学術成果の還元(読み)がくじゅつせいかのかんげん

大学事典 「学術成果の還元」の解説

学術成果の還元
がくじゅつせいかのかんげん

[大学の社会との相互関係]

知識社会の到来に伴う学術成果への期待が高まり,社会への応答責任(社会還元)として大学に要請される概念。現代の大学には経済・社会・文化における多元的な社会との交渉関係がある。大学の学術成果の還元とは,教育・研究活動により蓄積された知識・ノウハウ・知的財産などの知識を社会の要請に応じた形態で提供することで利活用を図ることである。近年は,産業や国際競争力確保の観点で経済活性化のためイノベーションを求める期待が強い。とくにバイオテクノロジー,情報通信,医薬品など「サイエンス型産業」と呼ばれる産業化・商業化の源泉として重視される。

 学術成果の還元は,大学の第3の機能であるサービスに係る文脈でおもに議論される。教育・研究といった長期的視点での社会貢献以外に,さまざまな次元での知識移転の関係がある。その背景には,知識社会における次世代産業基盤創造と文化継承に果たす学術・知識に対する役割,政策レベルの知的財産の創造と活用・継承,産業競争力や経済活性化,企業の新技術・製品の開発に際して組織の枠を超えて幅広く技術・アイデアの結集を図るオープン・イノベーションの技術開発戦略,生涯学習機会の提供などのエクステンション活動など地域振興の核となる大学組織への期待の高まり等がある。

[社会還元の歴史的経緯]

大学の学術成果の社会還元のチャンネルは,知識社会化の中,大学が機能的・制度的発展を遂げるのと軌を一にその手段が多元化してきた。近代大学以前では,大学の最大の社会貢献とは職業的レリバンスのある専門的人材を,専門職の共同体内で技能の伝承を通して供給することであり,高等教育の範囲で完結していた。科学技術研究の専門職化と制度化が進展し,大学での研究機能が充実すると,公的資金の対価もしくは専門職化した研究者である大学教授職の応答責任として,学術的成果としての知識を活用した社会還元が求められるようになった。さらに,大学がマス化・ユニバーサル化によって組織的拡大を遂げると,立地する地域においても,地域におけるサービスを担う組織として地域振興や産業振興への役割が期待されるようになった。

[アメリカ大学モデルの発展と普及]

20世紀前半に研究大学(アメリカ)が発展したアメリカ合衆国では,第2次世界大戦中の科学動員(アメリカ)を契機として,研究成果を直接的に社会で応用するプロジェクト型の科学研究を大学が主体的に担うようになった。戦後,独立した政策分野として科学政策(アメリカ)が誕生し,冷戦下基礎科学のもたらす学術的成果は,直接的に役に立たなくとも将来的な技術進歩シーズとして川下の産業にスピルオーバー(spill over)することで結びつくという考え方(linear model)のもと,基礎研究・純粋科学研究への公的研究開発投資が正当化された。実際に,軍事研究のスピルオーバーが産業界へ開放・技術移転されることで,電子部品やインターネットなどの情報通信分野で新産業創出のイノベーションをもたらした。

 冷戦が終わり,日本やドイツの経済力が増してアメリカの経済力が伸び悩むと,学術成果をシーズに新産業の創出を図る「新しい技術の開発,導入,普及に関連する私的・公的セクターのネットワーク」であるNIS(National Innovation System)が注目され,知的財産の保護・活用に経済的劣勢の打開策を求める「プロパテント政策(アメリカ)」が生まれた。アメリカでは公的研究開発資金による研究開発成果に由来する特許権を発明者の帰属とする,「バイドール法(アメリカ)Bayh-Dole Act(アメリカ)」(1980年)による学術成果の産業化と商業化が進められた。これら国際競争力の確保と新産業の創出・保護育成を行うイノベーション政策実践は,OECD加盟国などを中心に各国に普及した。

 日本においても,1990年代以降,大学が生み出す学術的成果に社会的付加価値や新産業を創出するプロセスとしての産学連携(日本)が注目され,産学連携やプロパテント技術移転政策が大学改革に結び付けられた。研究交流促進法や大学等技術移転促進法など,おもに産業技術や科学技術政策の観点から研究交流・技術移転を促進する取組みが行われてきたが,2004年の国立大学法人化に続き,2005年の「我が国の高等教育の将来像(中教審答申)」,さらに2006年の教育基本法で明文化された。

[学術成果の商業化と大学]

知識社会への大学組織の起業家的対応を,バートン・クラーク,B.R.は起業家的大学(Entrepreneurial University)と表現した。一方,学術成果の商業化(学術成果)(commercialization)と科学知識の私有化(学術成果)(privatization)を追求する大学の企業化には,科学の公有制と伝統的な大学像の変容を,アカデミック・キャピタリズム(academic capitalism)という用語で批判する向きもある。ただ,学術成果の社会還元のチャンネルは,産学連携や特許のライセンシングといった理系(実験系)に見られるような,大学が研究成果と経済的便益の双方を追求する契約により公式化された活動に限らない。学会を通じた非公式なコミュニケーションによる産学官の知識の移転,人文社会科学系での著書発行や教員ベースでの審議会への委員等としての政策過程への参加・貢献,さらに教員以外の地域における社会活動への学生のボランティア活動への参画,図書館開放や出前講座などエクステンション・生涯学習の機会提供など,必ずしも教員組織にもよらない大学組織としての多元的な活動がある。
著者: 白川展之

参考文献: S. スローター,G. ローズ著,阿曽沼明裕ほか訳『アカデミック・キャピタリズムとニュー・エコノミー―市場,国家,高等教育』法政大学出版局,2012(原著2004).

参考文献: Clark, Burton R., Creating Entrepreneurial Universities: Organizational Pathways of Transformation, Emerald Group Publishing, 1998.

参考文献: 白川志保,白川展之「国立大学の産学連携・地域社会貢献とアカデミックプロフェッションのための組織マネジメント―民間プロフェッショナル組織との比較とNew Public Managementの視点から」,広島大学高等教育研究開発センター編『大学論集』38(山野井敦徳教授退官記念),2006.

出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報

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