州権論(読み)しゅうけんろん(英語表記)states' rights theory

改訂新版 世界大百科事典 「州権論」の意味・わかりやすい解説

州権論 (しゅうけんろん)
states' rights theory

アメリカ憲法史上,連邦政府の権限を狭く解し,州の権限を広く解するいろいろな理論に対する一般的名称。州権論は多くの場合,在野勢力ないし少数利益によって,自己正当化の論理として使用されてきている。連邦制をとる合衆国憲法の論理構造においては,連邦政府の権限は憲法に列挙された権限に限定されており,その他の権限は各州ないし人民に留保されている(合衆国憲法第10修正)。そこから,連邦政府の権限をできるだけ狭く解釈することが,州権論の憲法上の根拠となっている。

 州権論の最初の公式の表明としては,フェデラリスツの政策に反対して,ジェファソンおよびマディソンが起草したケンタッキー決議およびバージニア決議がある。これらは,憲法を各州間の契約とみなし,連邦政府が委託された権限を超えて行動するときは,各州はその行為を無効とみなすことができるとした州権論の古典的表明といえよう。その後,逆にフェデラリスツが野党として,州権論によって1812年の第2次英米戦争への協力を拒んだ。さらに,南部プランター層が少数派としての自己の利益擁護のために,州権論を発展させ,連邦法無効宣言の理論,さらにその論理的帰結としての連邦よりの脱退の理論を展開して,南北戦争(1861-65)に入った。南北戦争後には連邦政府の経済規制を好まないビジネス層によって州権論は利用された。ニューディール立法,たとえばNIRAニラ)や農業調整法に対する違憲判決の理由の一半は州権論によっている。第2次大戦後には,南部の白人が連邦政府の黒人市民権擁護に対し,州権論をもって対抗しようとした。1948年,民主党内の南部保守派が脱党して州権民主党を結成したことは象徴的である。現在では,州権論という言葉はあまり使用されなくなった。むしろ,〈新しい連邦制〉とか〈小さな政府〉という表現が,かつての州権論の役割を果たしている。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「州権論」の意味・わかりやすい解説

州権論
しゅうけんろん
States' Right

単一国家とは異なって連邦国家を形成しているアメリカ合衆国にあって、構成単位としての州の位置は、統合と分離という緊張関係のなかで、発現の歴史的形態を異にしながら、州の権利の擁護論となって展開されてきている。建国期にあって、アメリカ合衆国憲法が主権の位置とその属性を明示しえず、また、憲法修正第10条において州の留保権の規定(「合衆国に委任されず、また各州に対して禁止されなかった権限は各州それぞれあるいは人民に留保される」)を置いたことは、その後、各セクションないし利益集団の利害対立のなかで、連邦の政体論争、広狭両様の解釈論争を引き起こすところとなった。まず、「外人および治安取締法」に対し、T・ジェファソンとJ・マディソン起草の「ケンタッキー・バージニア決議」(1798~99)が州権論の古典的位置にあり、その後、南北戦争に至る論争の過程にあって、連邦政府に対する対抗の論理は州権によりどころが求められるところとなった。代表的論客はJ・C・カルフーンで、彼は、主権を各州に帰属せしめる州主権論を軸に、ここから州の「無効宣言」の理論を練り上げ、連邦政府の権力強化的な方向に対抗した。これに対し、D・ウェブスターは、国民の一体性を強調した。南北戦争後、州権論は相対的に影を薄くし、また連邦政体や主権をめぐる論争となって現れることがなくなったとはいえ、合衆国が連邦国家であるという政体とも絡んで、連邦政府の政策的方向に対する州の側からの対抗理論となって現れてきている。それは、1948年の大統領選におけるS・サーモンドの「州権党」や、68年のG・ウォーレスの「アメリカ独立党」の動向に例示されるところである。

[中谷義和]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「州権論」の意味・わかりやすい解説

州権論
しゅうけんろん
states' rights

アメリカ合衆国を構成する各州の法的制限に関して,連邦憲法に明確に規定されている権限以外の諸権限は各州に留保されているとする主張。 1789年連邦憲法が成立し,91年憲法修正第 10条は,連邦政府の権限と州に留保された権限との関係について表現しているが,必ずしも明確な規定ではなく,A.ハミルトンの連邦主義と T.ジェファーソンの州権論との間に論争があった。ジェファーソンのケンタッキー決議,J.マジソンのバージニア決議は最初の州権論で,1861年南北戦争前夜の南部の連邦脱退合法論は州権論の代表的な例。

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旺文社世界史事典 三訂版 「州権論」の解説

州権論
しゅうけんろん
doctrine of the states’rights

アメリカ合衆国の連邦制度に根ざす地方分権の主張
1791年に発効したアメリカ合衆国憲法修正第10条の「連邦憲法により,合衆国に代表されない権限または州に禁止されない権限は,それぞれの州あるいは人民に留保される」という規定の解釈をめぐって,ハミルトンらの連邦派に対し,ジェファソンらの反連邦派は,「連邦憲法に明確に規定されていない権限は州に留保されている」と主張した。1820年代から南北戦争のころにかけて盛んに主張された。

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「州権論」の解説

州権論(しゅうけんろん)
states' rights theory

アメリカの連邦政府の権限をせばめて,州の権限を押し広げようとする理論で,連邦は州の連合であるから州は連邦法の合憲性を判断する権限があると主張。19世紀前半,連邦政府に対抗する南部諸州に理論的なよりどころを与えた。

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