宗教美術(読み)しゅうきょうびじゅつ

改訂新版 世界大百科事典 「宗教美術」の意味・わかりやすい解説

宗教美術 (しゅうきょうびじゅつ)

宗教はまず主観的な心的現象として現れるが,それは一般に客観的な共同的・社会的現象としての形をとる。そして超人間的存在に対する祈願ないし礼拝のための共同の場所が要求される。それは原始宗教にあっては洞窟,森など主として自然のなかに選ばれるが,発達した宗教においては特殊な構造をもった建築を要求する。かくて成立する宗教建築は早くから造形的努力の主要な対象であった。さらに,自然物そのものに神格を与える場合は別として,一般の宗教には超人間的存在に一定の可視的形象を与えてこれを礼拝祈願の対象にする傾向がある。それはときには記号的・象徴的であるが,人間の形をかりる場合も多い。神像や仏像がこれである。ただし,超絶的な無限の威力をもつ存在に物質的な有限な形を与えることは,その本質をそこなうことになりはしないか,換言すれば偶像崇拝になりはしないかという心配が起こる。かくてユダヤ教は偶像崇拝を禁止し,神的存在の図像表現を抑制した(ただし実際にはこの抑制は必ずしも徹底しなかった)。キリスト教は初期には宗教図像の表現に反対する神学者が多かったし,8~9世紀にはビザンティン帝国で過激な聖像破壊運動(イコノクラスム)がおこなわれ,また近代のプロテスタントはこの聖像否定の立場を受けついでいる。7世紀に現れたイスラムも徹底した反宗教図像の立場をとり,したがってここでは植物・動物あるいは抽象的形態をモティーフとした独特の装飾美術が発達した。これは本来的な意味で宗教美術とはいいがたい。東洋では前3世紀ころから始まった仏教美術においては,釈迦はしばらく人間の形をもっては表現されず,象徴(仏足跡,蓮華,法輪,菩提樹,仏塔など)によってその存在が示されただけであった。その理由はユダヤ教やイスラムなどの場合と同様であったろうと思われる。しかし仏教がヘレニズム美術の様式・手法と接触するにおよんで,1世紀の末ころから,釈迦の像が人間の形によって表されるようになった。

キリスト教でも初期にはキリストは象徴的に表されることが多かったが(小羊,ハト,魚,ブドウの木,クリスモンなど),しだいに直接の表現へと移っていった。キリスト教にあってはキリストそのものにおいて神性と人性が,霊性と物性が,超自然と自然がそれぞれ結合しており,感覚的手段(美術)による超感覚的存在(神)の掌握のために宗教図像が理論的に認められやすいのである。秘跡を積極的に認めるカトリック教会ギリシア正教会で宗教図像美術が発達するのは当然である。こうして宗教図像が理論的に容認されると,図像体系(イコノグラフィー)が発達する。宗教が社会的性格をもつ限り,宗教図像には信徒に共通に理解されるために定まった約束がなければならない。この約束が体系化して一つの秩序をなすわけである。

しかし宗教図像が宗教美術の名に価するためには,それが単に外的に図像学的法則にかなっているだけでなく,より深く内的に宗教的性格をもつものでなければならない。見るものの宗教感情にまで深く訴える力をもつものでなければならない。それならばなにが宗教的性格であるかというと,これは必ずしも概念的に規定しにくいが,いくつかの原則ないし傾向を示すことができよう。すなわち宗教美術においては,表現様式があまり現世的,感覚的,物質的であってはならない。表現対象の本質と相反するからである。また過度に抽象的・観念的であってもいけない。現在性が要求されるからであり,また一般の感覚によって掌握されにくいし意味をなさぬからである。宗教美術はまた鑑賞用の美術としての受動的性格をもつだけではいけない。信徒の宗教感情を強く刺激する能動性をもたねばならない。いわゆる正面性(フロンタリティ)の法則はこの一つの結果と解されよう。多人数を表すばあい,主要人物は大きく表される傾向がある。大小によってその人物の倫理的ないし宗教的価値が類比的に象徴的に表示されるのである。こういった宗教的性格は,図像が教義的(とくに礼拝対象)であるか,説話的であるかによってかなり異なる。また直接に宗教的性格を要求されぬもので広義の宗教美術に入るものもある。宗教建築における純粋装飾や宗教工芸品のある種のものなどがこれである。こうして東西各時代に発達した宗教美術は,過去の美術史においてひじょうに重要な位置を占めてきた。西洋における近代以後の純粋美術,および東洋における花鳥・風景画などを除いては,先史時代以来ほとんどあらゆる美術が,宗教美術としての性格をもっていたと考えることができる。
キリスト教美術 →象徴 →図像 →仏教美術
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「宗教美術」の意味・わかりやすい解説

宗教美術
しゅうきょうびじゅつ

宗教上の目的でつくられた美術のことで、建築、絵画彫刻、工芸、書などあらゆる分野が含まれることが多い。その歴史は古くさかのぼり、たとえば、インダス文明のシール(封印)などに刻まれた牛や神像なども、呪術(じゅじゅつ)的な意味をもつものであれば宗教美術とよんでもよいわけで、同様に、ラスコーアルタミラの洞窟(どうくつ)絵画についても原初的な宗教性が認められる。つまり原始美術にあっては、洋の東西を問わず、宗教性、換言すれば、超人間的存在に対する畏怖(いふ)、祈願といったものを造形的手段を用いて表現している。

 歴史時代に入り、宗教美術が明確な形をもつようになると、各宗教には相違する点、共通する点が示され、あるいは相互に影響を及ぼしながら特色を発揮する。仏教では、神格化された釈迦(しゃか)像は紀元1世紀末ころに初めてつくられ、それまでは宝輪、宝樹、足跡などをもって象徴されていた。またキリスト教でも初期には小羊、鳩(はと)、魚などで象徴的に表されることが多かった。それは、釈迦でもキリストでも超現実的な無限な霊威を備えた存在を、人間の形をもって表すことは神格の冒涜(ぼうとく)であるとみなされたからである。イスラム教やユダヤ教が偶像崇拝を拒否するのも同じ理由によると思われる。仏教がヘレニズム美術の影響を受けて仏像をつくるに及び、人間としての釈迦像は東アジア各地に民族性の濃い美術を普及させた。一方イスラム教は具体的な人間表出を禁ずる反面、草花や幾何学文様など装飾美術に多様な展開をみせるようになった。

 ヨーロッパにおいては、中世、近世を経てキリスト教美術が主流となり、西欧美術はキリスト教一色に塗りつぶされている感があるのに対し、アジアにおいては、仏教、イスラム教のほかにもゾロアスター教、ジャイナ教、ヒンドゥー教、チベット仏教(ラマ教)、道教、あるいはわが国の神道(しんとう)など、地域によって宗教を基盤にした美術がつくられてきた。

 宗教美術の特性は、鑑賞用の純粋美術と比べ、現実的、感覚的であってはならず、神への崇敬を無条件に呼び起こす、宗教的刺激を与えるものでなければならない。キリスト教の聖書、仏教の経典などがよりどころになってつくられるものであるが、その内容の表出には作者のイマジネーションの大きな飛躍が要求される。中国では古くから純粋に鑑賞を目的とする絵画が描かれたが、人類の歴史からみれば、その長い歴史のほとんどは宗教美術の歴史といっても過言ではない。

[永井信一]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「宗教美術」の意味・わかりやすい解説

宗教美術
しゅうきょうびじゅつ
religious art

あるものに超人的威力を感じ,それに畏怖,驚異,信頼の情をいだいて祈願礼拝し,あるいは祭祀儀礼を行う場合,人間には具体的な対象を想定する傾向がある。その際,それらがなんらかの美的意匠を目指して具象化されたもの,あるいは後世になって美的対象として鑑賞されたものを宗教美術という。

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