尿崩症(読み)ニョウホウショウ

デジタル大辞泉 「尿崩症」の意味・読み・例文・類語

にょうほう‐しょう〔ネウホウシヤウ〕【尿崩症】

異常に多量の尿を排出する病気。脳下垂体後葉からの抗利尿ホルモンの分泌不足が原因となる(中枢性尿崩症)。また、腎臓の機能障害によって抗利尿ホルモンの作用が低下するために起こるもの(腎性尿崩症)もある。

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精選版 日本国語大辞典 「尿崩症」の意味・読み・例文・類語

にょうほう‐しょう ネウホウシャウ【尿崩症】

〘名〙 低比重の尿を非常に多く排出し、二次的に起こる脱水を補うために水分の摂取も多くなる病気。若年者に多い。脳の下垂体後葉の働きが腫瘍やその他の病気で低下したために起こる。尿量は一日八~一二リットルに及ぶ。

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内科学 第10版 「尿崩症」の解説

尿崩症(下垂体後葉)

定義・概念
 抗利尿ホルモンであるバソプレシン(arginine vaso­pressin:AVP)は視床下部視索上核および室傍核で合成され,軸索輸送により下垂体後葉に運ばれた後に血中に分泌され,腎臓において水の再吸収を促進する.尿崩症はAVPの合成・分泌・作用障害により多尿および口渇,多飲を呈する疾患である.
分類
 尿崩症は,AVPの合成・分泌の障害に起因する中枢性尿崩症(central diabetes insipidus)と,AVPの作用障害による腎性尿崩症(nephrogenic diabetes insipidus)に大別される.中枢性尿崩症は器質的異常を視床下部-下垂体後葉系に認めない特発性,器質的異常を視床下部-下垂体後葉系に認める続発性,原則として常染色体優性遺伝形式を呈する家族性に分類される.また,中枢性尿崩症はAVPの分泌障害の程度から完全型と部分型に分類されることもある(図12-3-5).一方,腎性尿崩症は出生時から発症する先天性と電解質異常などによる後天性に分類される.
原因・病因
 特発性中枢性尿崩症に関しては自己免疫の関与が示唆されているが,発症機序に関してはいまだ十分には解明されていない.続発性中枢性尿崩症では腫瘍や炎症,手術などによりAVPニューロンが傷害を受けてAVPの合成および分泌の障害が生じる.家族性中枢性尿崩症はAVP遺伝子座に変異を認め,変異したAVP前駆体の折りたたみなどが障害される.AVPの受容体にはV1a, V1b, V2の3種類が存在し,AVPは腎臓の集合管に発現するV2受容体を介して水の再吸収を促すが,先天性腎性尿崩症はV2受容体もしくは水チャネルであるアクアポリン-2の遺伝子変異により発症する.後天性腎性尿崩症は高カルシウム血症,低カリウム血症などの電解質異常やリチウムなどの薬剤により生じる.
疫学
 1999年度に行われた厚生省の疫学調査によれば中枢性尿崩症の患者数は約4700人と推計される.特発性中枢性尿崩症と続発性中枢性尿崩症の割合は報告により異なるが,画像診断の進歩に伴い続発性中枢性尿崩症の割合が増加している.家族性中枢性尿崩症は中枢性尿崩症の約1%を占め,ほとんどは常染色体優性遺伝形式を示し,遺伝子変異の多くはAVPのキャリアプロテインであるニューロフィジンの領域に認められる(Babeyら,2011).先天性腎性尿崩症はAVPのV2受容体の変異が90%で残りの10%がアクアポリン-2の遺伝子変異である.AVPのV2受容体の変異による腎性尿崩症はX連鎖劣性遺伝形式を示すが,アクアポリン-2の遺伝子変異による腎性尿崩症は常染色体劣性遺伝のものと常染色体優性遺伝のものがある(Babeyら,2011).
病理
 続発性中枢性尿崩症をきたす腫瘍としては胚細胞腫瘍頭蓋咽頭腫の頻度が高い.炎症性疾患であるリンパ球性漏斗下垂体後葉炎では下垂体または下垂体茎生検でリンパ球を中心とした細胞浸潤を認める.近年,IgG4関連疾患に伴う中枢性尿崩症も報告されており,こうした症例では下垂体または下垂体茎生検でIgG4陽性形質細胞の浸潤を認める.
病態生理
 中枢性尿崩症ではAVPの合成および分泌の障害により,また腎性尿崩症ではAVPの作用障害により腎臓における水の再吸収が損なわれ,大量の低張尿が生じ脱水となる.血清ナトリウム濃度がおよそ145 mEq/L前後まで上昇すると口渇が生じ,患者は口渇が癒えるまで水分を摂取するが,尿崩症では大量の低張尿が持続するため多飲をもってしても脱水傾向となる.また,渇中枢はAVPニューロンと同様に視床下部に存在するため,腫瘍などにより障害がAVPニューロンのみでなく渇中枢まで及ぶと渇感障害を呈し,脱水にもかかわらず口渇が生じないため患者は著しい高ナトリウム血症を呈することがある.
臨床症状
1)自覚症状:
口渇および尿意が頻回に生じ,夜間も何度か覚醒して水分を摂取するとともに排尿をする.脱水のため口腔内の乾燥や発汗低下を,また大量の水分を摂取するため食欲低下を訴える場合もある.
2)他覚症状:
尿崩症では脱水のため体重減少や口腔粘膜の乾燥などを認める.
検査成績
1)尿検査:
一般的に1日尿量が3 Lをこえる場合を多尿と定義するが,尿崩症では1日尿量が10 Lをこえることもまれではない.尿の濃縮障害を反映して尿比重および尿浸透圧は低値を示す.
2)血液検査:
血清ナトリウム濃度および血漿浸透圧は正常上限から軽度高値を示す.中枢性尿崩症において血漿AVP濃度は血清ナトリウム濃度および血漿浸透圧に対して相対的に低値を示す.一方,腎性尿崩症では血漿AVP濃度の低下を認めない.
診断
 口渇,多飲,多尿を認め,血液・尿検査から尿崩症が疑われる場合には以下の検査を行う(バゾプレシン分泌低下症(中枢性尿崩症)の診断と治療の手引き,2010).
1)高張食塩水負荷試験:
5%高張食塩水を0.05 mL/kg/分の速さで120分間点滴投与し,血清ナトリウム濃度を約10 mEq/L上昇させてAVPの反応を検討する.健常人では血清ナトリウム濃度の上昇に比例して血漿AVP濃度も上昇するが,中枢性尿崩症ではAVPの増加反応の低下を認める(図12-3-5).中枢性尿崩症ではAVPの増加反応をまったく認めないもの(完全型)と,軽度増加を認めるもの(部分型)がある.
2)水制限試験:
絶飲食を6時間あるいは体重が3%減少するまで継続し,尿浸透圧の変化を検討する.健常人では尿浸透圧が継時的に上昇するが,尿崩症では尿浸透圧は低値のままである.水制限終了後に水溶性ピトレシンを皮下注射する.中枢性尿崩症では尿浸透圧が300 mOsm/kg以上に上昇するが,腎性尿崩症では尿浸透圧の上昇を認めない.
3)画像検査:
MRIにて視床下部-下垂体後葉系の評価を行う.健常人ではT1強調画像で下垂体後葉に高信号を認めるが,中枢性尿崩症の患者では高信号が消失する(図12-3-6).これはT1強調画像の下垂体後葉高信号が下垂体に蓄積されているAVPを反映しているためと考えられている.また,続発性中枢性尿崩症では視床下部-下垂体後葉系に腫瘍や炎症を示唆する所見を認める.
鑑別診断
 多尿を呈する疾患として最も頻度が高いのは糖尿病である.したがって,多尿の鑑別診断においては尿中への糖排泄増加に伴い浸透圧利尿を呈しているか否かをまず判断する必要がある. 糖尿病による多尿が否定された場合には尿崩症と心因性多飲症との鑑別に移る.心因性多飲症は口渇が亢進して水分を過剰に摂取するために多尿となる病態である.尿比重および尿浸透圧が低値であることは尿崩症と同様であるが,血清ナトリウム濃度および血漿浸透圧は正常下限から低値を示す.また,心因性多飲症では高張食塩水負荷試験においてAVPの増加反応を認め,水制限試験では尿浸透圧の上昇を認めることから尿崩症と鑑別できる.
合併症
 未治療の期間が長い場合には巨大膀胱や水腎症を呈することがある.また未治療の場合には脱水(高ナトリウム血症)を,AVPアナログであるデスモプレシンによる治療開始後には水中毒(低ナトリウム血症)を呈する可能性があることに留意する必要がある.なお,中枢性尿崩症に副腎不全を合併すると多尿が不顕在化する(仮面尿崩症)が,ステロイドホルモンの補充を開始すると多尿が顕在化する.
経過・予後
 中枢性尿崩症は病型にかかわらず,いったん発症すると回復することはまれであるが,渇感が保たれ,飲水が可能な状態であれば生命予後は良好であり,発症後10年以上経過してはじめて診断される場合もある.一方,渇感が障害されている場合や何らかの原因で飲水が制限される場合には著明な脱水を呈し,重篤な転機をたどる場合もある.また,続発性中枢性尿崩症の予後は原疾患に依存する側面もある.電解質異常による腎性尿崩症では電解質バランスの改善とともに,また薬剤による腎性尿崩症では原因となる薬剤を中止することで尿崩症は改善する.
治療
1)中枢性尿崩症:
デスモプレシン点鼻液,点鼻スプレーあるいは錠剤を用いて治療する.水中毒を避ける目的で原則としてデスモプレシンによる治療は少量(点鼻液あるいはスプレーの場合は2.5 μg/回,錠剤の場合は60 μg/回)から開始し,尿量,血清ナトリウム濃度などをみながら投与量を調整する.
2)腎性尿崩症:
先天性腎性尿崩症には根本的な治療法は存在せず,幼少期から塩分制限を行うことが推奨されている.効果は不十分であるが,サイアザイド利尿薬や大量のデスモプレシンを投与することもある.[有馬 寛]
■文献
Babey M, Kopp P, et al: Familial forms of diabetes insipidus: clinical and molecular characteristics. Nat Rev Endocrinol, 7: 701-714, 2011.
バゾプレシン分泌低下症(中枢性尿崩症)の診断と治療の手引き.厚生労働科学研究費補助金難治性疾患克服研究事業 間脳下垂体機能障害に関する調査研究 平成22年度 総括・分担研究報告書, pp155-157, 厚生労働省, 東京, 2010.

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六訂版 家庭医学大全科 「尿崩症」の解説

尿崩症
にょうほうしょう
Diabetes insipidus
(内分泌系とビタミンの病気)

どんな病気か

 抗利尿(こうりにょう)ホルモンは下垂体後葉(かすいたいこうよう)から放出されて、腎臓にはたらき、水の再吸収を行い、体内の水分調節をします。抗利尿ホルモンの分泌や作用が障害されると、この水の再吸収が行われず、尿として出てしまうために多尿となります。多尿により、のどが乾き、冷たい水を多量に欲します。

原因は何か

 抗利尿ホルモンの分泌または作用障害による中枢性と、腎臓でうまくはたらかない腎性とがあります。その原因は不明のものが多いとされています。中枢性の場合、脳腫瘍(のうしゅよう)や外傷、手術後などに起こることもあります。下垂体炎によるものや、まれに遺伝子異常によるものも報告されています。

症状の現れ方

 多尿とそれによる多飲が主症状です。突然に発症し、強いのどの乾きがあります。尿量は1日3ℓ以上となり、夜間でも減少しません。夜間の排尿回数が多くても、1回量が少ない夜間頻尿と区別する必要があります。本症では、比重や浸透圧が低い尿が出ます。

検査と診断

 血中の抗利尿ホルモンと血中、尿中の浸透圧を調べます。血中浸透圧は高く、尿中浸透圧は低いですが、血中抗利尿ホルモンは低値となります。また、摂取水分量を制限し、採尿と採血をして、浸透圧の変化を調べます。正常では尿の浸透圧が上昇(濃縮尿)しますが、尿崩症では上昇しません。

 さらに、抗利尿ホルモンを注射して、その効果を調べます。中枢性では尿量が減少しますが、腎性では変わりません。MRIでは、正常で認められる下垂体後葉の信号が失われています。糖尿病や腎臓病などの除外、精神的な原因による多飲多尿との区別が必要です。

治療の方法

 脳内の病変による場合は、原疾患の治療が重要です。多尿の治療には抗利尿ホルモン製剤を日に1~2回、点鼻する方法が一般的です。その他、注射製剤も使用できます。

病気に気づいたらどうする

 抗利尿ホルモンの分泌障害によるのかどうか、またその原因は何かを調べるために検査が必要です。急に多尿になった場合、内分泌専門医を受診してください。頭部外傷や脳手術の既往歴がある人は脳外科に相談してください。

蔭山 和則, 須田 俊宏

尿崩症
にょうほうしょう
Diabetes insipidus
(子どもの病気)

どんな病気か

 尿を濃縮する抗利尿(こうりにょう)ホルモンの分泌低下、またはそのはたらきが悪いことによって、尿を濃縮することができず、多尿になり、その結果、多飲になる病気です。

原因は何か

 抗利尿ホルモンの分泌低下は、中枢性尿崩症と呼ばれ、脳腫瘍胚芽腫(はいがしゅ)など)や下垂体(かすいたい)自体の障害(重症成長ホルモン分泌不全性低身長症に伴ったもの)などが原因で、原因不明の場合(特発性)も多くあります。

 抗利尿ホルモンのはたらきが悪い場合は、腎性尿崩症と呼ばれ、抗利尿ホルモン受容体の遺伝子異常や腎臓の水チャンネルの遺伝子異常によるものがみられます。

症状の現れ方

 多飲多尿が必ず現れ、中枢性尿崩症では成長障害を伴うこともあります。腎性尿崩症は、乳児期の発熱(脱水による)によって気づくことがあります。

検査と診断

 中枢性尿崩症では、水制限試験、高張食塩水負荷試験で、尿の浸透圧(しんとうあつ)が上がらず、抗利尿ホルモンの分泌増加がなく、抗利尿ホルモンを投与することにより尿浸透圧の増加が認められます。

 腎性尿崩症は、抗利尿ホルモン濃度が高いにもかかわらず、尿浸透圧が上昇しないのが特徴です。

治療の方法

 中枢性尿崩症では、抗利尿ホルモン(DDAVP)を点鼻することにより、尿量を調節します。また、腎性尿崩症ではチアジド系利尿薬などを用います。

病気に気づいたらどうする

 多飲多尿は、糖尿病でも現れることがあります。このような症状が気になる場合には、小児内分泌専門医に調べてもらってください。

田中 敏章

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家庭医学館 「尿崩症」の解説

にょうほうしょう【尿崩症 Diabetes Insipidus】

[どんな病気か]
 体内の水分が、どんどん尿として排泄(はいせつ)されてしまう病気が尿崩症です。
 このため脱水(だっすい)状態となり、のどが渇いて頻繁(ひんぱん)に飲料を飲むようになります(多飲(たいん))。
 しかし、どんどん尿として排泄されてしまうので、すぐにまた、のどが渇きます。睡眠中も、排尿とのどの渇きをいやすのに何回も起きなければなりません。
 健康な人の1日の尿量は、1.5ℓ前後ですが、尿崩症では10ℓ以上になることもあります。
[原因]
 脳の下垂体(かすいたい)の後葉(こうよう)という部分からは、排泄する尿量を減らすように調節するホルモン(抗利尿(こうりにょう)ホルモン)が分泌(ぶんぴつ)されています。
 脳にできた腫瘍(しゅよう)や頭部の外傷によって、脳内の下垂体に伝わる神経系が障害されると、抗利尿ホルモンの分泌が減少して、尿崩症がおこります。
 また、抗利尿ホルモンの分泌にかかわる遺伝子に異常があるために、抗利尿ホルモンの分泌が減少することもあります。
 この場合は一種の遺伝病ですから、家族・血縁内におこることがあります。
 これら、抗利尿ホルモンの分泌の低下によっておこる尿崩症を、中枢性尿崩症(ちゅうすうせいにょうほうしょう)と呼んでいます。
 一方、抗利尿ホルモンの分泌は正常なのに、それを受ける腎臓(じんぞう)のはたらき(抗利尿ホルモン受容体という部分)に異常があって、抗利尿ホルモンがはたらかないためにおこる尿崩症もあります。また、抗利尿ホルモン受容体の形成にかかわる遺伝子の異常によって、おこることもあります。
 これらの、腎臓に問題のある尿崩症を腎性尿崩症(じんせいにょうほうしょう)といいます。
[検査と診断]
 1日の尿量の測定、尿の濃度を調べる尿浸透圧(にょうしんとうあつ)、血中浸透圧の検査を行ないます。
 つづいて、水制限試験(水分をまったくとらない状態で尿量、尿浸透圧を調べる試験)を行ないます。また、抗利尿ホルモンを注射して尿量が増加するかどうかも調べます。
 1日の尿量が5ℓ以上あり、尿浸透圧が低く、血中浸透圧が高いと尿崩症と診断されます。
 水分をまったくとらない状態で尿量が減少すれば、それは精神的な問題で多飲多尿になったもの(心因性尿崩症(しんいんせいにょうほうしょう)ともいう)です。
 水分をまったくとらない状態でも尿量が減少せず、抗利尿ホルモンを注射すれば尿量が減るというのは中枢性尿崩症であり、尿量が減少しなければ腎性尿崩症です。
[治療]
 中枢性尿崩症は、抗利尿ホルモン作用のあるデスモプレシンを点鼻します。効果は30分内に現われ、6時間以上続くので、朝起きたときと夜寝る前に用います。
 腎性尿崩症には、有効な治療法がありません。水分を十分にとることで、生命の危険はないといえます。
[日常生活の注意]
 中枢性尿崩症では、デスモプレシンの点鼻を一生続けることになります。それで日常生活がおくれるようになります。
 腎性尿崩症では、水分を十分とることがたいせつです。
 逆に、心因性尿崩症では、水分をとりすぎないよう注意してください。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「尿崩症」の意味・わかりやすい解説

尿崩症
にょうほうしょう

尿量がたいへん多くなる疾患で、健康な人の尿量は1日1.5リットル前後であるが、この病気では5リットル以上、ひどいときには10リットル以上にもなる。したがって患者は大量の水を欲しがる。この疾患は、下垂体後葉から分泌される抗利尿ホルモンantidiuretic hormone(ADH)が不足するためにおこる。抗利尿ホルモンは、腎臓(じんぞう)の集合管細胞に働いて糸球体から濾過(ろか)された水分の大部分を再吸収する作用があるが、このホルモンが欠乏すると再吸収がおこらないので、そのまま水分が出されて多尿となる。原因としては、脳腫瘍(しゅよう)、脳底骨折や出血、髄膜炎などの炎症によるものと、器質的病変のみつからない特発性のものがある。特発性のものでは、ある日突然、急に水がたくさん飲みたくなり、しかも冷たい水を好んで飲むようになる。これとともに日常の社会生活および睡眠が、排尿や飲水のために妨げられる。口渇中枢が同時に障害されると、多尿で水分が不足しているにもかかわらず水を飲みたいという気持ちがないので脱水状態に陥り、非常に危険な状態となる。まれに、抗利尿ホルモンは十分に分泌されているが、腎臓がこれに反応しないためにおこること(腎性尿崩症)がある。治療は、抗利尿ホルモンの誘導体であるデスモプレシン(DDAVP)という点鼻薬が著しい効果を示す。

[高野加寿恵]

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改訂新版 世界大百科事典 「尿崩症」の意味・わかりやすい解説

尿崩症 (にょうほうしょう)
diabetes insipidus

脳の視床下部でのバソプレシンの合成,分泌が障害され,腎臓で尿を濃縮することができなくなるために,尿がうすくなり,尿量が異常に増加する病気である。1日の尿量は数lから十数lにも及ぶため,頻繁に排尿せざるをえなくなり,一方で,体内の水分が尿中に排出されてしまうために異常な口の渇きを覚え,これをいやすために,頻繁に水分を摂取するようになる。すなわち,口渇,多飲,多尿で特徴づけられる病気である。脳腫瘍や頭部外傷,脳手術などでひき起こされる場合と,原因不明の場合とがある。治療には,バソプレシンの誘導体(DDAVP)の点鼻薬が使われることが多い。これに対して,バソプレシンの分泌は正常であるにもかかわらず,腎臓がバソプレシンに反応しないために多尿となる場合は,腎性尿崩症と呼び,区別される。多尿を伴う病気としては,ほかに神経性多飲症がある。これは,なんらかの精神的因子がきっかけとなり,水を大量に飲むようになるために起こるもので,この場合には,飲水を制限すると尿量は減少し,尿は濃縮されるので尿崩症とは区別される。また,糖尿病でも口渇,多飲,多尿を訴えるが,この場合は,尿に糖が大量に排出されるために多尿となっているのであり,尿の濃縮力の低下はみられない。
執筆者:

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百科事典マイペディア 「尿崩症」の意味・わかりやすい解説

尿崩症【にょうほうしょう】

主として脳下垂体後葉の機能不全または脳底の腫瘍(しゅよう)や炎症による障害によって抗利尿ホルモンの分泌が低下するために起こる比較的まれな疾患。多尿と低比重尿が主症状で,口渇を訴え,摂取水分が少ないと脱水状態を起こす。治療としては脳下垂体後葉ホルモンの注射,食事療法としては食塩の制限。また,抗利尿ホルモンの分泌は正常だが,ホルモンの作用する腎臓の腎尿細管の水再吸収不全によるものもあり,これは腎性尿崩症といわれる。水分の十分な補給が必要。
→関連項目内分泌疾患頻尿

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「尿崩症」の意味・わかりやすい解説

尿崩症
にょうほうしょう
diabetes insipidus

抗利尿ホルモン (バソプレッシン) の不足によって腎臓の水分再吸収機能が低下して,多量の尿が排泄される状態。尿量は1日8~12lに及ぶ。正常人では1日 1.2~1.5l。尿の比重は著しく低く,皮膚は乾燥し,常に渇きを覚え,水をほしがる。やせて,疲労しやすくなり,夜間も排尿が多いために不眠に苦しむ。治療には,抗利尿ホルモン剤やサイアザイド系利尿剤などが用いられる。

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栄養・生化学辞典 「尿崩症」の解説

尿崩症

 視床下部-下垂体後葉系の障害により抗利尿ホルモンの分泌が不全のため,多尿,口渇などを起こす症状.薄い尿が多量に排泄される.

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世界大百科事典(旧版)内の尿崩症の言及

【バソプレシン】より

…タバコに含まれるニコチンはバソプレシンを分泌させ,アルコールは逆に分泌を抑えることがわかっている。脳腫瘍や手術により,バソプレシンの合成や分泌が障害されると尿崩症がおこる。 バソプレシンは薬剤としては尿崩症の特効薬とされるが,一部のアミノ酸を入れかえた合成類似品も多い。…

※「尿崩症」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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