山袴(読み)やまばかま

精選版 日本国語大辞典 「山袴」の意味・読み・例文・類語

やま‐ばかま【山袴】

〘名〙 労働用の袴の一つ。腰板のないカルサン・もんぺなど。
※お絹とその兄弟(1918)〈佐藤春夫〉「鹿の皮でこしらへた山袴をはいた白髪のお爺さんが」

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デジタル大辞泉 「山袴」の意味・読み・例文・類語

やま‐ばかま【山×袴】

仕事着としてはく腰板のないカルサンっ着け袴もんぺなどをいう。

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改訂新版 世界大百科事典 「山袴」の意味・わかりやすい解説

山袴 (やまばかま)

主として地方農山村に住む農民が,男女にかかわらず日常生活あるいは農耕その他の労働に際して着用した(はかま)の一種。一方,都市にあっては,特殊な仕事に従事する職人が着用した下半衣の総称。現在では一部の農民および職人に限られ,またまれに老人層に見られる程度である。しかし,日本での服装は古くより上下に分かれた二部式であったことから,下衣の袴は服装において構成上重要なものであった。山袴は,これら袴類の起源・系譜を解明するうえで,貴重な資料と考えられる。

 山袴の概念は,宮本勢助によって提起された。彼は,袴には広狭2様があり,日常主として威儀をただすためにはく襠高袴(まちだかばかま)や行灯袴(あんどんばかま),表袴(うえのはかま)などに対して,民間では裁付(たつつけ),軽衫(かるさん),猿袴,踏籠(ふんごみ),もんぺなどと呼ばれる一連の袴があること,それらの名称,形態,着装法,着用する人々の職能などが多岐にわたること,しかもいちじるしい特徴が認められること,これらの民間服飾に属するものとしての一群の袴を,高等服飾ともいうべき袴の類に対して山袴とすべきこと,などと述べている。山袴の形の特徴をみると,(1)普通の袴に比べ布の所用量が少なく,半分ですむ。袴は10布(幅)を必要とするが,山袴の大半は紐分を含めて,3布から6布で十分である。(2)山袴の股下にはかならず襠がつけてあることで,襠は山袴の種類によって,正方形,三角形,長大な三角形,縦襠などがある。この襠によって着ぐあいがよく,労働がしやすくなる。(3)袴と違って後ろに腰板がつけてないこと。また前脇あきの部分に笹ひだがつけられてないことがあげられる。(4)裾はふつう三つ折りぐけにするが,山袴のなかには1.5cm前後の縁(へり)をつけたもの,あるいは裾にひだをとって筒状に横布をつけたものなどがある。

 山袴の種類は次の三つに分けられる。(1)裁付系統 腰部は緩やかであるが,膝から下は一幅の布で筒状につくられ,歩行時の足さばきが楽である。(2)もんぺ系統 全体に緩やかにつくられ,下に重ね着ができることから,労働用より家着用,防寒用に適している。(3)軽衫系統 これも全体にゆったりしているが,裾にいくつかのひだをとり,こはばきという筒型の布をつけて足首に固定している。このほか,山袴とは形のうえで異なるが,(4)股引ももひき)系統があげられる。股引の特徴は腰から下が左右に分かれ,前布2枚と腰まわり布によってつくられる単純な下衣である。これは肌に密着して着るため,肌モッペ,内モッペなどとも呼ばれている。山袴の材料は,古くは皮革,麻などが用いられたが,明治以降はもっぱら紺,黒無地,縞,絣(かすり)などの木綿物が多く,また外出用のもんぺには,絹物,毛織物のセルサージ,最近では化繊地も用いられていた。これらの山袴は,かつてはほぼ日本全土に分布していたが,とくに関東以北に多く見られ,関東以西には少なかったようである。これは地域的条件,なかでも寒冷という気象条件に関連があったことが推察できる。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「山袴」の意味・わかりやすい解説

山袴
やまばかま

農山村の農民が仕事をする際に着用する袴の総称。座敷袴に対する語。この袴は地方により、もんぺ、かるさん、裁着(たっつけ)、裾細(すそぼそ)、でたち、またしゃれなど、さまざまのことばが使われている。いずれも4枚はぎと襠(まち)があるのが特色。材料は総じて木綿縦縞(たてじま)が主で、絣(かすり)はその次である。だいたいは腰板がなく、袴をはく際には後ろをすこし引き下げて紐(ひも)で結ぶ。

 その被服構成にはそれぞれ相違があり、裁着は、武士の立付(たっつけ)から転じたもので、四幅(よの)袴の裾(すそ)に脛巾(はばき)を縫合させたところに特色があり、かるさんは、南蛮人の袴に類似しているところから名づけられたものである。裾細は、袴の裾にいくにつれて細くなった仕立て。でたちは、出て立つときに着用するという袴の意、またしゃれは、「ちょっとお待ちください」という語から出たもので、宮城・福島県境で用いられた。会津地方で、山袴をサルッペというのは、猿袴(さるばかま)のことで、猿回しの猿がはくような袴の意である。いずれも郷土色豊かな名称と形態をもつもので、その内容は複雑である。

 江戸時代伊賀者がはいた裁着は、伊賀袴といわれたり、幕末に農兵を率いて非常時に備えた江川太郎左衛門考案の江川袴も山袴の変型である。その郷土的特色をもちながら発達した服飾品の山袴は、名称だけでも数百に及ぶとされている。

[遠藤 武]


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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「山袴」の意味・わかりやすい解説

山袴
やまばかま

もんぺ軽衫 (かるさん) ,ゆき袴など地方によって多くの呼称のある労働着の一種。上袋の両脇を裂き,紐で結ぶようになっている。北海道,東北,信越,北陸などの積雪地帯で多く着用されるが,防寒より和服の労働着として重宝がられ,昭和の初期までは男も着用した。今日でも農山村では女性の労働着として着用されている。朝鮮半島や中国の山間部でもこれに似たものがある。

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世界大百科事典(旧版)内の山袴の言及

【袴】より

…前後両部からなり,下部は左右に分かれて筒状に縫い合わされ,ここに両足を通し,上部につけられたひもを結んで着装する。山袴のように布幅の少ないものはズボン状をなすが,襠高(まちだか)袴のように布幅の多いものはきわめて緩やかで,行灯(あんどん)袴のようにスカート状のものもある。〈婆加摩(はかま)〉の語は早く《日本書紀》に見え,また袴,褌の文字もすでに《古事記》《日本書紀》に用いられている。…

※「山袴」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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