小人説話(読み)こびとせつわ

日本大百科全書(ニッポニカ) 「小人説話」の意味・わかりやすい解説

小人説話
こびとせつわ

普通の人間とは比較にならないほど小さい人間の存在を説く物語。日本の文学では、遠い国の異形(いぎょう)の人として描く。「御伽(おとぎ)草子」の『御曹子島渡(おんぞうししまわたり)』には「小さ子(ちいさご)島」とみえ、身長は1尺2寸(約36センチメートル)ばかりとある。江戸時代には曲亭馬琴の『朝夷巡島記(あさひなしまめぐりのき)』(1815)など、小人を描いた草紙類も少なくないが、口承の昔話や伝説としては、民衆の文化に定着していない。中国では古くから多くの文献にみえ、晋(しん)代の『山海経(せんがいきょう)』には、周饒(しゅうじょう)国(焦僥(しょうぎょう)国)、靖(せい)人、菌(きん)人と三つの小人国が記され、周饒国の人は3尺(約90センチメートル)で、穴に住み、機(はた)織りがうまく、五穀もつくるとある。日本の小人国は中国の文献の影響で展開している。平賀源内の『風流志道軒伝』(1762)に、小人島の人は1尺2寸で、1人では鶴(つる)にとられるので4、5人連れで歩くとあるのもその一例で、『和漢三才図会』(1712)は中国の『三才図会』の同じ趣意の話を引用しており、唐代の『括地志(かっちし)』にも焦僥国の小人は農耕のとき鶴に食われることを恐れるとある。漢代の『神異経』にも、鵠(こく)国の男女は7~8寸(約21~24センチメートル)で、海鵠(かいこく)が一口に飲むが、腹の中で300歳の寿命を全うするとある。西川如見の『増補華夷(かい)通商考』(1708)にはヨーロッパの小人国の話がみえる。高さ2尺(約60センチメートル)ほどの小人が、鶴のような鳥に食われることがあるので、その鳥の卵をみつけると壊すとある。これは、ホメロス叙事詩イリアス』が語る、世界の果てに向かって飛んで行った鶴は、ピュグマイオイ(小人)に死をもたらす戦いを挑むという話と共通する。

 昔話には、人間から生まれた小人の物語もある。親指の大きさに生まれた子供の冒険を主題にした「親指太郎」で、ヨーロッパを中心に、トルコ、インドなどにも分布する。物語草子の『小男の草子』もこの範疇(はんちゅう)に属する。『竹取物語』の「かぐや姫」や御伽草子の『一寸法師』、昔話の「一寸法師」や「田螺(たにし)長者」なども、人間界の小さ子の物語であるが、これらはのちに普通の大人に成長しており、一般の小人とは異なる。北アメリカの北東部先住民(アメリカ・インディアン)には、死んだ母の胎内から救い出された男の子が、小さな子供の大きさのまま英雄として活躍する神話がある。日本にも神話的な神には小人もいる。巨人のオオナムチの命(みこと)が国土をつくるのを、海のかなたからきて協力するスクナヒコナの命は親指ぐらいの大きさである。母のカムムスヒの命の手の指の間から漏れたといい、アワの茎に登り、はじかれて外国へ渡ったとある。フィンランドの叙事詩『カレバラ』には、ワイナミョイネンが種を播(ま)かせたカシが大木になって空を覆ってしまったのを、海からきた海の精の親指ほどの男が切り倒し、太陽と月が輝くようになったとある。エストニアの叙事詩『カレビポエク』にも、やってきた親指大の小男がたちまち大男になり、カシの木を切り倒す話がある。遠い国から訪れる異形の神の信仰であろう。

 ヨーロッパには豊富な小人説話がある。地下に住み、王をいただく社会を形成していることもある。日本の鬼や天狗(てんぐ)のような、人間と共存する異形の人で、小人国の小人が人間的であるのに対して宗教的である。小人は一般に超人的な知能をもち、頭でっかちで、色は青ざめ、長いあごひげを生やしている。いたずら好きのおどけ者だが、善良な人を助け、幸福をもたらすという。ドイツやイギリスでは、小人は鉱山で働いているといい、坑内で小人を見たという話も多い。小人は有益な金属や貴金属のある場所を知り、財宝の所有者であるという。ドイツの叙事詩『ニーベルンゲンの歌』でも小人は財宝の保管者である。また小人は貴金属を持つ金銀細工師であり、優れた刀鍛冶(かじ)でもあるといい、小人のつくった名刀の物語もある。西アフリカの森の小人も森の精霊で、ベナンダオメー)では呪術(じゅじゅつ)や神信仰を人間に与えた森の住人である。南アメリカのギアナでもやぶの中の自然の開墾地に住むといい、人間はけっしてそこを耕作地や野営地に用いない。小人と人間の住み分けで、小人は森の宗教的先住民である。台湾の高砂(たかさご)族の小人は、森に住み、人間に危害を与える異人である。身長は3尺ほどで、体に似合わぬ大きな刀で人間を苦しめたが、戦いに敗れ、海を渡っていなくなったという。アイヌ説話の小人コロポックルがよき隣人であったというのとは異なるが、消え去った異人である点では一致している。神話的な先住民の姿であろう。

 家に住み着き、家事の手伝いをする小人の話は、西ヨーロッパに多い。背が低く、しわだらけの顔をし、褐色外套(がいとう)と頭巾(ずきん)をつけたスコットランドのブラウニーは、古木の洞穴などに住み、何百年もの間、同じ家族と暮らし、家の雑用を手伝ってくれる。小人には牛乳と新しい蜂蜜(はちみつ)を与えればよいというが、衣服を新調してやったら、要らないといって出て行ってしまったという。よけいなことをすると小人は怒るという伝えは広い。ドイツのコボルトの伝えもほとんど同じである。家畜小屋や穴倉に住み、その家の人の役にたつことを喜び、家事の助けをする。小人をたいせつにしてくれる家に幸福をもたらすというが、わずかな牛乳と残り物を与えるのを忘れると、祟(たた)りをなすという。いわば家を守る精霊で、日本では岩手県を中心にした地方の座敷わらしがこの小人に似ている。赤い顔をした垂れ髪の5、6歳ぐらいの子供の姿で、村の名家の奥座敷に住んでいるという。普段は姿をみせず、奥座敷に寝ると枕(まくら)返しなどのいたずらをしたり、掃除などの物音をたてたりして存在を知らせる。座敷わらしがいる間は家が富み栄えるが、出て行くと家は落ちぶれるという。鹿児島県奄美(あまみ)諸島のケンムンや沖縄県沖縄諸島のキジムナーも、同類の宗教的な小人である。木の精霊で、ガジュマルやアコウなど気根のある木の古木に住む。おかっぱで顔は赤く、6、7歳前後の子供の姿であるが、顔は老人のようであるという。屋敷の木に住み、その家を栄えさせるが、いなくなると衰えるという。これは森の小人にも近い。人間はもう一つの異なった人間、小人の協力によって繁栄するという観念の表れであろう。

[小島瓔

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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