官営工業(読み)かんえいこうぎょう

改訂新版 世界大百科事典 「官営工業」の意味・わかりやすい解説

官営工業 (かんえいこうぎょう)

明治初年から第2次世界大戦時までの日本の国有・国営鉱工業企業の通称。交通・通信部門をも含むのが通例である。それは日本資本主義の形成と発展の特徴(半封建的軍事的性格,または後進性)に規定されて,きわめて広範囲にわたって存在する。原始的(本源的)蓄積期(1868-90ころ)には,官制がしばしば変わっているので,所轄官庁に変化があるが,大別すると(1)資本主義的生産様式,とりわけ機械制大工業の移植・殖産興業のための鉱工業,(2)貨幣材料確保のための金銀銅山,(3)兵器生産のための陸海軍工厰,(4)北海道開拓のための開拓使における各種製造所,などがあげられる。このうち(1)の鉱工業には(a)造船(兵庫・長崎),電信・鉄道,製作(赤羽(機械製作),深川(セメント),品川(ガラス)など,当初工部省所管),(b)衣料原料加工中心の模範工場(1873年内務省の設置,富岡製糸場,新町・広島・愛知・堺紡績所,千住製絨所(のち陸軍省に移管)),(c)生産手段素材確保のための鉱山・石炭坑山などがある。

 その後,北海道開拓使と工部省の廃止(1882,85)および官業払下げの進展にともない,(1)(a)の電信・鉄道,(3)を除き大部分が民営化または廃止され,産業資本の確立期(1890-1907ころ)に官営工業は再編され,さらに新設されて,第2次大戦前の日本資本主義におけるその基本的骨組みがつくりだされる。その第1は,軍工厰(その拡大・強化),第2は交通運輸(電信・電話の拡大と鉄道の既設部分に加えて幹線鉄道の国有化と植民地進出,1906年鉄道国有化法と京釜鉄道買収法の成立,南満州鉄道株式会社の設立),第3は官営八幡製鉄所の設立(1904年操業開始)と関連鉱山の国有化,第4は財政収入目的の専売事業(タバコの製造を含む専売制度の確立)である。帝国主義への転化(1907前後)以降,これらがさらに内包的に拡大し,植民地への進出,特殊銀行の設立,大蔵省預金部資金の動員とあいまって,膨大な国家資本の体系をつくりだした。
官業払下げ →殖産興業
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官営工業と呼ばれるものには,中国では前近代の各王朝が営んだ宮廷手工業があるが,ここでは近代的官営工業を扱う。なかでも,同治年間(1862-74)に開始された武器製造を主な目的とする国営工場が著名。太平天国を鎮圧した勢いを背景に,両江総督曾国藩,江蘇巡撫李鴻章,浙江巡撫左宗棠などの漢人官僚が台頭し,みずからの実力を蓄えるために,各地に軍需工場を設立した。1863年,曾国藩は安慶軍械所を設立し,西洋人技師を雇用せずに火器・小型汽船の製造を開始した。一方,李鴻章は上海製礮(せいほう)局,蘇州製礮局を設立し,65年これらを合して上海に江南製造局を開き,外国人技師を招致して,武器・弾薬・汽船を製造した。66年左宗棠は福州に福州船政局(福州馬尾船厰)を設立し,フランス人技師および職工数十人を雇って機械の製造法を伝えさせ,イギリス人技師は航海法を講じた。雲南,山東,吉林,浙江などの各地方にも次々と機器局が設立され,それらは各地の関税を資金源としていた。その後,張之洞,盛宣懐が中心となり,官営の鉱業・金属工業・紡績工業などが開始されるが,資金,経営の両面では,官営から転じて官督商辦方式に多く移行した。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「官営工業」の意味・わかりやすい解説

官営工業
かんえいこうぎょう

資本主義成立の過程で明治政府により育成された工業。欧米列強のアジア進出に対抗するため、政府は富国強兵、殖産興業の政策を掲げて、資本主義の形成を目ざした。明治維新後、政府は、権力による早急な資本主義化を推進するため、旧幕府や諸藩所管の洋式の機械工場や造船工場、軍事工場などを官収して、それを基礎に官営工業を発足させた。明治初期、それらの施設を統合、管理した中央官庁が1870年(明治3)に開設された工部省である。当時、同省管轄の官営工場としては、赤羽(あかばね)工作分局(機械)、深川(ふかがわ)工作分局(セメント)、品川(しながわ)工作分局(ガラス)と兵庫、長崎の両造船所があり、また兵部省(1872年以降、陸・海軍2省に分割)管理の東京、大阪両造兵工廠(こうしょう)、横須賀造船所などが官営軍事工場として存在した。1873年11月内務省が創設されると、富岡(とみおか)製糸場羊毛精製の千住製絨所(せんじゅせいじゅうしょ)、新町(しんまち)紡績所などの加工部門が官営模範工場として新設された。工部省の初期官営工場が、西欧技術の直輸入を前提とした移植産業中心であったのに対して、内務省のそれは、江戸時代以来の在来産業に注目して、その部門を育成し、増加の一途をたどっていた羊毛、綿糸などの輸入を減少させようというねらいがあった。こうした官営工場には、官営鉱山とともに、当時、イギリス人をはじめ多数の外国人技師が雇用されて技術を指導した。また政府は官営工場に多額の投資を行ったが、それらの大部分が欠損を累積させた。このため、政府は1880年「工場払下概則」を布達するとともに、翌年、農商務省の設置を図り、官営事業の整理、縮小の方針をとった。その結果、千住製絨所、新町紡績所などは農商務省に移管され、また1880年代なかば以降、官営鉱山とともに官営製糸・紡績工場や造船所などが順次民間に払い下げられた。ただ官営工場のなかでも、東京、大阪両造兵工廠や横須賀造船所などの軍事工場は払下げの対象から除外され、1890年代以降になると、東京、大阪砲兵工廠と改称され、横須賀造船所も海軍工廠に拡充されるなど、整備、統合されていった。また日清(にっしん)戦争後、銑・鋼鉄の自給の必要性から、戦時賠償金で、1897年官営八幡(やはた)製鉄所が設立されたことは、官営工業の歴史のうえで画期的な意味をもった。

[石塚裕道]

『石塚裕道著『日本資本主義成立史研究』(1973・吉川弘文館)』


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百科事典マイペディア 「官営工業」の意味・わかりやすい解説

官営工業【かんえいこうぎょう】

政府直営の工業。明治政府は殖産興業の名のもとに率先して欧米の新産業を移植し新技術を導入した。それは軍事工業(兵器廠),製鉄,造船,鉱山(官営鉱山),鉄道,製糸・紡績等に及び,資本主義の発達に大きな役割を果たした。その多くは漸次民間に払い下げられた(官業払下げ)。なお中国では,歴代の王朝政府が営む宮廷手工業をさすこともあるが,特に清末の洋務運動の中で,日本の場合とほぼ同様の部門に行われた政府直営工業をいう。
→関連項目工部省新町屑糸紡績所日本

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