小児医学(読み)しょうにいがく(英語表記)pediatrics

翻訳|pediatrics

改訂新版 世界大百科事典 「小児医学」の意味・わかりやすい解説

小児医学 (しょうにいがく)
pediatrics

小児を対象とした臨床医学の一分野で,小児科学ともいう。標榜科目としては小児科と称する。一般に出生後から思春期までの小児を診療する。現在,日本では15歳(中学三年生)までを小児科で扱っている。小児医学領域は,小児の疾病を対象としてその診断と治療を目的とする小児病学あるいは治療小児科学と,健康小児の発育と育成とを目的とする小児保健学とに大別することができる。

小児病学は小児内科学と小児外科学に分けられ,さらに小児内科学は新生児病学,出生前小児科学(臨床遺伝学,先天性異常学),小児代謝病学,小児内分泌病学,小児呼吸器病学,小児循環器病学,小児血液病学,小児腎臓病学,小児神経病学,小児精神病学などの各専門分野に分化していく傾向にある。また小児外科学の方も一般小児外科学,小児循環器外科学,小児泌尿器科学,小児脳外科学,小児麻酔学などに分けられるが,これらのほかに小児眼科学,小児耳鼻咽喉科学,小児整形外科学,小児放射線科学などの専門分野がある。ただし,大学病院や一般病院ではこのような専門分科がそれぞれ独立して診療科をもっていることは少なく,小児内科(小児科)のほかに小児外科が独立しているくらいのものである。しかし,小児病院あるいは小児医療センターでは上述した小児内科,小児外科それぞれに各専門分科が独立して診療を行っている。

小児保健学は発達小児科学,予防小児科学,小児栄養学,育児学,社会小児科学などに分けられる。小児保健学は広く小児の健康を対象とする小児科学であるが,とくに社会小児科学は個人の小児のみでなく,社会の構成員としての小児を対象とする小児科学である。

 このように小児科では病気の小児の診察,治療にとどまらず,育児相談,健康診査予防接種,栄養相談,心理相談などが行われている。

小児科は歴史的にみれば,19世紀後半に内科から分科してきたものであるが,現在その対象とする領域は著しく広い範囲となり,多くの他の診療科と深い関係をもっている。小児の疾患のなかにはその原因が,遺伝子の異常によるもの(遺伝子病),染色体の異常によるもの(染色体異常,配偶子病),胎芽期すなわち器官形成が完了する妊娠3ヵ月までの時期の異常によるもの(胎芽病)など,出生する前にすでに病気が始まっているものがあるので,産婦人科領域とも関係が深い。そこで,出産前後の母子の健康や疾病については,周産期医学としてまとめられる傾向がある。また15歳を過ぎて成人となるまでの思春期の疾患は,小児科領域での身体的・精神心理的異常が原因となるものが多く,小児科医は内科医,精神科医,産婦人科医と緊密な連絡をとりながら診療を行わなければならないことが多い。この分野でも思春期医学が分化しつつある。また最近,糖尿病動脈硬化などが若年化している現象,あるいは小児病の患児が小児科の年齢を超えて成人年齢に移行する現象など,小児科が内科(成人病学)の領域に入りこみ,内科医との協力のもとに診療を行わなければならない症例が増えている。

 小児科が他の診療科と異なるところは,小児は健康であると疾病であるとを問わず,つねに成長発育しつつあるものなので,小児科(学)の基礎には発達生理学的な考え方があるという点である。健康診査はもちろん病気の子どもの診療においても,それぞれ患者の発育過程にしたがって,症状のあらわれ方,病気の重症度,病気の経過なども異なってくるので,特別な技術,知識と経験をもった小児科専門医が必要である。
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古代エジプトの前1500年ごろの浮彫には小児麻痺の王子が描かれており,ギリシアの《ヒッポクラテス集典》の〈歯の発生について〉という文書は,乳幼児の病気をとくに扱った最初の医書といえる。アラビア医学ではラージーが小児病について論じている。ヨーロッパでは18世紀に捨子の風習が広がり,捨子院がパリなどにつくられ,そこで牛乳を子どもたちに与えることから,人工栄養の研究が始まり,これが小児科の生まれるきっかけとなった。1769年ロンドンに初めて小児施療病院が,1802年パリに世界最初の小児病院がそれぞれ開設された。それでも乳幼児の死亡率はきわめて高く,たとえば産業革命期イギリスのマンチェスターの労働者の子どもは57%以上が5歳未満で死亡していた。

 日本でも過去における平均寿命の低さは,第1に乳幼児の死亡率の異常な高さに起因していた。たとえば江戸時代の第11代将軍徳川家斉の55人の子女のうち,2人が流・死産で,残り53人の全員が痘瘡(とうそう),麻疹に罹患し,その平均死亡年齢は14歳であった。小児の病気のなかで最も恐れられていたのは痘瘡,麻疹であり,大量の子どもがこれで死んだ。小児特有の病気として古くからいわれてきたものに〈虫(むし)〉と〈疳(かん)〉がある。虫という病名は,本来医学用語の体熱の蒸(むし)から出たとされ,のちに小児に多い寄生虫と結びつけて広く用いられるようになった。疳についても医書ではいろいろと論じられ,ほかに〈驚風(きようふう)〉という言葉もよく用いられているが,今日のいかなる病名にあたるかを決めることは難しい。当時は母体および小児が総じて虚弱であり,栄養状態も衛生環境も劣悪であったため,乳幼児はさまざまな病気にさらされていた。そのなかには今日の消化不良,自家中毒症,小児脚気,小児結核,夜驚症などにあたるものがあったと思われる。元禄時代の医家香月牛山(かつきぎゆうざん)は医学に基づく初の体系的育児書といわれるその著《小児必用養育草(しようにひつようそだてぐさ)》で,〈十の男子を治するとも一の婦人は治しがたく,十の婦人を治すとも一の小児を治しがたし〉と述べている。
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世界大百科事典(旧版)内の小児医学の言及

【育児】より

成長
【育児の学問的背景】
 かつて,育児は主として経験に基づいて行われ,知識の及ばぬところは神仏への祈りやまじないに頼ってきたが,各種の学問の進歩によって徐々に理論的裏づけをもつようになった。 小児医学は,古くから育児と関連が深い。先に述べたように,身体のサイズ,器官の成長がどのような経路をたどり,その正常と異常の境界がどのあたりにあるかを知ることは,ある子どもの育児の成否を評価することにも役立つ。…

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