日本大百科全書(ニッポニカ) 「弁護士」の意味・わかりやすい解説
弁護士
べんごし
弁護士は、裁判官、検察官とともに、法曹三者の一つであり法律実務家である。そして、裁判官と検察官とが公務員であるのに対し、弁護士は在野法曹と称される。すなわち、弁護士とは、依頼者のために民事・刑事の訴訟に関して活動し、その他一般の法律事務を行い、かつ裁判の適正を確保するための専門的職業にある者をいう。
日本における弁護士制度は、明治に至るまではなかったといえよう。1872年(明治5)太政官達(たっし)「司法職務定制」により弁護士の前身といわれる代言人が認められ、これが職業的資格として公認されたのが、1876年の司法省達「代言人規則」によってである。これも1880年に改正されたが、1893年旧旧弁護士法が制定され、これをさらに全面的に改正して1933年(昭和8)旧弁護士法となった。第二次世界大戦後の1949年(昭和24)6月10日、弁護士の自治能力が評価され、それまで強かった官僚統制を排除した新しい弁護士法が誕生した。これが現行の「弁護士法」(昭和24年法律第205号)である。これによれば、弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする。そして、この使命に基づき、誠実にその職務を行い、社会秩序の維持および法律制度の改善に努力しなければならない(1条)、としている。
[内田武吉・加藤哲夫 2016年7月19日]
各国の弁護士制度
弁護士制度一般についても、世界各国の法制によって異なるものがあるので、これを概観する。日本の訴訟法の母法ともいえるドイツにおいては、古くは2種類のいわゆる二元的弁護士制度をとっていたが、現在はレヒツアンバルトRechtsanwalt(弁護士の意)のみの一元的弁護士制度である。アメリカ合衆国では、州によって若干相違があるが、ローヤーlawyer、アタニattorney、カウンスルcounsel、アドバケートadvocate(いずれも弁護士の意)などと称される一元主義弁護士制度をとっている。これらは一元的弁護士制度という点で、日本と同様であるが、二元的弁護士制度をとっている国々もある。たとえば、イギリスでは、弁護士に相当するものとしてバリスターbarrister(法廷弁護士)とソリシターsolicitor(事務弁護士)との2種類があり、バリスターは依頼者のために訴訟書類を起草し、また法廷で弁論するが、依頼者から直接に事件を引き受けることはせずにソリシターから委嘱される。ソリシターは、いわば法廷外弁護士で、当事者の依頼によって契約書の作成や法律事件の相談に応じ、また訴訟になれば、バリスターの下準備をするほかに、下級裁判所では自ら弁論することもできる。フランスにおいても、アブウェavoué(代訴人)とアボカavocat(弁護士)の2種の区別があり、前者は1971年に、かなり改変されているが、裁判所の所属員であって、もっぱら訴訟書類の作成に従事するのに対し、後者は弁護士会に登録されており、法廷で口頭弁論をするなどの相違がある。
[内田武吉・加藤哲夫 2016年7月19日]
日本の弁護士制度
日本の現行法における弁護士は、当事者その他関係人の依頼または官公署の委嘱によって、訴訟事件・非訟事件および審査請求・再調査請求・再審査請求など行政庁に対する不服申立て事件に関する行為その他一般の法律事務を行うことを職務とする(弁護士法3条1項)者であって、弁護士は当然、弁理士および税理士の事務を行うことができる(同条2項)。
弁護士になるためには厳しい資格が要求されており、原則として、司法試験に合格し司法修習生としての修習を終えた者であって(同法4条)、その点は裁判官や検察官の任命資格と共通であるが、そのほかに一定範囲で特例が認められており(同法5条)、また一定の欠格事由の定め(同法7条)もある。なお、弁護士となるには、かならず日本弁護士連合会(日弁連)に備えた弁護士名簿に登録されなければならない(同法8条)。
弁護士が職務を行うのは、通常依頼者との私法上の契約によるのであり、これに伴って必要に応じて代理権が授与される。弁護士は法令による官公署からの委嘱を正当の理由がなく辞することが認められていない(同法24条)。このほかの事案については受任の義務はなく、依頼を承諾しないときは依頼者に速やかにその旨を通知しなければならない。弁護士と依頼者との間の関係は、委任の法理によって律せられる。
弁護士報酬算定の基礎となっているのは、原則として依頼者が受ける経済的利益であり、弁護士は、これに対するパーセンテージにより、事件着手のときに手数料(着手金)を、依頼の目的を達したときに謝金(成功報酬)を受け取ることとなっている。そのために、日本弁護士連合会の定める一般的指針である「弁護士の報酬に関する規程」(平成16年4月1日施行)があるが、報酬の不確定性は否定できない。なお、現行民事訴訟法のもとでは、「訴訟費用は敗訴の当事者の負担とする」(同法61条)のが原則であるが、弁護士報酬はこの訴訟費用に算入されないとするのが通説である。したがって依頼者が勝訴しても、自分の支払う弁護士費用を相手方に請求することはできない。これに対して、勝訴者の支出した弁護士費用を訴訟費用の一部として、敗訴者に負担させるべきである、との主張がないわけではない。また判例のなかには、訴訟費用としてではないが、勝訴者の支出した弁護士費用の一部を敗訴者に負担させるものが、かなりみられるようになった。
[内田武吉・加藤哲夫 2016年7月19日]
外国弁護士の日本での活動
外国弁護士(外国において法律事務を行うことを職務とし、弁護士に相当する者)の日本における活動については、1980年代初頭、アメリカ合衆国やヨーロッパ諸国から、その受け入れにつき強い要望があったので検討された結果、相互主義のもとでこれを承認することとなった。すなわち、昭和61年5月23日法律第66号により「外国弁護士による法律事務の取扱いに関する特別措置法」が制定された。その後何度か改正されたが、現行法によれば、外国弁護士となる資格を有する者は、3年以上の職務経験があり、法務大臣の承認を受けた場合に限り、外国法事務弁護士となることができ(同法7条、10条)、その際には、日本弁護士連合会に備える外国法事務弁護士名簿に登録を受けねばならない(同法24条)。外国法事務弁護士の職務範囲は、承認の基礎となった外国弁護士となる資格を取得した外国法(原資格国法)(同法2条4~6号)、または、外国法事務弁護士が特定の外国法について、とくに知識・能力あるものとして、その取扱いを法務大臣により承認された特定外国法(指定法)(同法2条8~10号)に関する法律事務に限定されている(同法3条、5条)。しかし、この特定外国法以外の第三国法法律事務についても、その法律事務業務に従事している者の書面による助言を受けて行うことができる(同法5条の2)。また、日本を仲裁地とする国際仲裁事件の手続においては、外国法事務弁護士は当事者を代理することができることになっている。しかし外国法事務弁護士は、日本の弁護士を雇用することはできず、またその職業上の使命・職責も日本の弁護士とほぼ同様に課せられており、懲戒(同法51条以下)、罰則(同法63条以下)も設けられている。
[内田武吉・加藤哲夫 2016年7月19日]
当番弁護士制度
刑事弁護に関して注目すべきことは、全国の各弁護士会で運営されている当番弁護士制度であろう。この制度は被疑者が弁護人の援助を受ける権利を実質的に保障しようとするもので、すでに被疑者またはその家族等の依頼を通じて待機している弁護士や名簿に登録されている弁護士が、捜査段階で出動して弁護活動を行うという制度である。また一部の弁護士会では、依頼がない場合であっても、少年事件や弁護の必要性の高い重罪事件等では、独自の判断で弁護士を派遣すること(委員会派遣制度)も行っている。しかしながら、いずれも法制度化されていないため、地域ごとに実施状況に偏りがあったり、検察や警察との連携面や財政面での課題が残されている。
[内田武吉・加藤哲夫 2016年7月19日]
弁護士過疎・偏在問題
弁護士は、前述のように日本弁護士連合会の弁護士名簿に登録されることが必要であるとともに(弁護士法8条)、各地域の弁護士会に入会しその会員となって(同法36条)、業務を行っている。日本弁護士連合会に登録されている弁護士は、3万6466名である(2015年4月1日時点。最高裁判所『裁判所データブック2015』30頁より。以下の数字も同様)。これらの弁護士が会員になっている主要な地域弁護士会の会員数の上位は、東京(東京弁護士会・第一東京弁護士会・第二東京弁護士会)1万6918名、大阪弁護士会4226名、愛知県弁護士会1783名、横浜弁護士会(2016年、神奈川県弁護士会に改称)1493名、福岡県弁護士会1148名、埼玉弁護士会757名、札幌弁護士会730名、千葉県弁護士会723名となっている。これら大都市ないしその周辺地域の弁護士会の会員数は、登録されている全弁護士の75%を超えている。弁護士がこのように大都市やその周辺地域に集中しているため、それ以外の地方で活動する弁護士の数が少ないという、弁護士過疎が問題になっている。
日本弁護士連合会は、地方におけるこのような弁護士過疎の弊害を少なくするため、ひまわり基金を設け、この基金を利用して弁護士過疎の地域においても法律事務所を開設してその地域住民のためサービスを提供している。このほかにも、全国で、民事、刑事を問わず裁判その他の法による紛争の解決のための制度を国民が容易に利用できるようにするため、総合法律支援法(平成16年法律第74号)に基づき、独立行政法人である日本司法支援センター(法テラス)がサービスを提供している。
このように、日本弁護士連合会は、弁護士などによる法律サービスを市民がより身近に受けられるようにするために、総合的な支援の実施および体制の整備に努めている。
[加藤哲夫 2016年7月19日]
『石井成一他編『講座 現代の弁護士』全4巻(1970・日本評論社)』▽『棚瀬孝雄著『現代社会と弁護士』(1987・日本評論社)』▽『東京弁護士会弁護士研修センター運営委員会編『弁護士研修講座』(1987~2010・商事法務研究会)』▽『松井康浩著『日本弁護士論』(1990・日本評論社)』▽『日本弁護士連合会調査室編著『条解弁護士法』第4版(2007・弘文堂)』▽『高中正彦著『弁護士法概説』第4版(2012・三省堂)』▽『東京弁護士会調査室編『弁護士会照会制度』第5版(2016・商事法務研究会)』▽『潮見俊隆著『法律家』(岩波新書)』