家庭科教育(読み)かていかきょういく

日本大百科全書(ニッポニカ) 「家庭科教育」の意味・わかりやすい解説

家庭科教育
かていかきょういく

学校教育において行われる教科教育の一つ。小・中・高等学校を通して行われる家庭科、ないしは技術・家庭科の教育である。日常生活に必要な衣食住および保育に関する知識と技術の習得を中心に、家庭生活の充実、向上を目ざして実践的態度を育てる教科である。内容は学校段階によって異なり、また履修の方法も異なる。

[伊藤冨美]

小学校

「家庭生活と家族」「衣服への関心」「生活に役立つ物の製作」「食事への関心」「簡単な調理」「住まい方への関心」「物や金銭の使い方と買物」および「家庭生活の工夫」の八つの内容からなる。衣食住への関心をもたせ、日常着の着方や手入れ、手縫いでの簡単な物の製作、調和のとれた食事の取り方や簡単な調理などを履修する。また整理整頓(せいとん)、清掃の工夫による快適な住まい方、金銭の計画的な使い方、環境への配慮などを学ぶ。これらを第5・6学年に男女共修で学習する。

[伊藤冨美]

中学校

教科目としては技術・家庭科として扱われ、技術分野と家庭分野の二つに分かれる。

 技術分野の内容は「A・技術とものづくり」「B・情報とコンピュータ」の二つからなり、以下のように各6項目がある。

 「A・技術とものづくり」では、(1)技術が生活や産業に果たしている役割、(2)製作品の設計、(3)製作に使用する工具や機器の使用方法、(4)製作に使用する機器の仕組みおよび保守、(5)エネルギーの変換を利用した製作品の設計・製作、(6)作物の栽培
 「B・情報とコンピュータ」では、(1)生活や産業のなかで情報手段の果たしている役割、(2)コンピュータの基本的な構成と機能および操作、(3)コンピュータの利用、(4)情報通信ネットワーク、(5)コンピュータを利用したマルチメディアの活用、(6)プログラムと計測・制御
 家庭分野の内容は「A・生活の自立と衣食住」「B・家族と家庭生活」の二つからなり、以下のように各6項目がある。

 「A・生活の自立と衣食住」では、(1)中学生の栄養と食事、(2)食品の選択と日常食の調理の基礎、(3)衣服の選択と手入れ、(4)室内環境の整備と住まい方、(5)食生活の課題と調理の応用、(6)簡単な衣服の製作
 「B・家族と家庭生活」では、(1)自分の成長と家族や家庭生活とのかかわり、(2)幼児の発達と家族、(3)家庭と家族関係、(4)家庭生活と消費、(5)幼児の生活と幼児との触れ合い、(6)家庭生活と地域とのかかわり
である。

 これらの技術・家庭の2分野ではそれぞれ「A」「B」の内容の各(1)~(4)までは男女共通の必修、各(5)(6)については各分野ごとに4項目のうち1または2項目を選択履修することになっている。

[伊藤冨美]

高等学校

普通教育に関する科目として「家庭基礎」「家庭総合」および「生活技術」の3科目がある。いずれも人の一生を生涯発達の視点からとらえており、家族や家庭生活のあり方、乳幼児と高齢者の福祉、家族の健康のための衣生活、食生活、住生活の設計と管理、消費生活と環境が取り上げられている。「家庭基礎」は2単位であるが、「家庭総合」「生活技術」は各4単位で調理実習や被服製作などの実技が加わっている。この3科目のなかから1科目をすべての生徒が選択必修することになっている。また、専門教育に関する科目として「生活産業基礎」「課題研究」「家庭情報処理」「消費生活」「発達と保育」「児童文化」「家庭看護・福祉」「リビングデザイン」「服飾文化」「被服製作」「ファッションデザイン」「服飾手芸」「フードデザイン」「食文化」「調理」「栄養」「食品」「食品衛生」および「公衆衛生」の19科目が将来の職業資格を視野に入れて設けられている。このうち「生活産業基礎」および「課題研究」の2科目は原則履修科目である。実践的・体験的学習が重んじられ、ホームプロジェクトや学校家庭クラブの活動を重視している。学校家庭クラブとは、高等学校における家庭科の授業やホームプロジェクトで気づいた生活改善点を、地域の家庭生活の充実・向上に生かすために活動する組織。共同研究や奉仕活動などを通して社会人としてふさわしい能力や態度の育成を目ざす。活動による成果の発表を、学校内および都道府県、さらに全国の高等学校家庭クラブ連盟で行っている。なお、高等学校以上の後期中等教育および高等教育では、技術教科は専門科目として独立する。

[伊藤冨美]

歴史

家庭科の前身は第二次世界大戦前の女子教育の中核を占めていた家事・裁縫科であるが、戦後の教育改革において「家庭科」が誕生した。「家庭科」という名称は第二次世界大戦前の「青年学校令」改正時(1939)に一度、出現しているが、現在の家庭科とは基本的に異なっていた。新しい家庭科は1947年(昭和22)に男女共修の教科として初等教育から発足した。その精神は、「家族関係を中心に家庭内の仕事に対して男女が協力し、家庭建設の責任をもつこと」であり、従来の家事・裁縫の合科でもなく、技術教科でもなく、女子だけの教科でもないという三つの否定のうえにたつ原理によって進められてきた。しかし、当初の理念もしだいに揺らぎ、教科そのものが存廃の危機につねにさらされるようになった。また、学習指導要領の改訂のたびに内容が変わり、なかでも家族の領域は著しく後退し、独立した領域から姿を消した。

 一方、中学校家庭科の変貌(へんぼう)はめまぐるしく、1951年の改訂では職業・家庭科となり、ついで58年には、産業界の急激な技術革新を背景に、男子には生産技術、女子には生活技術を中心に学習させる、「男子向き」「女子向き」の2系列からなる技術・家庭科となった。その後、1977年の改訂では、「家庭系列」「技術系列」のあわせて17領域から7以上を選択する、いわゆる男女相互乗入れの形がとられるようになった。1989年(平成1)の改訂では情報化社会に対応するという名目で「情報基礎」が新設、また家庭の機能の変化に対応するため「家庭生活」が新設され、「木工加工」「電気」「食物」と新たに「家庭生活」の4領域が男女の必修領域になった。1998年の改訂では生活者の自立を図る観点から、生活者の視点にたって内容の総合化が図られ、技術分野と家庭分野の2分野に再編された。これにより「男子向き」の技術系列でもなく、「女子向き」の家庭系列でもない、男女ともに生活に必要な知識と技術を習得することになった。

 高等学校家庭科では、女子だけの教科としての「家庭一般」が必修科目に課せられていたが、1989年の学習指導要領の改訂でその見直しが図られ、「生活一般」「生活技術」を新設、3科目各4単位のなかから1科目を男女ともに選択必修するという履修形態になった。長い間、高等学校の家庭科は女子だけ必修という履修上の一貫性を欠く点からも家庭科教育を不安定にしていた。1970年代から、家庭は男女共同生活の場であり、男女ともに生活者としての自立が必要であるという観点から、家庭科の男女共修を実現する運動が進められてきた。また一方で「女子差別撤廃条約(女性差別撤廃条約、正称は「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」)」の批准や女性の社会的進出、また情報化社会の進展などによる社会変革があり、この点からも内容を見直さざるをえなかったのである。この時点で、履修上、小・中・高等学校と一貫して男女が家庭科を学ぶ道が開かれ、しばらくそれが続いた。1999年の改訂では「家庭一般」にかわって「家庭基礎」が2単位、「家庭総合」および「生活技術」が各4単位になり、このうちから1科目を男女とも選択必修するという形になった。

 また、職業教育課程における家庭科も情報化社会と少子高齢化社会に対応した教育内容の再編が必要になった。つまり、家庭の生活機能が産業化されていくなかで、生活関連産業のスペシャリストに将来必要となる専門教育の科目構成を見直し、調理師やホームヘルパーなどの資格試験の受験資格が得られるように、科目の新設や名称の変更が行われた。

[伊藤冨美]

課題

家庭科は、小学校では男女共修の教科として定着した。当初、中学校では生産技術を「男子向き」、生活技術を「女子向き」として男女別の履修形態を取りながら改訂のたびに男子にも「家庭系列」から、女子にも「技術系列」から選択履修する方向で歩み寄りが進められてきた。現行では「技術分野」および「家庭分野」から男女とも同一の必修内容が決められ、すべての生徒が等しく履修することになった。

 高等学校では、歴史的に女子必修の教科であった家庭科もようやく1989年の改訂で「家庭一般」「生活技術」「生活一般」の3科目のうち1科目を選択必修として男女ともに学ぶ教科の位置を占めるに至った。しかし現実は、高等学校の現場での施設・設備、また教員の不足などで3科目からの選択の余地もなく1科目だけの学校選択の開設で、ときには4単位が3単位あるいは2単位ですまされている。1999年の改訂で「家庭基礎」が2単位、「家庭総合」および「生活技術」が各4単位となり、このなかから1科目が選択必修となったが、選択どころか「家庭基礎」だけの開設にとどまっていることもある。加えて、完全学校週5日制の実施による授業時間数の短縮のしわ寄せを家庭科がこうむる可能性が高い。それほど脆弱(ぜいじゃく)な地盤のうえにたっており、せっかく4単位で定着しはじめた家庭科を後退させないことが望まれる。

 少子化、高齢化社会の到来と女性の社会進出によって、家庭の生活機能のあり方が変化しつつある。そうしたなかで人々が衣食住その他に関するサービスの提供を求めて生活産業の需要が高まっていけば、職業教育課程における家庭科には、それに応えられるだけの教育が準備されていなければならない。

[伊藤冨美]

『岩垂芳男・福田公子編『家政教育学』(『教職科学講座第24巻』1990・福村出版)』『中間美砂子著『家庭科教育原論』(1987・家政教育社)』『伊藤冨美・三好百々江編著『家庭科教育学』(1980・ミネルヴァ書房)』『日本家庭科教育学会編『小・中・高等学校で「家族・家庭生活」をどう教えるか』(1992・家政教育社)』

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改訂新版 世界大百科事典 「家庭科教育」の意味・わかりやすい解説

家庭科教育 (かていかきょういく)

1947年の新学制で小・中・高校に新設された教科の一つ。日本の近代教育の歴史では,1881年の〈小学校教則綱領〉で,〈裁縫〉と〈家事経済〉がおかれ,女子向けの教科として家事・裁縫科が確立した。やがて国家主義の推進とともに,〈修身〉と結びついた〈良妻賢母〉を目ざす女子教育の中心教科となった。昭和の戦時体制下には,国民学校では〈芸能科〉に統合され,〈皇国民錬成〉の手段とされた。戦後は,新憲法,教育基本法の下で,〈日常生活に必要な衣・食・住・産業等について,基礎的な理解と技能を養うこと〉(学校教育法18条3項)という教育の目標規定の一つに対応した教科として出発した。現在では,小学校5・6年に週2時間の〈家庭科〉があり,中学校では〈技術・家庭科〉の11領域のうち5領域が該当し,高等学校では,普通教育科目として〈家庭一般〉〈生活技術〉〈生活一般〉のいずれかを必修とする〈家庭科〉のほかに,職業専門科目として〈保育〉〈被服〉〈食物〉などからなる職業専門教育が行われている。家庭科は,戦後の教育課程の中でももっとも不安定な教科である。中学校だけでみても,職業科の中の1科目として出発(1947)したにもかかわらず,独立を求める声が強く,いったんは〈職業科および家庭科〉(1949)となったが,再び無理に統合されて〈職業・家庭科〉(1951)となり,技術革新の波の中で〈技術・家庭科〉(1958)に変わって今日に至っている。

 家庭科のかかえている問題の第1は,家庭や社会で行う〈家庭教育〉と,とりたてて学校で行う〈家庭科教育〉との区別をどこに求めるかである。それは生活の中での〈家庭教育〉と異なり,学校では科学を基礎にして系統的,意図的に行うと説明できる。しかし第2の問題は,教科が依拠する科学や学問の体系は複数にまたがり,その組み合わせが多様なことである。アメリカでは〈家政学〉に基づいており,ロシアでは〈労働教育〉の中に位置づけられており,日本でも新たに〈生活科学〉を確立しようという動きや,学際的分野を総合化する試みが進んでいる。第3には,中等教育では長い間女子のみの必修となって,学習における男女差別が存在してきたことである。国連で採択された〈女子差別撤廃条約〉(1979)第10条には,男女〈同一の教育課程〉がうたわれている。条約を批准した日本では依然として家庭科の別学が制度化されていたため,男女共修を求める運動や実践が進められ,1989年の学習指導要領において,中学校・高校での共学の教育課程が実現した(実施は1993年度以降)。しかし教育内容や学習方法において性差別は完全にはなくなっておらず,課題として残されている。
家庭教育 →女子教育
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「家庭科教育」の意味・わかりやすい解説

家庭科教育
かていかきょういく

家庭生活に必要な見解,知識,技能を習得することを目的とする科目。教科内容は当初,裁縫がその主流を占めていたが,時代の進展に伴い,調理,食品,栄養,衣服管理,住生活,保育,経済,家族関係,生活管理などの面に広がり,また重点のおき方も変化してきた。これは社会の変遷に伴い,家庭生活における価値観が変化したことに由来する。日本では家事科,裁縫科と称され,初・中・高等教育において女子だけに課されていた。学校教育に家庭科が設けられたのは 1947年で,小学校で男女ともに課せられ,中学や高校は女子のみの必修科目とされてきた。しかし女性の社会進出が急速に進むなかで従来の性的な役割分担にも変化が求められているという状況を受け,93年度から中学で,94年度から高校で男女共修となった。特に高校では従来の「家庭一般」に「生活技術」「生活一般」を加えた3科目のなかから1科目を選ぶ必修科目とされた。

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