家産制(読み)かさんせい(英語表記)Patrimonialismus[ドイツ]

改訂新版 世界大百科事典 「家産制」の意味・わかりやすい解説

家産制 (かさんせい)
Patrimonialismus[ドイツ]

この語は,K.L.vonハラーが,君主が自分の私的な家産patrimoniumとして取り扱っているような国家家産国家Patrimonialstaatと呼んだことに由来するが,家産制の概念を明確な社会科学的概念として確立したのはM.ウェーバーであり,この概念は今日ではほとんど例外なくウェーバーの規定した意味で用いられている。

 ウェーバーは正当的支配を,合法的,伝統的,カリスマ的支配の三つの純粋型に分類するが,家産制は伝統的支配に属する支配の類型である。彼によれば,この伝統的支配の〈第一次的類型〉は長老制Gerontokratieと第一次的家父長制primärer Patriarchalismusとである。長老制とは複数の家から成る団体において長老のおこなう支配であり,家父長制とは家において家父長のおこなう支配である。これらがとくに〈第一次的類型〉と呼ばれるのは,そこでは長老や家父長の支配権は伝統に基づく彼ら自身の固有権ではあるが,しかし実質的には〈仲間権〉としての性格が強く,支配権は支配者自身の利益のためにではなく,仲間や家族員の利益のために行使されるべきものであるという意識が強く働いているからである。被支配者はまだ支配者の〈仲間〉であり,〈臣民〉にはなっていない。これに関し決定的に重要なことは,そこに支配のための〈管理幹部Verwaltungsstab(役人)〉が存在していないということである。

 ところが,長老の支配する団体が大きくなり,その組織が複雑になるとともに,また家構成員が分与地を与えられて独立の世帯を構え,主人に対して賦役や貢租を負担するようになるとともに,支配を維持するための管理幹部を置くことが必要になる。そして,〈支配者の純個人的な管理幹部が成立するとともに,いかなる伝統的支配も家産制への傾向を示す〉。すなわち,支配者直属の役人群(家産官僚)や軍隊が形成されると,支配権は財産権(家産)と同様に支配者によって完全な意味の固有権として専有され,仲間権的性格は失われ,かつての仲間たちは支配者によって一方的に支配される臣民に転化し,支配者による恣意的支配が強化される。この支配類型が〈家産制〉である。家産制においては,一方で伝統への厳格な拘束と,他方で伝統の許容する範囲内における恣意的な支配と,この二つの一見矛盾するような性格が併存している。

(1)家父長制的家産制patriarchaler Patrimonialismus 管理幹部は支配者に完全に従属し,物的な管理手段も支配者によって独占されている。それゆえ,支配者の恣意的支配が極大化し,極限的な場合には,支配者一人だけが自由であり,全人民が彼に隷属するという,いわゆる〈総体的隷属関係〉が現出する。他方で,管理幹部の独立化や離反を抑えるためには,支配者は大衆の好意に依存せざるをえず,大衆を隷属化しつつも,〈良き君主〉として大衆の福祉を配慮せざるをえず,君主の行政関心の極大化が生ずる。(2)身分制的家産制ständischer Patrimonialismus 管理幹部が自己の地位と物的管理手段とを専有し,支配者に対して多少とも独立的な特権層を形成しており,職務の執行も多少とも彼ら自身の判断に基づいておこなわれる。支配権が支配者と管理幹部とによって分有されており,支配者の行政関心は極小化の傾向を示す。極限的なケースにおいては,この型の家産制は封建制度に転化するが,そうなると管理幹部の役人的性格は消滅する。ウェーバーは,(1)は東洋に,(2)は前近代の西欧に特徴的であるとし,それらを西欧型近代社会に特徴的な合法的支配と対比している。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「家産制」の意味・わかりやすい解説

家産制
かさんせい
patrimonialism

国家や集団の首長がその構成員や人間関係、財産、物品を自分の家産patrimonumのごとく支配する前近代的な統治制度をいう。この概念を初めて用いたハラーによると、家産制国家では国内のいっさいの関係は君主の私的関係とみなされ、領土と人民は君主の所有物であり、財産は君主の私収入で、戦争は君主の私事とされる。したがって、一般に、国家が君主の世襲財産のごとく扱われ、統治(支配)権と所有(財産)権との区別がないような政治形態をさす。

 家産制の概念を学術語として確立したのはマックス・ウェーバーである。彼は支配を合法的、カリスマ的、伝統的の三つに分け(支配の三類型)、長年の伝統を絶対的に神聖視することに立脚した伝統的支配のうちに家産制を位置づけた。伝統的支配の純粋型は家父長制で、そこでは家長が伝統に従って家の子と家産とを占有していっさいの経営を行う。家産制は、この家父長制が発展したもので、その典型は古代エジプトのように、国家そのものが国王の家計の拡大された家計とみなされ、家臣や人民は一家の家長に対するごとく国王に子としての恭順を守り、国王は伝統的権威に基づいて支配し、人民と財産とを管轄する。この家産制がさらに発展すると、農奴制に立脚した中世の荘園(しょうえん)制となる。ここでは臣下や農奴はもはや君主に全人格的に隷従せず、ある程度の独立を得、君主と一定の身分的上下関係にたつ。家産制が拡大すると、君主の絶対的単一支配ができなくなり、君主と人民との中間にたつ幹部臣僚が、一定の地域を与えられて行政権を行使するといった一種の身分的官僚制が形成される。ウェーバーはこれを近代官僚制と区別して家産官僚制とよんだ。封建制はこれが発展したものである。

 スイスの民法に規定された家産制度や、日本の旧民法上の家(いえ)制度は、家産制の家族主義的な面を継承したものである。

[森 博]

『M・ウェーバー著、世良晃志郎訳『支配の社会学』Ⅰ・Ⅱ(1960・創文社)』

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世界大百科事典(旧版)内の家産制の言及

【家父長制】より

…(2)政治的支配としての家父長制 家父長制家族は,一方では,〈父と子〉の特殊なあり方を内包することによって,政治的支配のための正当性原理をつくりだす。〈家族国家〉理念とよばれるものがその典型である(M.ウェーバーはとくに(1)と区別して〈家産制Patrimonialismus〉とよぶ)。家父長制家族における結合の根本は,血縁性ではなく,家父長権patria potestasという権力である。…

【家父長制】より

…(2)政治的支配としての家父長制 家父長制家族は,一方では,〈父と子〉の特殊なあり方を内包することによって,政治的支配のための正当性原理をつくりだす。〈家族国家〉理念とよばれるものがその典型である(M.ウェーバーはとくに(1)と区別して〈家産制Patrimonialismus〉とよぶ)。家父長制家族における結合の根本は,血縁性ではなく,家父長権patria potestasという権力である。…

【身分制社会】より

…もともとは自由な誓約団体として発足した中世都市においても,初期のギルドからしてすでに商人と手工業者の間には身分上の差別があり,やがて手工業者の同職ギルド(ツンフト)がそこから分離しても,それぞれの同職ギルドの内部構造は,親方,職人,徒弟という,身分制的なものであり(徒弟制度),ここでも経済外的な共同体規制が行われていた。 身分制社会は,したがって,これを支配のシステムという意味で,権力の配分関係という見地から考察するならば,公的権力の私的な領有,より具体的には,権力の家産的把握によって特徴づけられる(家産制)。領主たる貴族の農民に対する人的支配が,家産的な裁判権の行使という形で現れるのは,その典型的な例であり,中世都市においても,市参事会や都市裁判所は,多くの場合,特権的な上層市民の門閥によって独占されるようになった。…

※「家産制」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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