平郡島(読み)へいぐんじま

日本歴史地名大系 「平郡島」の解説

平郡島
へいぐんじま

[現在地名]柳井市大字平郡

屋代やしろ(現大島郡)西南の海上にあり、周囲二八キロの島。中央に長深ながふか山があり、東西に長い。近世は大島郡に属し、萩藩領。属島として掛津島・トヱ島・三ノ島があった(注進案)

島の東部を東浦、西部を西浦というが、東浦地域は紀伊国の鈴木三郎の息帯刀介仲光が本島に移住、黒木くろき山辺りを開拓、居城した。また西浦地域には伊予越智おち(現愛媛県)から河野丹治・浅海五郎らが百姓を連れ来島、開発したという(注進案)

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「平郡島」の意味・わかりやすい解説

平郡島
へいぐんとう

山口県南東部、瀬戸内海伊予灘(いよなだ)にある島。柳井(やない)市に属す。旧平郡村。面積16.62平方キロメートル。1841年(天保12)の記録では、家数395軒、人口2178人。萩(はぎ)藩の船手(ふなて)組舸子給(かこきゅう)として892石をもっていた。島の東端に東浦と羽仁(はに)、西岸に鶴甫(つるほ)と西浦の半農半漁村がある。島内の傾斜地はよく耕地化され、ミカン園が多い。漁業タコ壺(つぼ)や、タイ、スズキの一本釣りが盛ん。南東端の五十谷三島(いやみしま)に海水浴場がある。柳井港からの定期船便がある。人口485(2009)。

[三浦 肇]

『境吉之丞著『山口県柳井市平郡島史』(1978・柳井市立図書館)』

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改訂新版 世界大百科事典 「平郡島」の意味・わかりやすい解説

平郡島 (へいぐんとう)

山口県柳井市に属し,伊予灘に浮かぶ島。中央に長深山(452m)があり,面積約17km2。人口763(1995)。柳井港から1日2往復の船便がある。紀伊より来住して島の西部を開発したという鈴木氏の子孫が,近世には長州藩御船手組の舸子(かこ)給を付され,庄屋もつとめていた。平地に乏しく,畑作中心でミカン栽培と牧牛が行われる。漁業はタイ,スズキの一本釣りや平郡ダコが有名。浄光寺の本尊木造薬師如来座像は鎌倉期の作。
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百科事典マイペディア 「平郡島」の意味・わかりやすい解説

平郡島【へいぐんとう】

山口県柳井市に属する瀬戸内海の島。古くは〈へぐりしま〉とも。面積16.56km2集塊岩からなり平地に乏しく,集落は東西の東浦,西浦の二つのみ。タコ漁が盛んで,柳井港から船便がある。長く土地割替制度を残した島として知られる。
→関連項目柳井[市]山口[県]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「平郡島」の意味・わかりやすい解説

平郡島
へいぐんとう

山口県南東部,伊予灘に浮ぶ防予諸島の小島。最高所標高 452m。柳井市に属する。山地が多く平地はほとんどない。長い間土地共有制 (地割制) と同族戸籍をもっていたことで知られる。ミカンが栽培され,牧牛も行われる。漁業ではタコ漁が有名。近年釣り客などの観光客が多い。柳井港から定期船がある。面積 16.61km2。人口 591 (2000) 。

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デジタル大辞泉プラス 「平郡島」の解説

平郡島

山口県柳井市、柳井港の南東沖、屋代島の南西、瀬戸内海の伊予灘に浮かぶ東西に細長い島。「へいぐんとう」と読む。面積約16.62平方キロメートル。ミカンとタコが特産品。重道八幡宮、円寿寺など古い寺社仏閣もある。島名は、木曽義仲の遺児・平群丸(へぐりまる)(平栗丸とも)に由来するとの説もある。

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