宗教音楽(読み)しゅうきょうおんがく

精選版 日本国語大辞典 「宗教音楽」の意味・読み・例文・類語

しゅうきょう‐おんがく シュウケウ‥【宗教音楽】

〘名〙 各種宗教の儀式や布教上の必要に伴って発達した音楽。カトリックグレゴリオ聖歌オルガン音楽プロテスタントの讚美歌、仏教の声明(しょうみょう)、儒教から発達した雅楽など、重要な音楽形式を生み出したものが多い。
※洋楽手引(1910)〈前田久八〉唱歌「宗教音楽(シウケウオンガク)は唱歌のみでなく、広い意味に於ける音楽の源であるのであります」

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デジタル大辞泉 「宗教音楽」の意味・読み・例文・類語

しゅうきょう‐おんがく〔シユウケウ‐〕【宗教音楽】

宗教儀式に伴って発達した音楽。キリスト教グレゴリオ聖歌ミサ曲、仏教の声明しょうみょうなど。
宗教的題材による演奏会用音楽。レクイエムオラトリオなど。

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改訂新版 世界大百科事典 「宗教音楽」の意味・わかりやすい解説

宗教音楽 (しゅうきょうおんがく)

諸宗教における典礼音楽ばかりでなく,広くは宗教的な色合いをもつ音楽をも包含する概念。今日の未開民族における宗教と音楽との混然たる状態は,遠い昔における人類の宗教と音楽との未分化の姿を示していると考えられる。他方,世俗化ないし非宗教化が極度に促進されたかに見える現代の先進社会において,ケージシュトックハウゼンらの〈前衛音楽〉,メシアンの総合的芸術,若者たちの熱狂的〈ポピュラー音楽〉などの根底に流れているものは何なのかと問うとき,そこに宗教的なるものの存在をうかがうことができるともいえよう。

 音楽の始原状態と見られる呪術的,儀礼的な音楽や舞踊が今日においても残存している。それらはしばしば非常に力強いものであり,芸術音楽にも多大の刺激を与えるものが少なくない。C.ザックスらの比較音楽学やその後の民族音楽学は,これらの領域の研究を促進して,音楽学,芸術学などに新しい寄与をなしつつある。

西方の古代文明における音楽の研究は近来ますます進展を見せているが,そこでは宗教音楽が根幹をなしていた。ひいてはピタゴラス学派に始まり古代ギリシア以来現代に至るまで,全文化的に大きな影響を及ぼしている宗教的・数学的音楽観もそれらに関連がある。古代エジプト神殿音楽の片鱗が,コプト典礼音楽(コプト音楽)にうかがわれるという説もある。日本の神道などでも用いられている〈がらがら〉の一種であるシストルムは,イシスの礼拝に用いられた金属楽器の同類である。さらに,モーツァルトの《魔笛》にはフリーメーソンに関連して,古代エジプト以来の〈オカルト〉的伝承の独自な意味づけが見られる。

カースト制の最上位にあるブラーフマナは,古い宗教的・哲学的音楽文化を継承し,発展させてきた。11世紀以来のイスラムの進出によって北方のヒンドゥスターニー音楽は南インドのカルナータカ音楽に比して,イスラムの強い影響をうけた。しかし,両者の音楽とも,今日に至るまでヒンドゥー教と不可分的なつながりをもってきた。バラモン教文献はベーダと総称されるが,その歌唱の伝承は古代唱法をかなり忠実に伝えているものがあるとされている。4種の祭官に分掌される〈リグ〉〈サーマ〉〈ヤジュル〉〈アタルバ〉の各ベーダのうち,とくに《サーマ・ベーダ》などが古式を伝えている,ともいう。それらに,日本の声明(しようみよう)の遠い祖先と考えられるような唱法が現存している。キールタナと呼ばれるヒンドゥー教の祈りの歌は,14世紀ころ以来のものという。インドは多彩な民衆的宗教音楽においても,世界的宝庫である。

文字の国である中国では音楽関係の文字から,その宗教的起源が知られる。歌の基本字形は可であり,可は祈りの器である(さい)と,それに木の枝をふりかざす形であるとされる。したがって歌はもと呪術的な目的で歌われるところの〈呪歌〉であったと考えられる。楽は古い字形では巫女がシストルムを振りながら舞う形をよく示しているので,楽も古くはシャーマンが医療のために舞ったことに起源しているとされる。舞はもと,巫女の行う雨乞いの舞いであるという。舞の字の下の舛は両足を左右に開く形で,舞いの姿であり,無はその声符である。やがて孔子に帰せられる儒教の礼楽思想の中で音楽は重要な位置を占め発展した。他方,民俗的信仰と老荘思想や仏教とも習合した道教が中国社会に根づくとともにその音楽も,今日なお生き続けている。

古代以来,ユダヤ人は独自の宗教とその音楽とで知られてきた(ユダヤ音楽)。その基本となっている《詩篇》の歌は,一定の旋律定型に従って,散文の歌詞を歌うものである。それはグレゴリオ聖歌の重要母体となったが,現在伝承される音楽では東洋的なメリスマが豊かである。古代にはリラ,縦笛,手太鼓なども用いられた,現在も使われているショファルという角笛は,楽器とはいえず,普化(ふけ)宗の伝統で尺八が〈法竹(ほつちく)〉と呼ばれるのにならえば〈法器〉というべきかもしれない。1000年の離散の間に,ユダヤ教徒の音楽はそれぞれの地方的特色をも加えながら,絶えずその優れた音楽性によって,人類の音楽文化に影響を与え続けている。

新約聖書における〈主の晩餐〉関係の記事やパウロの書簡などに散見する記述によって,当時のユダヤ教徒たちの歌がキリスト教の音楽の起源となったことは明らかである。しかし,ユダヤ起源の音楽と並んで,古代ギリシア・ローマの音楽文化との結びつきも重要であった。今日まで伝えられている古代ギリシア文字譜は約1ダースにすぎないが,それらには本来は宗教的行事でもあった古典悲劇からの断片もある。またその最も長大な歌《デルフォイの第1アポロン賛歌》が音楽学者たちによって〈日本的旋律〉と呼ばれているほど,われわれの伝統との類縁を感じさせるものであることは,特筆に価する。ピタゴラスらをはじめとするギリシアの偉大な音楽文化は,キリスト教音楽の発生と発展に不可欠のものであった。エジプトのオクシュリュンコスで発見されたギリシア文字譜は,すでに初期キリスト教の霊的な歌の一例である。東方典礼を代表するビザンティン聖歌や西方典礼におけるグレゴリオ聖歌は,今日に至るまで古い伝統を生き生きと伝えてはいるが,そのいずれにも9世紀以前の楽譜は存在しない。両伝統の古楽譜との関連,その解読は最近大きな進展を見せている。もし最古のキリスト教聖歌の片鱗がシリア,コプト,エチオピア聖歌などの伝承に残存しているとすれば,最古の聖歌は多分に〈東洋的〉であったと想像される。グレゴリオ聖歌を根底として発展したローマ典礼音楽は,中世盛期以来の教会多声音楽を生み,ルネサンス・バロック期の華やかな対位法的大芸術から古典派の管弦楽付典礼音楽にまで至る。ルターに始まるプロテスタント教会が生んだH.シュッツやJ.S.バッハらの大作品の伝統は,今日においても一つの頂点をなしている。他方,ハイドン,モーツァルト,ベートーベンを擁するカトリック典礼音楽の高みは,F.シューベルト,ブルックナー,C.フランク,フォーレらに継承される。東方典礼はロシアにおいて独自の典礼音楽の発展を示したが,ボルトニャンスキーの無伴奏の大合唱芸術において一つの頂点に達した。一般的に非宗教的,ないし反宗教的傾向が強い近代および現代においても,いわゆる〈ヨーロッパ音楽〉はその代表的作品において一貫してキリスト教的である。現代においてウェーベルンやメシアンには純典礼作品はないが,聖歌や聖書に関連した宗教的作品に満ち満ちている。他方,第2バチカン公会議をめぐって典礼の純粋化も促進され,また諸教会,諸伝統の出会いや融合もいたるところで見られるようになった。例えばフランスのテゼーの〈兄弟団〉をめぐるエキュメニカル(教会合同)な典礼と聖歌の運動は,日本にも影響を及ぼしている。

たとえば東大寺の〈修二会〉に際して歌われる声明やホラガイなどの吹奏は,最も古い仏教音楽を伝えているものと考えられている。天台,真言の両声明の伝統は平安時代以来,現在までの日本声明の根幹をなしてきたばかりでなく,日本のさまざまな伝統音楽の起源ともなっている。鎌倉時代以来の禅の伝統では,とくに永平寺に,道元に基づくと思われる驚くべき静けさと霊的リズムの〈音楽〉が,今日も20種を超える〈打楽器〉で形成されている。臨済宗,さらにその流れを汲み江戸時代に移入された黄檗(おうばく)宗も独自な禅音楽を伝えている。禅の一派である普化宗は,尺八吹奏を坐禅に比し得る修業と考え尺八楽を生んだ。チベットのラマ僧の音楽は,日本以外の仏教音楽として広く知られ,近来研究が進んでいる。現在の中国での仏教寺院の音楽は道教のそれとの結びつきが多く,にぎやかに響く。

宮中における御神楽(みかぐら)および民間における里(さと)神楽に,伝承がうかがわれる。雅楽は,仏教法要でも神道でも用いられてきた。日本の神道も仏教も早くから道教の影響を受けてきたことが明らかにされているが,その音楽学的研究は今後の課題であろう。

尖塔から祈りの時を知らせるアザーンのほかに,厳密な意味での〈音楽〉はないといわれているが,神秘主義の諸伝統では信心業のための歌,ないし音楽が存在する。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「宗教音楽」の意味・わかりやすい解説

宗教音楽
しゅうきょうおんがく

宗教となんらかの形で結び付いて演奏される音楽。音楽と宗教の結び付きはきわめて深く、古今東西の宗教はそれぞれ独自の宗教音楽を発展させており、その様式や種類も非常に多い。これは、音楽が形にとらわれない音を素材にし、論理を超えて直接的な感動をもたらしうることが、なんらかの意味で宗教と一種の類似性をつくりだしているためとも考えられる。

 ギリシア神話の楽人オルフェウスの物語にもみられるように、音楽あるいは楽器の創始者を神とし、また音楽の力の神秘さをたたえる説話は世界各国に広く認められるものであり、原始宗教においては音楽的行為即宗教的行為とみなしうるものが少なくない。また、宗教とよべるほどのものをもたない原始社会の呪術(じゅじゅつ)や魔術においては、呪文や祈祷(きとう)の際、日常の声ではない特別な声を使い、つまり一種の歌う行為によって自分を超え、人間を超えるのであり、こうした例は世界各地にみいだすことができる。このようにみると、宗教は音楽の起源とも結び付いているといえよう。

 文化民族における宗教においても、音楽はきわめて重要な地位を占めてきた。バラモン教、ヒンドゥー教、仏教、チベット仏教(ラマ教)などは、それぞれの地域に固有の宗教音楽を形成してきた。中国の儒教には「礼楽一致」の思想がみられる。日本の神道(しんとう)や仏教でも、前者には神楽(かぐら)(御(み)神楽)、東遊(あずまあそび)、祭囃子(まつりばやし)など、後者には声明(しょうみょう)、盲僧琵琶(もうそうびわ)、普化(ふけ)尺八など、独自の音楽を発展させている。古代メソポタミア、エジプト、ギリシア、ローマなどにも、宗教的行事に結び付いてそれぞれ音楽が行われていたことは、記録、伝承などから明らかである。そして以上の宗教では、舞踊も、音楽と結び付いてかなり重要な役割を果たしていたことがうかがわれる。

 古今の大宗教のうち、音楽に対して消極的であり、原則として礼拝における音楽の使用を排するのはイスラム教だけといえる。その正統派は、教義上、音楽を官能的快楽をもたらすものとして容認していないにもかかわらず、コーランの読誦(どくしょう)や、礼拝の時を告げる呼びかけとしてのアザーンなどには、当事者の意識とはかかわりなく、明らかな音楽的展開が示されていることは注目されてよい。

 これと対比的に、ユダヤ教、そしてその強い影響下で成立したキリスト教は、その教義を反映して音楽を重要視し、積極的に芸術的な宗教音楽を育成してきたのであるが、この内部でも、中世以来、教会音楽の美化、技巧化が問題とされ、禁令の出されることもたびたびであった。そのもっとも有名なものが16世紀のトレント公会議(1545年に初めてトレントの聖堂で開かれたカトリック教会総会議)で、技巧的な宗教音楽を追放しようとしたが、結局音楽は生き延び、今日の世界の音楽のなかでキリスト教音楽の占める比重はきわめて大きなものがある。そのため、日本においてさえも、宗教音楽の語はキリスト教音楽の意味で理解されるのが普通であったが、近年では民族音楽の分野の研究の進歩とともに、各地・各宗教の音楽とその相互関係などについての再検討が進められている。

 なお、もっとも高度に発達したキリスト教音楽を例にとって宗教音楽を区別すると、大きく次の六つに分けることができる。(1)礼拝儀式のための典礼音楽、(2)便宜的に礼拝に使用できる準典礼音楽、(3)正規の典礼ではないが習慣的に教会で執行される宗教行事のための音楽、(4)私的な祈り、信徒の信仰を励まし、布教するための伝道音楽、(5)宗教民謡、(6)宗教的題材によった鑑賞のための演奏会用宗教音楽、以上であるが、宗派・教派によりその名称と範囲には差がある。

[皆川達夫]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「宗教音楽」の意味・わかりやすい解説

宗教音楽
しゅうきょうおんがく
religious music

ある宗教の儀式に用いられる典礼音楽と,直接には典礼に用いられないが宗教的内容をもつ音楽とを総称していう。諸芸術のなかで特に音楽は宗教との結びつきが強く,かつ深い。音楽がその発生期において宗教的儀式と一体となっていたことは明らかであり,音楽の発展の初期の段階において宗教が果した役割は非常に大きい。イスラム教を除いて世界のほとんどの宗教は典礼に音楽を用いており,それぞれの音楽の発展のうえに大きな貢献をしている。たとえばグレゴリオ聖歌はローマ教会の代表的な典礼音楽であるばかりでなく,のちのヨーロッパ音楽の発展の母体となった。日本でも,仏教音楽の声明 (しょうみょう) が能楽の要素となるなど,宗教音楽と世俗音楽の交流は随所にみられる。

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