常世国(読み)とこよのくに

改訂新版 世界大百科事典 「常世国」の意味・わかりやすい解説

常世国 (とこよのくに)

海のかなたにあるとされた異郷で,永遠不変の国の意。記紀の伝承では大己貴(おおなむち)とともに国作りした少彦名(すくなびこな)命が常世国に渡ったといい,垂仁天皇は田道間守(たじまもり)を常世国につかわして非時(ときじく)の香(かく)の木の実(橘)を求めさせたなどとある。《万葉集》の浦島子を詠んだ歌には〈ワタツミの国〉を〈トコヨ〉と表現し,〈常世の浪の重浪(しきなみ)よする国〉という常套句もあって,海原の印象と切り離せない。また《日本書紀》雄略天皇条には常世国と同義の〈トコツクニ〉を死者の国の意味に用いている。〈トコ〉の音がソコ(底)の音と結合して,常世国とは本来,海底までも続く地下の国,死者や祖霊の国でもあった。《日本書紀》皇極天皇条には貧者を富ませ老人を若返らせるという〈常世神〉の信仰が東国で流行したことが記され,《万葉集》にも〈トコヨ〉とか〈常世国〉が数多く詠み込まれているところからみて,常世国は永遠の生命と豊饒をもたらす祖霊の国としての,原始的な理想郷と考えられていたようである。それは日常生活の中から想像された,さまざまな願望と富とを託されたユートピアであった。〈根の国〉が地底の暗い世界であり,したがって天上神性由来を求める王権確立につれて貶価されてゆくのに対して,常世国は逆に洞窟や地下のイメージを払拭しつつ,ついには神仙思想と抱合して不老不死の国として理想化され,海上はるかな楽土として浪漫化されてゆくのである。
ニライカナイ
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) 「常世国」の意味・わかりやすい解説

常世国
とこよのくに

「立山(たちやま)に降りおける雪をとこ夏に見れども飽(あ)かず神(かむ)からならし」(万葉集)の例にみられるように、恒常不変の意の「常」の文字と結び付いて永久不変の意をもつまで、この「とこ」の語は日本語では「高」と通じる賛辞であった。常夏(とこなつ)が真夏(まなつ)であるように、常世国は本国ともいうべき世界であり、沖縄諸島のニライ・カナイと似た世界であったかもしれない。その場所は、常世国の神と考えられる少彦名神(すくなひこなのかみ)が海上を漂い着く話(記紀)、海神の女を母とする御毛沼命(みけぬのみこと)が波の穂を踏んで常世国に渡る話(神武(じんむ)条)、浦島子(うらしまのこ)が海界(うなさか)を過ぎて常世国に至る話(万葉集)などを総合すると、遠く海のかなたに存在すると観念されていた海洋的他界であったことがわかる。だが古代人の常世国は、中国の神仙思想の影響を受け、やがて、不老不死の国(浦島子)、若返る国(万葉集)、長寿を保つ太陽霊菓、非時香菓(ときじくのかくのこのみ)(橘(たちばな))の実る国(「垂仁(すいにん)紀」田道間守(たじまもり))、風光明媚(めいび)で資源に富む国(常陸国風土記(ひたちのくにふどき))、財福をもたらす国(「皇極(こうぎょく)紀」常世神)と具体化されるに至った。このことは、「雄略(ゆうりゃく)紀」で浦島子の至る世界が蓬莱山(ほうらいのやま)と記述されたり、また田道間守(たじまもり)の話で「神仙の秘区、俗(くにひと)の至らむ所にあらず」と述べられていることで明らかである。さらに、願望される現実の世界を常世国に比定して表現する場合もあった(万葉集、常陸国風土記)。

[吉井 巖]

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世界大百科事典(旧版)内の常世国の言及

【ユートピア】より

…それはたんに研究の遅れに由来するのか,それともユートピア思想が本質的にヨーロッパ思想に特有なものなのかは目下のところ決しがたい。しかし,少なくとも,中国における桃源境や日本における常世国(とこよのくに)のような〈いま〉〈ここ〉にない世界に対する想像力の開花の事例は存在する。前者は地上の山間部にある田園的色彩をおびた平和郷であり,後者は古代日本で海の彼方に想定された楽土である。…

※「常世国」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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