専門職教育(読み)せんもんしょくきょういく

大学事典 「専門職教育」の解説

専門職教育
せんもんしょくきょういく

近現代における専門職教育は,科学に裏打ちされた医学,法,工学等の高度な専門的技能と倫理規範の訓練を通して,国民の健康・福祉の増進と社会の安定的な発展に実践的に貢献する自律的な職業人の養成を目指す。そうした訓練の組織化は日本,西欧,その他諸国の歴史的,社会的な条件に応じて異なった様相を呈するが,大学の役割が増大する傾向が共通して認められる。

[日本]

明治初期においては,工部省の工部大学校,司法省法学校などの各省庁直轄の機関が設立され,短期間で専門的人材を養成すべく実地修業を課すなど実践重視のカリキュラム内容がとられた。こうした機関は次第に東京大学-帝国大学に包摂・統合されていくが,工部大学校が統合された工科大学(日本)では修業年限が縮小されて実地研究も卒業論文と統合され,またフランス法が教育された司法省法学校のカリキュラムも法科大学(日本)ではドイツ法学へと大きく転換されていく。医学においても,明治初期には臨床的なイギリス医学も指向されたものの,東京医学校・東京大学医学部を継承した帝国大学医科大学では,研究室の医科学をベースとしたドイツ医学が主流となっていく。このように明治半ばからの大学(帝国大学)における日本の専門職教育は,実践・臨床よりも研究・学術的,あるいはクライアントへのサービスよりも国家志向的な教育カリキュラムが支配的となっていく。開業医,弁護士をはじめとする市中の専門職の教育は,専門学校(旧制)ならびに私立セクターで提供された。

 こうした戦前期の多重多元的高等教育機関は,第2次世界大戦後に単一の4年制(医・歯学部は6年)新制大学へと再編統合された。日本の医師養成は米国式に改められ,大学医学部卒業後のインターン制度と医師国家試験が導入された。インターン制度はのち廃止されたが,現在では2年以上の新臨床研修制度が開始され,また卒業までに最低限履修すべき教育内容をまとめたモデル・コア・カリキュラム,診療参加型臨床実習,臨床能力を評価する客観的臨床技能試験(OSCE)の導入など,臨床技術・実地訓練が重視されるようになっている。日本の法曹養成については,戦前期からの開放的な司法試験制度が踏襲された結果,大学法学部が法曹養成とは直結することはなかったが,法学部教育―司法試験―司法修習を有機的に連携させた「プロセス」としての養成制度の整備が課題となり,法科大学院制度が2002年(平成14)に発足,法曹養成に特化した実践的な教育が目指されている。

 技術系専門職(日本)についても,1960年代以降,重化学工業発展を軸とした高度成長期を担う専門的人材を養成すべく全国的に工学部の増設・拡張が行われ,1957年(昭和32)に新たに工学系専門職資格として技術士が制度化された。この試験制度は技術者資格の国際化標準化推進の観点から2000年(平成12)に改正されたが,大学教育より職歴や実務経験に重点が置かれている。初等・中等教員については「大学における養成」と「開放制」の原則が示され,その資質向上が図られたが,1988年(昭和63)の教育職員免許法改正ではさらに実践的能力の育成が唱えられ,また2008年には事例研究や授業観察・分析,フィールドワーク等を指導方法に導入し,理論と実践の融合を目指す教職専門職大学院が創設されることとなった。以上のように,今日の専門職教育はより実践的・現場的なスキル向上とレリバンスの強化が大きな課題となっている。

 明治中期の帝国大学の成立以来,日本の大学での専門職教育は理論重視で,専門学校や私学セクターと分化していたが,戦後の新制大学は理論と実践の再統合を目指し,職種により時期は異なるが,研修制度,制度のプロセス化,実践的能力の育成が重視されてきている。
著者: 橋本鉱市

アメリカ合衆国

アメリカでは,ビジネスや看護学など一部の専門職教育を除けば,ほとんどのアメリカの専門職教育は大学院レベルのプロフェッショナル・スクールにおいて実施されることになる。医学,歯学,獣医学,薬学など第一専門職に分類される分野以外のプロフェッショナル・スクールのカリキュラムは,2年間を標準に構成されている。そこでは,一般教養等の取得に時間をかけることよりも,専門知識の獲得とその応用に重点が置かれている。専門職教育は何かという問いに対する答えとして,「エンジニアは知識のユーザーであり,科学者は知識の追究者である」という比喩がある。これは学習を通じて取得した特定の知識をもっているだけではなく,その特定の知識を応用し使用できることが専門職としてのエンジニアであることを意味している。エンジニアに限らず,その他の専門職として認識されている分野においてもこの原則は当てはまる。

 こうした特定の専門分野の知識,理論,あるいは倫理面を単に机上の空論で終わらせず,実際の現場での実践を可能にするための教育方法として,多くのプロフェッショナル・スクールでは臨床教育法(clinical education)の一部であるアプレンティスシップ(アメリカ)と呼ばれる研修を導入している。アプレンティスシップの導入や実施の形態などはプロフェッショナル・スクールによって多様であるため,一般化することはできないが,とくに技術的な技能が要求される職種である外科医歯科医,エンジニア,建築家などはアプレンティスシップを通じてその技能を磨くと推察される。こうした臨床教育法は,それ自体単独で取り入れられたとしても効果はそれほどなく,従来の知識や理論を体系的に取得し,かつ専門職に不可欠な倫理教育と並行して実施されて初めてその効果があると考えられる。

 アプレンティスシップが導入されるまでに,学生が少なくとも学習すべき到達目標として,①論理力,分析力を伴って,特定分野の認知的情報と場面に応じてその情報を使用できること,②倫理的論理構成ができ,専門職として通用するような態度を身につけること,③テクニカルな技能を取得すること,④内面的にも成熟すること(人間としての社会化が不十分でないこと),⑤自主的な学習を進めていくだけの能力を身につけること,そして⑥専門職役割の特性を理解することが挙げられている。いったん前述の到達目標をクリアした場合,アプレンティスシップは取得した知識を問題解決力へと結びつけることにおいて効果があり,学生はアプレンティスシップを通じて,知識とその応用を一致させることができるようになる。アプレンティスシップなどの臨床教育法を円滑にすすめていくためには,前述したようにカリキュラム上で知識,理論,倫理などをバランスよく構成することが前提条件となる。

 医師や歯科医師,看護師などの健康関連分野に携わっている学生は付属の病院などでアプレンティスシップを経験することが大半であり,ソーシャル・ワーカーや教師志望の学生は,実習を受入れ先の機関や学校を通じてアプレンティスシップを経験する。工学に関しては,企業がスポンサーとなる実習経験プログラムを提供することもある。法律分野における臨床教育が実施される形態は多様であり,具体的には,キャンパス内で実施される法律学習補助クリニックや民間の法律事務所が実施する実習クリニック・プログラムを通じて行われる。このようにアメリカの専門職教育は理論のみならず,臨床教育と呼ばれる実践との融合をベースとしたカリキュラムが基本である。
著者: 山田礼子

[ヨーロッパ]

高度な理論と職業上の実践との統合を特色とする専門職教育を,ヨーロッパの大学はいかに実施してきたか。以下ではイングランドとドイツでの医と法曹を具体例として概説する。

 近代ヨーロッパの医師養成には二つの流儀があった。一方はドイツ型で,大学での講義とデモンストレーションを中心とし,1年余りのインターンを伴うもの。他方はイングランド・フランス型で,病院での医療補助行為を通して医師から知識と技術を獲得するスタイルである。20世紀以降,医療上の知識・技術が高度化し,患者との接触の機会が減少すると,イングランドの医学教育校は大学に吸収され,学士課程で基礎医学を学修したあと1年のインターン,さらに大学院レベルで医療の専門知を研修する方式が主流化した。早くに医師の基礎資格を大学卒に限定したドイツの医学教育は,中間試験で理学の知識を試し,仕上げの資格試験では臨床訓練を前提に実技も重視し始めた。結果,医の専門職教育は,科学・医学上の理論と臨床経験との間に衡を保つ方式へ収斂した。最近ではコンピュータによる学修の増加,患者や医師との関係の希薄化も危惧される。他方,海外での医療体験や,EU内での医療交流(エラスムス・プログラム)が促進されている。

 イングランドは法曹でも1975年以降,学問訓練を大学が,職業的訓練を法曹団体(イングランド)が担う分業を採用し,一面ドイツ方式に接近した。しかし,法曹への就業年齢では,イングランドがドイツより数年若い。その理由は,イングランドの法曹教育古い大学と法曹界とが互いに冷淡な一方,法曹団体はその卒業生を優先的に訓練すること,新設の大学は職業指向が強く,法学部や法科大学院への法曹団体による強い規制に対し抵抗感を持たないこと,結果,学生による最低必要年限での養成課程の修了を阻む要因が少ないことである。

 対してドイツでは,主要大学は法教育上の権限をめぐり法曹界・国家と対立的で,理論的な法体系の広く深い伝達を確保するため,中間試験をいきおい難しくする。裁判所や法律事務所での実習中心の第2段階では,法曹組織と国家とは,理論に偏向した大学教育の弊害を中和し,無難で実務的な訓練の徹底を図るため,資格試験を厳しくする。二つの難関突破の準備に学生は多大の年数を費やさざるをえない。2国での異なった状況は,しかし専門職教育に必須な理論と実践の統合には等しくマイナスに作用する。1970年代,ドイツは社会改革まで視野に入れた法教育の一元的な統合を試み,失敗した。医学教育に比べて多難ではあっても,ドイツの法曹教育の改革の成否はEUの将来を大きく左右するであろう。
著者: 立川明

[日本]◎天野郁夫『近代日本高等教育研究』玉川大学出版部,1989.

参考文献: 橋本鉱市編著『専門職養成の日本的構造』玉川大学出版部,2009.

[アメリカ]◎山田礼子著『プロフェッショナルスクール―アメリカの専門職養成』玉川大学出版部,1998.

参考文献: 阿曽沼明裕『アメリカ研究大学の大学院』名古屋大学出版会,2014.

[ヨーロッパ]◎服部伸「医師資格の制度と機能」,望田幸男編『近代ドイツ=「資格社会」の制度と機能』名古屋大学出版会,1995.

参考文献: Stefan Korioth, “Legal Education in Germany Today,” Wisconsin International Law Journal, Vol. 24(1), 2006.

参考文献: Maria Malatesta, Professional Men, Professional Women, Sage, 2011.

参考文献: Walter Ruegg, ed., A History of the University in Europe, Vol. IV, Cambridge University Press, 2011.

参考文献: 田中正弘「イギリスにおける法曹主体の法曹養成」『筑波ロー・ジャーナル』19号,2015.

出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報