安宅(能)(読み)あたか

日本大百科全書(ニッポニカ) 「安宅(能)」の意味・わかりやすい解説

安宅(能)
あたか

能の曲目。四番目物。五流現行曲。『義経記(ぎけいき)』などに拠(よ)ったもので、観世小次郎信光(のぶみつ)の作とも、不明ともいわれる。関守の武士の情を強調する歌舞伎(かぶき)の『勧進帳(かんじんちょう)』の原典としても名高いが、関守の富樫(とがし)(ワキ)と弁慶一行(シテとツレ大勢)との力の激突の演出に能の主張がある。『勧進帳』が伴(とも)の山伏を四天王とし、いっそうの様式化を果たしているのに対し、『安宅』では本文どおり12人近くの山伏が登場する。義経(よしつね)の役を子方とするのも能の演出である。偽(にせ)山伏となって奥州へ下る義経主従を捕らえるための新関が設けられる。都から北陸路にかかる義経一行。山伏に限って通さぬ関との情報に、義経は荷物持ちに身をやつす。関守の阻止。祈祷(きとう)による威嚇(いかく)。白紙の勧進帳(東大寺再建のための寄付集めの趣意書)の読み上げ。見とがめられた義経。主君を金剛杖(こんごうづえ)で打つ弁慶の苦しみ。力で制圧して関を通る一行。山中での愁嘆。関守の追尾薄氷を踏む思いで弁慶は酒宴に舞い、ついに虎口(ここう)を脱する。以上、緊密な構成集団による能舞台の活用のみごとさ、劇的な現在能の大作である。漢文調の勧進帳の謡はとくにむずかしい作曲で、弁慶の舞にも、寺院の伝える芸能である延年の舞を加味した、変化に富む演出が伝承されている。なお、後にこの能から、浄瑠璃(じょうるり)、長唄(ながうた)、歌舞伎などに、いわゆる「安宅物」というジャンルが生まれた。

増田正造

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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