間を肩を張って歩くことが出来なかった」

⑤ 大きく開く。

※日葡辞書（1603‐04）「メヲ fatte(ハッテ) ヲドス」

⑥ 液体を一面に満たす。

※西洋道中膝栗毛（1874‐76）〈総生寛〉一四「鉄の火鉢を見た様なものに水が充分(いっぱい)張(ハッ)てあるが」

[二] 設備する。また、ある位置をとって構える。

① 広げるように作り設ける。「宴を張る」

※古事記（712）中・歌謡「宇陀の 高城(たかき)に 鴫羂(しぎわな)波留(ハル)」

※赤痢（1909）〈石川啄木〉「夏になれば氷屋の店も張られた」

② （将棋の駒を）ある場所に打つ。

※咄本・鹿の巻筆（1686）一「敵よりとりたる駒をはる事、是いけどりの人をつかふ心」

③ 博打(ばくち)で、金銭などを賭(か)ける。また、ある箇所・ある物に賭ける。

※浄瑠璃・丹波与作待夜の小室節（1707頃）中「瀬多の久三が筒(どう)の時、百切(ぎり)はって見たれば、勝つ程に」

④ 何をするかと見守る。また、捕えようとして、来そうな所を見張る。特に、色恋の相手としてねらう。

※源氏（1001‐14頃）真木柱「いとさがなげににらみてはり居たれば、わづらはしくて」

⑤ 娼妓が客をひくために店先に並ぶ。

⑥ ある地位にしっかりと身を置く。

※今戸心中（1896）〈広津柳浪〉一「当楼の二枚目を張って居る吉里と云ふ娼妓(おいらん)である」

⑦ 複数の男性が一人の女性をものにしようと争う。また、学生用語で女学生を口説く。〔最新百科社会語辞典（1932）〕

[三] 声や気持などをゆるみのないようにする。

① (多く「ハル」と書く) 謡曲、義太夫などで、声を強く出す。節を、上音にうたい上げる。

※申楽談儀（1430）文字なまり・節なまり「『君をいはひて』『はひて』と張るべからず」

② 威勢などを見せる。盛んであるようなさまを人に示す。「みえを張る」

※浮世草子・世間胸算用（1692）一「世間をはって棟のたかき内には、それほどの風があたって、北雨吹(しぶき)の壁に莚ごもも成がたし」

③ 自分の意見や気持を押し通す。主張する。〔日葡辞書（1603‐04）〕

※満韓ところどころ（1909）〈夏目漱石〉四一「頑固を張(ハ)って云ふ事を聞かない」

④ 気持をゆるみなく保つ。緊張させる。

※浮世草子・世間胸算用（1692）三「旦那お出といはるるまでの外聞に無用の気をはりける」

⑤ 心を奮い起こす。

※太平記（１４Ｃ後）一七「各機を張(ハリ)心を専(もっぱら)にして攻戦ふ」

⑥ (「気を張る」の形で) 費用を出すことに気前よくする。きばる。

※浮世草子・傾城禁短気（1711）六「気をはって段々御馳走申ければ」

⑦ (「体を張る」の形で) 自分の身命をささげるつもりで全力で事にとりくむ。

⑧ （頭や顔を）たたく。なぐる。特に、平手で横ざまに打つ。

※平家（１３Ｃ前）四「仲綱め乗れ、仲綱め打て、はれなんどの給ひ」

⑨ 取引市場で、思惑売買をする。

[2] 〘自ラ五（四）〙

① はちきれそうにふくらむ。芽、腹、乳などがふくらむ。

※万葉（８Ｃ後）一四・三四四三「うらも無くわが行く道に青柳の波里(ハリ)て立てれば物思(も)ひ出つも」

② 筋肉が、固くなったりはれたりする。

※歌舞伎・浮世柄比翼稲妻（鞘当）（1823）三幕「いかう肩が張って参った」

③ たるみなくひき渡される。「糸が張る」

④ 肩などが、つき出てかどができる。かくばる。

※灰燼（1911‐12）〈森鴎外〉一二「小さい顔で、顴骨が少し張ってゐる」

⑤ 一面におおうように広がる。また、長くのびひろがる。「根が張る」

※安愚楽鍋（1871‐72）〈仮名垣魯文〉初「極(ごく)寒い国へゆくと寒中は勿論夏でも雪が降ったり氷が張(ハル)ので」

⑥ 強く盛んになる。目立って現われる。「欲が張る」

※洒落本・志羅川夜船（1789）素見高慢「昔はおれもはった者よ」

※百鬼園随筆（1933）〈内田百〉晩餐会「相手も食意地が張ってゐるから」

⑦ 気持が引き締まる。

※浄瑠璃・国性爺合戦（1715）唐船「勿体なふて、気がはってねられはせぬ」

⑧ 他に負けまいとして対抗する。競争する。張り合う。

※評判記・難波物語（1655）「くぜつなどしても銭なければ、はるべき手だてもなく、人知れぬしんゐ胸をこがし」

⑨ 貝独楽(ばいごま)で、双方の独楽が打ち合ってともに盆の外へ出る。〔和漢三才図会（1712）〕

⑩ ふつう以上に数量や度合が大きくなる。

※滑稽本・八笑人（1820‐49）三「ちと荷が張(ハリ)ましたゆゑ、車を一輛雇って」

出典　精選版 日本国語大辞典