常盤村(読み)ときわむら

日本歴史地名大系 「常盤村」の解説

常盤村
ときわむら

[現在地名]右京区常盤〈馬塚うまづか町・北裏きたうら町・草木くさき町・窪町くぼまち下田しもだ町・だんうえ町・仲之なかの町・西町にしまちひがしノ町・むらうち町〉

東はたに、西は中野なかの、南は嵯峨さが街道を挟んで太秦門前うずまさもんぜん、北は鳴滝なるたきの各村に接する。常磐とも書く。

古くは「和名抄」記載の葛野かどの田邑たむら郷の地で、常盤の名は、「続日本後紀」承和一四年(八四七)一〇月二〇日条に「左大臣源朝臣常山庄在丘南」とある嵯峨天皇皇子源ときわの山荘が所在したことによる(山城名勝志)

この地は歌枕の常盤里ときわのさと常盤杜ときわのもり・常盤山として古来多くの歌に詠まれている。

常盤村
ときわむら

[現在地名]能代市常盤

西にさいかち村、石川いしかわ(現山本郡峰浜村)、南は米代川。北部の山地から苅橋かりはし(常盤川)が南下して米代川に注ぎ、その流域に支郷諸村が発達した。

天正一九年(一五九一)の出羽国秋田郡知行目録写(秋田家文書)に「六百四拾三石六斗九升六合 ときわ村 すなこ沢村」「三百廿弐石七斗弐升七合 とわりた村 とこ岩村」とある。享保一五年(一七三〇)常葉村と改めるまで床岩とこいわ村と称したが、「ときわ村」と「とこ岩村」が同一村の分割か、別村かは不明。村は文明年間(一四六九―八七)岩尾氏が隣村天内あまないから移住して開発したといわれ、支郷として苅橋・魔面まおもて長崎ながさき栩木台とちのきだい砂子田すなこだ山谷やまや大柄おおがらの諸村をもつ。苅橋村は仮橋村とも書き、領主通行の時に架けた仮橋にちなむという。魔面村の村名の由来は、房住ぼうじゆう(現山本郡琴丘町)にまつわる坂上田村麻呂伝説にあるという。

常盤村
ときわむら

[現在地名]中川なかがわ郡音威子府村字音威子府・字上音威子府かみおといねつぷ・字咲来さつくる・字物満内ものまない

大正五年(一九一六)より昭和三八年(一九六三)まで存続した村。当地はもと中川郡中川村のうちであったが、大正五年四月中川村を割いて常盤村が設置され、戸長役場を置いた(市町村沿革台帳)。戸長役場は咲来市街地に開庁。当時の戸口は四六二戸・二千三一二人(音威子府村史)。大正元年音威子府駅まで敷設された鉄道はのち天北てんぽく線となるオホーツク方面が先に着工されるが、同五年には天塩川沿いの天塩線の延長工事が再開されたことから、開村まもない当村は活況を呈した。

常盤村
ときわむら

[現在地名]真玉町 常盤上ときわかみ常盤下ときわしも

真玉川右岸、猪群いのむれ山の南麓に位置する。対岸は湯原ゆはる村。小倉藩元和人畜改帳に村名がみえ、高三〇〇石余で、家数三一のうち本百姓・小百姓一〇、山守一、隠居・名子・庭屋・牛屋二〇、人数男五五(うち名子二)・女二五、牛一〇・馬四。正保郷帳では真玉庄に属し、田高二一七石余・畑高七七石で、茅山有、柴山有、新田有と記す。元禄郷帳では高三二八石余。享保二年(一七一七)の延岡藩領知目録写(牧野家文書)に村名がみえ、延享四年(一七四七)の延岡藩領郷村高帳(内藤家文書)では高三一八石余、新田一〇石余。

常盤村
ときわむら

[現在地名]鎌倉市常盤

鎌倉から大仏坂だいぶつざか切通を越えた北東部に位置する谷間の村で、北は梶原かじわら村、東はおうぎやつ村・長谷はせ村、南・西は笛田ふえだ村に接する。常葉とも記す。

康元元年(一二五六)八月、将軍宗尊親王が連署北条政村の「常葉別業」に赴いたと「吾妻鏡(同月二〇日・二三日条)にみえ、大仏坂切通をはじめ鎌倉の外郭を固める要地として、政村以外にも北条氏一族の別邸が置かれていたようである。

常盤村
ときわむら

[現在地名]常盤村常盤

川と浅瀬石あせいし川に挟まれた氾濫原にあり、東は徳下とくげ村、西は若松わかまつ村、北は水木みずき村に接する。

古くは本榊もとさかき村と称したが、貞享検地で改名したといわれる(青森県租税誌)。貞享四年(一六八七)検地帳に常盤村とあり、村高六〇一・九六八石、うち田方八七町二反五畝三歩で五五九・一六二石、畑方七町九反四畝一二歩で四二・八〇六石、漆木二八本、本百姓七三人とある。元禄三年(一六九〇)には常盤組に属し、村位は上(平山日記)菅江真澄は「錦の浜」に「嫁女よめの輿、ときは村に通れば、村の男女集りその女を輿よりおろし見て、よきよめよ、としはいくつ、名はなにとなどとひてのち、村長のもとより、ときは木の枝折て、行末栄えよとてくれたりし。

常盤村
ときわむら

[現在地名]橿原市常盤町

耳成山東北の平坦部に立地。宝亀八年(七七七)の大和国佐位荘券(東寺百合文書)に「国符十市郡司 応施入田肆町元故従四位下佐味朝臣官位田 路東廿二条三山部里九麻生田一町 八葛野田一町 廿三条ニ耳梨里卅五画工田一町 三上藤里ニ柏原田一町」とみえ、当村域に小字カシハラが現存することおよび条里から考えて、この周辺は古代の山部やまべ里の地と考えられる。

常盤村
ときわむら

面積:一四・九三平方キロ

南津軽郡の北西部に位置し、東は黒石市、西は北津軽郡板柳いたやなぎ町、藤崎ふじさき町、南は田舎館いなかだて村、北は浪岡なみおか町に接する。津軽平野のほぼ中央部、川の沖積地や氾濫原のため、平坦地ばかりで山岳がまったくない。水田がほとんどで、かつて米作り日本一を出したことのある農業技術先進地域。現在も高生産性農業を進め、西瓜や野菜類にも力を入れ、養鶏も有名。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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