幻想文学(読み)ゲンソウブンガク

デジタル大辞泉 「幻想文学」の意味・読み・例文・類語

げんそう‐ぶんがく〔ゲンサウ‐〕【幻想文学】

超自然的な事象を題材とする文学の総称。

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改訂新版 世界大百科事典 「幻想文学」の意味・わかりやすい解説

幻想文学 (げんそうぶんがく)

超自然的怪異や驚異,夢,架空世界でのできごとや,現実にありえない設定を中心にすえた文学作品の総称。ただし幻想といい現実といい,それぞれの時代や環境,歴史や言語との関係でその定義はつねに相対的であるから,幻想文学の定義と内実もまた,さまざまな条件の下で流動的・相対的である。ありもしないものや,ありえないものは,すなわち人間の想像力の産物であるが,本来〈文学〉そのものがすでに人間の想像力の産物であり,幻想であると考えられるとすれば,〈幻想文学〉はつねに〈文学〉にとっても根源的なジャンルであるともいえる。

 文学の最も古い源流をさかのぼって,世界各地,諸民族に伝わる神話や伝説を見るならば,そこに超自然的な怪異や夢はほとんどいたるところに見いだされるが,これを古代人や未開民族が現代の文明人と同じ認識で〈幻想〉と見,〈幻想文学〉として読んだと考えることはできない。しかしそれら神話や伝説,さらには聖書に代表されるごとき種々の宗教の経典などに豊かに内蔵される驚異や幻想は,後世の詩人や作家によって幻想文学の大いなる源泉,想像力の契機として活用されよみがえる。これらの神話・伝説,それらを材源とした後世の作品には,概観してひとつの大きな共通点が見いだされる。たとえば時代と場所を異にする蒲松齢の《聊斎志異》,アストゥリアスの《グアテマラ伝説集》,チュチュオーラの《やし酒飲み》と並べていずれにも典型的に見られるように,これら伝承的幻想文学においては,怪異の世界と現実とはほとんど地続きであり,死神や幽鬼や妖精は苦もなく現世へ介入し,生者もまた他界との交流を必ずしも不思議としない。しかもそのような地続き性自体がさらに根源的な不可思議の要因ともなっている。このように幻想と現実とが必ずしも区別されぬままに,想像力の自由と状況の拘束との対立拮抗(きつこう)の中で幻想が現実と地続きに追求されるという特徴は,中世からほとんど近代直前まで尾を引いた。したがって《源氏物語》にあらわれる怪異や,《日本霊異記》《宇治拾遺物語》などに豊富に含まれる妖異譚,怪談は,現代の幻想文学,幻想小説と無前提でひとしなみに論じられない。またたとえば中世からルネサンスにかけてヨーロッパを風靡した〈アーサー王物語群〉(アーサー王伝説)には,いたるところに怪異や妖異,夢や魔法が仕掛けられているが,それらの幻想的な挿話群は,ケルト説話を中心とする先行伝承と,キリスト教の霊的幻想との混交,中世の想像力を抑圧すると同時に駆り立てた教会の規範や現実の悲惨,死の恐怖などによって,強力に,必然的に,文学の次元へとにじみ出たものであったといえる。

 怪異を〈怪異〉として,幻想を〈幻想〉として対象化し認識するのは,近代の合理主義,自然科学的認識論の洗礼が多かれ少なかれ浸透して以後のことであり,その意味では,〈幻想文学〉なるものが主観的にもせよ成立するのは近代以後,少なくとも近代の曙光が文学的想像力に光を投げ始めてからのことと考えられる。日本では江戸時代,上田秋成が《雨月物語》で中国の小説などを下敷きに,平安朝以来日本的感受性にしみわたってきた伝統的幻想性を汲み上げながら意図的に〈幻想〉の核心を対象化して,近代日本幻想文学に直接に先行する始祖となった。明治以後,急激な西欧文明の流入,列強にいちはやく追いつき拮抗しようとする国策の進行によりヨーロッパの近代合理主義が知識人階級を席巻する。文学においても明治後期から大正にかけて自然主義や主知的潮流が中心を占めていくのにひとり拮抗した泉鏡花が,一時の文壇的不遇に耐えながら《高野聖》《眉かくしの霊》《草迷宮》などの小説や戯曲《天守物語》など,質量ともに圧倒的な作品群によって,上田秋成の成果をさらに拡大深化し,日本を代表する幻想文学の巨匠となった。泉鏡花の幻想は,森羅万象との交感,幼少年期の体験に根ざす母性憧憬,伝承的な感受性の伏流など,前近代的な遺産を基盤としながら,一方では近代ヨーロッパの文芸思潮にも通底する,ロマン主義の圧倒的な開花という面をも兼ね備えている。

 西欧における近代幻想文学の成立と開花は,おおざっぱにいって18世紀末から19世紀にかけての汎ヨーロッパ的なロマン主義の潮流の動向とほぼ軌を一にしている。いわゆるドイツ・ロマン派は,E.T.A.ホフマンの《黄金の壺》《悪魔の霊液》をはじめとする膨大な作品群,ノバーリスの《青い花》,さらにシャミッソー,クライスト,L.A.vonアルニムなどの作品によって幻想文学の新たな宝庫を形成した。フランスでは,ユゴー,ラマルティーヌ,ビニーらロマン派の中心的大作家,大詩人たちは幻想文学に特に見るべき作品を残さず,むしろマイナー・ポエットたち,〈小ロマン派petits romantiques〉のボレルらによって,時代精神を極度に圧縮しつつ逆にその反時代性をあらわにする幻想小説の佳品が作られている。ネルバルは,生前はそれら群小詩人の一人としかみなされなかったが,《幻想詩編》をはじめとする彫琢をきわめた深遠な詩編,《オーレリア》を頂点とする夢と狂気に満ちた小説群は20世紀になってきわめて高い評価を受け,19世紀を代表する幻想文学の巨匠と見なされるにいたった。19世紀フランスを代表するリアリズムの大作家バルザックにも《セラフィータ》《サラジーヌ》のような幻想的作品があり,モーパッサンにも怪談《オルラ》がある。これらに先立ち,いわゆるプレ・ロマンティスムの揺籃期にイギリスで生まれて,バルザックらにも強い影響を与えたのがいわゆるゴシック・ロマンスの幻想小説群であって,ウォルポールの《オトラント城奇譚》を出発点とし,ラドクリフの《ユードルフォの怪》,M.G.ルイスの《モンク(修道士)》といった衝撃的な怪奇小説,暗黒小説は,近代の合理主義の前夜に非合理的なるものを荒々しく表現しながら,ロマン的想像力の最もラディカルな発現としての毒を内蔵するものでもあった。サドの一連の高度な哲学的作品も一方ではこれら暗黒小説の系譜に連なるものでもある。サドやルイスの作品とその破壊的活力は,20世紀にシュルレアリストたちによって,ネルバルと並ぶ高い評価を与えられる。新大陸アメリカでも,19世紀にポーが現れ,その作品はやがてボードレールらによってフランスにも輸入され世界的に深い影響を与えるにいたった。《アッシャー家の崩壊》《裏切る心臓》《赤い死の仮面》等々の名高いポーの短編は,幻想的なるものがいかに明晰であり,人間の深層と外界とのいかに根源的かかわりに基づくものであるかを,凝縮した表現と緻密な構成によって戦慄的に明らかにしている。

 20世紀には,自然科学の圧倒的な進歩,テクノロジーの際限を知らぬ展開が一方では近代合理主義の覇権を,他方ではその限界と負性の認識をもたらしたことが,幻想文学にも多様な展開と複雑な諸相を与えたのみならず,幻想文学自体についても,あらためて反省的な分析や研究がなされるようになった。両大戦間のヨーロッパに,時代精神の発現であると同時に反時代性の核ともなる一つの運動として登場したシュルレアリスムは,想像力への全的な加担という立場から当然,幻想文学の理念や実作に強い刺激を与えた。シュルレアリストたちの作品の中には,ブルトンの《ナジャ》のように幻想小説の一方の極点と見られるものも見いだされるが,シュルレアリスムの本領は個々の完成された作品を結実させることよりも,その強烈な否定性と肯定性の火花,至高点を求めるラディカルな精神活動にあったといえる。ほぼ同じ1920年代,シュルレアリスムとは無関係に,東欧のドイツ語圏で役人生活のかたわらローカルな作家活動を営んでいたカフカの作品群は,単に幻想文学の枠内にとらえることはできないが,長編《城》《審判》,短編《変身》《巣穴》などに見られる幻想性は,現代の不条理の核心に深くかかわるものとして全世界的に翻訳・流布され,現代文学に広範な影響を与えるとともに,幻想文学の別格的巨匠と見なされるにいたった。一方,やはり20年代に日本の東北地方で創作活動を営んだ宮沢賢治は,〈新たな神秘主義はつねに起こるであろう〉と喝破し,自ら自然科学者としての透徹した認識と,非凡な宗教的資質による法華経的世界観を基盤に,《銀河鉄道の夜》をはじめとする多くの童話と詩編を残した。これらの作品は欧米にはようやく知られ始めているにすぎないが,きわめて高度な幻想文学の逸品として,世界的な次元での根源性と独創性を備えているといえよう。

 第2次大戦後の日本ではカフカやシュルレアリスムへの関心と共通した地点から,安部公房や石川淳,島尾敏雄らが構築してきた作品世界,大江健三郎が現実と格闘しながら産み落としてきた力業的作品群には,幻想文学の大胆な実作という側面を認めることができる。イタリアのブッツァーティカルビーノアルゼンチンボルヘスらも一級の幻想作家である。しかしながら,現代文学総体の中では,合理主義やリアリズム,思想性偏重の大波にもまれて,〈幻想文学〉はいやおうなくマイナーな位置に押し下げられ,いよいよ一部の熱烈な愛好家の間に閉じ込められる傾向も否めない。一方また幻想文学は,子どものための文学の中に自由な本来的領域を見いだした。トールキンの《指輪物語》を代表とするいわゆる本格ファンタジーは,逆に大人の間にも広範な読者を獲得するにいたっている。他方,19世紀以来の科学技術の圧倒的展開を背景として登場したSFもまた,幻想文学の新しい領域として,とくに20世紀後半,数多くの作家や作品,読者を生み出している。
怪奇小説 →怪談
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「幻想文学」の意味・わかりやすい解説

幻想文学
げんそうぶんがく
fantastic literature

文学は一般に現実のなかにあって空想し想像し幻想する人間の心の姿を深く細かく描き出す。この現実を揺るぎないものとみて、現実を中心に描き出す場合、その傾向はリアリズム文学の側に属する。それに反して、空想・想像・幻想の側に、より多くの人間の心の真実を認め、これらを中心に描き出す場合、その作品は幻想文学の側に属する。

 しかし、文学がもともとフィクション(仮構の作り物)であって、現実の写真的写し取りや、単なる年代記ではない以上、いかなる文学も、ひとたび人間の心の内部や思念の世界に入り込むとき、あらゆる文学は幻想性をなにほどか分有する。逆に純粋の幻想文学と考えられるものでも、それが了解されるためには、現実との連絡をまったく断つことができず、言語が取り込んでいる現実の影をなにほどか分有せざるをえない。ここから、従来、幻想文学という名称は、とくに文学ジャンルとしてたてられてこなかったが、近年、18、19世紀西欧文学の主流であったと考えられるリアリズム文学がいちおうの枯渇点に達し、それ以前の、幻想性を豊かにもった文学の再評価の機運も相まって、1920年代モダニズム文学以来、技法上の幻想性と人間の世界認識の象徴的フィクション性の認識が深まるにつれて、従来のリアリズム文学に対する幻想文学というジャンルの定立が試みられるようになり、現在では優に独立ジャンルとしての価値と区別を与えられるようになった。一例をあげれば、正面切って幻想文学の名のもとにその理論化を試みたのはT・トドロフであり、1971年のことであった。

 ギリシア・ローマの古代においては、超自然の天上に住む神々も冥界(めいかい)という超自然に住む神々も、ともに著しく人間的であり、人間的欲望に駆られて自然や人間世界に介入するところから、あらゆる神話も物語も成り立った。この点で、古代神話はリアリズムとファンタジーまたはフィクションの間のごく自然な混合を許していたといえる。ホメロス『オデュッセイア』のなかの有名な冥界降(くだ)りなど、よい例である。西欧中世においても、古代の神々に置き換えられたキリスト教の信仰体系が、超自然と自然との媒介を、神の子の復活や再臨、幾多の聖人譚(たん)によって混合する物語群を生んだ。聖書をはじめとし、諸国の土俗伝承も反映した多数の聖人譚や奇蹟(きせき)物語に現れた驚異への自然な感情である。ダンテ『神曲』はその集大成でもあった。

 ルネサンス期は古代の復活という点で、超自然への感性の新しい再建期であったが、同時に、ルネサンスに芽生えた芸術の自然学化とテクノロジー化の傾向は、16世紀プロテスタント革命、17世紀自然科学革命により、人間の心とは独立に存在する物質として対象化の可能な、法則性の理解が可能な外界という考えを生んだ。さらに18世紀市民社会の誕生は実利主義と現実主義とを生み、独得の現実信仰(リアリズム)を拡大し、文学は、あたかも経済小説と化するデフォーの『ロビンソン・クルーソー』(1719)を代表とするリアリズム長編小説(ロマン)を発明し、ここに以後2世紀を圧倒するリアリズム長編の時代を出現させた。その間、18世紀30年代に始まり、ある意味で20世紀の現時点でも解決のつかない、西欧の大地殻変動であったロマン主義が台頭し、現実に従属する従前の人間のあり方に対して、仮構と現実、作品と想像力、理性人に対する幻想人としての人間の本質に対して鋭い問題提起を行い、悟性に対する想像力の優位を高く掲げ、古代・中世の驚異・夢・架空・希望のほうに人間性の根源を見定める文学を提唱した。超自然の新しい復活であり、幻想文学の近代的自覚であったといえよう。イギリスのコールリッジ、シェリー、キーツの詩、ドイツのティーク、C・ブレンターノ、ノバーリス、シャミッソーたちのメルヘン、ホフマンの小説群は、フランスのユゴー、「小ロマン派」とともに現代幻想小説への敷石となった。イギリス・ロマン派の直前に「ゴシック・ロマンス」作家群が現れ、ロマン派幻想小説に先鞭(せんべん)をつけた。これらの遺産を経由して、アメリカのポー、フランス象徴派の優れた運動が展開された。さらに現実社会における自然科学圧制と近代物質中心利潤合理主義に対する人間性の拠点を、改めて幻想性に求める動きが、トルストイからトーマス・マンまでの19世紀型大リアリズム長編小説の枯渇への反定立として出てくるのが、シュルレアリスム、ダダイズム、表現主義その他ポップスである。事実、現時点においては、幻想性の自覚の高いラテンアメリカ幻想小説家のボルヘスからガルシア・マルケス、カフカ、それに学んだカネッティやクンデラに今日的な文学性が認められている。

[由良君美]

『T・トドロフ著、三好郁朗・渡辺明正訳『幻想文学――構造と機能』(1975・朝日出版社)』『小池滋・志村正雄・富山太佳夫責任編集『ゴシック叢書』(1期11巻・1978~80、2期14巻・1982~85・国書刊行会)』『由良君美編著『世界のオカルト文学』(1982・自由国民社)』

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百科事典マイペディア 「幻想文学」の意味・わかりやすい解説

幻想文学【げんそうぶんがく】

超自然的な怪異や別世界など,現実にありえないとされる事象を扱う文学。神話や伝承においてこうした事象はきわめて頻繁に,しかもほとんど現実の世界と等価に扱われている。したがって〈幻想文学〉がかりにもひとつのジャンルとして形成され,作家も幻想を〈幻想〉として認識しながら書くようになったのには近代の合理主義精神と少なからず関係がある。日本では上田秋成が中国の小説などを取り入れながら〈意図的に〉日本古来の幻想性を描いたのがその始まりといえ,明治後期から大正にかけては,近代化に向かう圧倒的な時代の流れのなかでひとり泉鏡花が築いた独自の世界は,日本の幻想文学の頂点といえる。西欧文学においては18世紀後半英国のゴシック・ロマンスを先行形態として,19世紀にかけてのロマン主義の潮流と軌を一にするといってよい。E.T.A.ホフマンをはじめとするドイツ・ロマン派がその代表である。米国のポーボードレールらによってヨーロッパに紹介されるにいたって,幻想文学はその明晰な論理性からもより積極的に評価されるようになった。20世紀にはシュルレアリスムによって〈幻想〉や〈夢〉が創作の源泉ととらえられ,すぐれた作家がこのジャンルに現れたが,幻想文学は依然としてマイナーな位置にあるのも事実である。ただ幻想文学の遺産は児童向けのファンタジーやSFをはじめ,周辺領域へも確実に広がりつつある。→怪奇小説

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「幻想文学」の意味・わかりやすい解説

幻想文学
げんそうぶんがく
littérature fantastique

フランスにおいては,イギリスのゴシック小説およびドイツの E.ホフマンの影響のもとで,ほぼ 19世紀初頭ロマン派の台頭とともに生れた文学ジャンルで,以後文学流派の変遷にもかかわらず多くの作家が注目すべき作品を残している。広義には神秘的空想の世界,狭義には幽霊や悪魔などの超自然の世界を描いた文学をいい,怪奇と恐怖が入り交っていることが多い。人間の現実は常に不可思議な非現実に裏打ちされたものであり,その探究は人間のより根源的な姿を明らかにする。また機械文明と合理主義に対する人間解放の意味をもつといえ,現代においてもその文学上の重要性は失われていない。おもな作者は 18世紀の先駆者カゾット,サドをはじめ,ノディエ,ネルバル,ゴーチエなどのロマン派作家,バルベー・ドールビイ,ビリエ・ド・リラダン,ロートレアモン,アポリネール,それに続くブルトンをはじめとするシュルレアリストたちで,現代でもピエール・ド・マンディアルグ,グラックなど多数を数えることができる。

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知恵蔵 「幻想文学」の解説

幻想文学

ファンタジー(fantasy)とは、想像世界で起きる途方もない出来事を描いた物語。その世界では超自然的な法則が大手を振ってまかり通るので、何が起きても全く不思議ではない。典型的ファンタジーとしては、ジェームズ・バリーの児童劇『ピーターパン』(1904年)、トールキンの『指輪物語』(54〜55年)などがあげられる。一方、フランスの文学理論家ツヴェタン・トドロフは『幻想文学論序説』(1973年)において、(1)登場人物が(ひいては読者が)感じる戸惑い、(2)出来事が超自然のものとも、合理的解釈が可能なものとも定めがたい決定不能性、にこそ幻想的なるもの(the fantastic)の本質があるとした。クライマックスで館がいかなる理由で崩れたのかを決めがたい、エドガー・アラン・ポー『アッシャー家の崩壊』(1839年)、幽霊が本当にいたのかどうかが最後まで確定しがたいヘンリー・ジェームズ『ねじの回転』(1898年)などは、トドロフのいう幻想文学に最も接近した作品である。

(井上健 東京大学大学院総合文化研究科教授 / 2007年)

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