小堀流(読み)コボリリュウ

デジタル大辞泉 「小堀流」の意味・読み・例文・類語

こぼり‐りゅう〔‐リウ〕【小堀流】

日本泳法流派の一。享保(1716~1736)のころ、熊本藩士村岡伊太夫政文が創始、その子小堀常春が完成。基本泳法平泳ぎで、立ち泳ぎ特徴

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精選版 日本国語大辞典 「小堀流」の意味・読み・例文・類語

こぼり‐りゅう ‥リウ【小堀流】

〘名〙
[一] 茶道の流派の一つ。江戸初期、小堀長斎を開祖として成立三斎流、私体古流と合わせて熊本古流三家という。
[二] 水泳の流派の一つ。江戸中期、享保(一七一六‐三六)頃、熊本藩士村岡伊太夫政文が始め、その子小堀長順常春が完成。まき足を用いた立泳ぎが特徴で水戦に有利。御前泳ぎ、甲冑(かっちゅう)泳ぎなどが知られる。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「小堀流」の意味・わかりやすい解説

小堀流
こぼりりゅう

現存する日本泳法の一流派で、肥後(熊本県)の細川藩に伝わった。村岡伊太夫が享保(きょうほう)(1716~36)のころ一流をおこし、その子小堀長順(ながよし)がそれを大成させ小堀流を確立した。小堀流では長順を初代家元としている。小堀流は細川藩藩校時習館の教科でもあった。小堀流は踏水術とも称するように立体(立泳ぎ)を主とする泳法である。明治維新後、小堀流は長崎、京都、東京に伝えられた。小堀流の伝書としては小堀長順が1756年(宝暦6)に著した『踏水訣(けつ)』『水馬千金篇(へん)』をはじめとしてほかに二、三がある。泳法は手繰游(たぐりおよぎ)を基本として浮身を重んじているが、泳法には足撃(そくげき)、足抜手(ぬきて)、立游(たちおよぎ)、御前(ごぜん)游、甲冑(かっちゅう)御前游などがある。

[笹島恒輔]

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世界大百科事典(旧版)内の小堀流の言及

【水泳】より

…(6)水任流 17世紀中ごろ高松藩主松平頼重が今泉八太夫に命じ,水戸の技法を讃岐に合わせて改良したもので,特殊なさかさあおり足を用いる。(7)小堀流 1714年(正徳4)熊本の村岡伊太夫の創始といわれ,その養子小堀長順によって大成された。立体の巻足を基礎とし,踏水術とも呼ばれる。…

※「小堀流」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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