(読み)やっこ

精選版 日本国語大辞典 「奴」の意味・読み・例文・類語

やっこ【奴】

[1] 〘名〙 (「やつこ」の変化したもの。近世以後用いられた)
① 人に使役される身分の賤しい者。奴僕。下僕。家来。また、比喩的に、物事のとりことなってそれにふりまわされる人をいう。
浄瑠璃・国性爺合戦(1715)一「御辺はいつのまに畜生の奴(ヤッコ)とはなったるぞ」
② 人をののしったり軽くみたりしていう語。自分を卑下しても用いる。
※洒落本・南客先生文集(1779‐80)「『あっちの客ア誰だ』『エエもうすかねへやっこさ』」
江戸時代、武家の奴僕。日常の雑用のほか、行列の供先に立って、槍や挟箱などを持って振り歩く。髪を撥鬢(ばちびん)に結び、鎌髭(かまひげ)をはやし、冬でも袷(あわせ)一枚という独特な風俗をし、奴詞(やっこことば)ということばを用い、義侠的な言行を誇った。中間(ちゅうげん)
※咄本・百物語(1659)下「山もとのやっこ、山椒を買けるに」
④ 江戸時代の侠客、男だて。旗本奴、町奴と呼ばれ、武士や町人が、徒党を組み、派手な風俗をして侠気を売り物にした。
※咄本・百物語(1659)下「あづまのやっこを見侍しが、をとに聞しに十ばいせり」
⑤ 遊女などが、④の言動や気風を好み、それに似せたもの。また、その遊女。
※評判記・色道大鏡(1678)四「近世まのあたり見をよびたる奴(ヤッコ)には、江戸の勝山、〈略〉大坂にては八千代・御階・大隅等也」
⑥ 京の祇園会の際に、神輿の渡御に供奉した遊女。断髪で男装であったところからいう。
※雑俳・柳多留‐六(1771)「けいせいもやっこにされぬ江戸の張」
⑦ 江戸時代、江戸市中に散在した私娼、または武家方で不義をした女などで、捕われて、吉原の遊郭で一定期間遊女勤めをさせられた者。〔随筆・吉原大全(1768)〕
⑧ 江戸時代、重罪人の妻子や関所破りの女などで、乞う者に下げ渡されてその奴婢となったり、獄中にあって、雑役に従事したりした者。
※御仕置裁許帳‐六・五一一・元祿二年(1689)七月一七日「右之罪科之者悴成る故、奴に致候に付、揚り屋に入」
⑨ 「やっこあたま(奴頭)①」の略。
※浄瑠璃・義経千本桜(1747)一「坊主天窓(あたま)を奴(ヤッコ)にせうといふて見たらば猶よかろ」
⑩ 「やっこあたま(奴頭)②」の略。〔随筆・守貞漫稿(1837‐53)〕
⑪ 奴頭(やっこあたま)②の小児。また、広く幼少の者を卑しめていう場合もある。
滑稽本・東海道中膝栗毛(1802‐09)初「つれのいせまいり、これも十四五のまへがみ、あとからよびかける『ヲヲイヲヲイ長松(ちょま)ヤイヤイ』〔やっこのいせ参〕『きさいのきさいの』」
※雑俳・柳多留‐八〇(1824)「赤坂は泊女まで奴なり」
⑬ 「やっこだこ(奴凧)」の略。
※雑俳・柳多留‐一〇八(1829)「奴の胸ぐらひっつかみ風をまち」
※雑俳・小倉山(1723)「見る内に・奴と成て出るとうふ
※人情本・春色辰巳園(1833‐35)後「増吉が母親は奴(ヤッコ)と〈小ぢょくのことなり〉二人帰って来る」
⑯ 「たいこもち(太鼓持)②」の異称。〔当世花詞粋仙人(1832)〕
⑰ 二五〇、または二五の数をいう、符牒。
※洒落本・玉之帳(1789‐1801頃)一「『〈略〉かしらでの位(二百)か』『やっこ(二百五十)の買出しさ』」
[2] 〘代名〙 他称。卑しめ、ののしって用いる。また、「やっこさん」の形で、同輩以下の他人を親しんで呼ぶのにもいう。
※落紅(1899)〈内田魯庵〉一「奴(ヤッコ)なんかは唯だ面の皮を厚くして大頭に諂諛(ごま)をするのが能で」

やつ【奴】

[1] 〘名〙 (「やつこ」の変化したものという)
① 人を卑しめていう。また、目下の者、被保護者などに対して、親しみをもって呼びかける場合にも用いる。
※竹取(9C末‐10C初)「かぐや姫てふ大盗人のやつが人を殺さむとするなりけり」
② 鳥獣などを人より劣るものとして、卑しめていう。
※源氏(1001‐14頃)手習「狐はさこそは人をおびやかせど、事にもあらぬやつ」
③ 物をさしてそれを強調する俗語的ないい方。
※滑稽本・浮世床(1813‐23)初「一枚が引返しで、胴裏は紅絹の真新しい奴(ヤツ)よ」
形式名詞の「こと」の意で、それを強調する俗語的ないい方。
歌舞伎・傾情吾嬬鑑(1788)序幕「浄瑠璃を聴きながらグッと一寐入りやるやつサ」
[2] 〘代名〙 他称。他人を卑しめたり、また、同輩以下の者に親しみの感情をこめたりして用いる。あいつ、あやつ、こやつ、かやつ、きゃつ、そやつ、など指示語の付いた形で用いられることも多い。
※春潮(1903)〈田山花袋〉八「奴が苦学して、陸軍に入ったのも」

しゃつ【奴】

〘代名〙 (「そやつ」の変化した語) 他称。話し手、相手の両者から離れた人をさし示す語(中称、遠称)。第三者をののしっていうときに用いる、武士詞。→きゃつ
※平家(13C前)二「入道かたぶけうどするやつがなれるすがたよ。しゃつここへ引よせよ」
[語誌]中世武士詞として登場したと考えられる。江戸期にはこれを効果的に取り込んで浄瑠璃などを中心に合戦・軍記を主題とする武士の罵りの台詞に使用された。

つぶね【奴】

〘名〙
① 召使。下仕えの者。しもべ。下男。〔十巻本和名抄(934頃)〕
② (転じて) 仕えること。奉仕。
※読本・雨月物語(1776)吉備津の釜「朝夕の奴(ツブネ)も殊に実(まめ)やかに〈略〉信(まこと)のかぎりをぞつくしける」

ど【奴】

〘名〙
① 下層の使用人。しもべ。やっこ。召使。下僕。奴隷。〔文明本節用集(室町中)〕 〔周礼‐秋官・司厲〕
② (名詞に付いて接尾語のように用いられ) そのような人をあざけり、ののしっていう語。「売国奴」「守銭奴

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デジタル大辞泉 「奴」の意味・読み・例文・類語

やつ【奴】

[名]《「やっこ」の音変化という》
人を卑しめていう語。また、目下の者に親愛の意をこめていう語。「なんてだ」「弟はいいだ」
物事をぞんざいにさしていう語。「そっちのをとってくれ」
形式名詞こと」「もの」の意をくだけていう語。
「真っ直に東京へ入ればいい―を」〈万太郎末枯
鳥獣などを卑しめていう語。
「狐はさこそは人をおびやかせど、事にもあらぬ―」〈・手習〉
[代]三人称の人代名詞。他人を卑しめたり、対等以下の人にくだけた態度で親しみをこめたりして用いる。あいつ。「はまだ来ないか」
[類語]1彼氏彼女此奴こやつこいつ其奴そやつそいつ彼奴かやつきゃつあいつやっこさんこの方この人その方その人あの方彼方あちらあの人

やっこ【奴】

[名]《「やつこ」の音変化》
下僕。しもべ。
「生きて再び恋愛の―となり」〈福田英子・妾の半生涯〉
江戸時代、武家の中間ちゅうげん。頭を撥鬢ばちびんに結い、鎌髭かまひげを生やし、槍・長柄ながえ挟み箱などを持って行列の供先を務めた。
江戸初期の男伊達おとこだて侠客きょうかく町奴旗本奴とがあった。
奴頭」「奴豆腐」「奴踊り」「奴凧やっこだこ」などの略。
江戸時代の身分刑の一。重罪人の妻子や関所破りをした女などを捕らえて籍を削ってろうに入れ、希望者に与えてとしたもの。
男伊達の振る舞いをまねた遊女。
「近世まのあたり見及びたる―には、江戸の勝山、京には三笠、蔵人」〈色道大鏡・四〉
[代]やっこさん」に同じ。
「どっちかと言や、―の方がずっと熱をあげてるでしょうな」〈高見・如何なる星の下に〉
[類語]小姓小者中間下郎草履取り寺男作男

ど【奴】[漢字項目]

常用漢字] [音](漢) ヌ(呉) [訓]やっこ やつ
〈ド〉
金で買われた召使い。「奴婢どひ奴僕奴隷/人奴・農奴
人を卑しめていう語。「奴輩守銭奴
〈ヌ〉1に同じ。「奴婢ぬひ奴僕
[難読]彼奴あいつ・きやつ此奴こいつ其奴そいつ何奴どいつ

め【奴】

[接尾]人名または人や動物を表す名詞、代名詞などに付く。
人や動物などをののしったり、卑しめたりするときに用いる。「ばか」「こいつ
自分や自分に関することを卑下したり謙遜けんそんしたりして言うときに用いる。「私にお命じください」

つぶね【奴】

しもべ。召し使い。
「恩愛の―となりて」〈沙石集・四〉
仕えること。奉仕。
「朝夕の―もことにまめやかに」〈読・雨月・吉備津の釜〉

しゃつ【奴】

[代]三人称の人代名詞。第三者をののしっていう語。あいつ。きゃつ。やつ。
「―ここへ引き寄せよ」〈平家・二〉

ぬ【奴/怒】[漢字項目]

〈奴〉⇒
〈怒〉⇒

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改訂新版 世界大百科事典 「奴」の意味・わかりやすい解説

奴 (やっこ)

(1)古代の賤民男性を〈やつこ〉といい(〈奴婢(ぬひ)〉の項参照),その後人に使役される身分の低い者に用いられ,奴僕,下僕などともいった。(2)江戸時代には武家の日常の雑用をしたり,行列の供揃いの先頭で槍や挟箱を持って振り歩く下僕をいった。髪を撥鬢(ばちびん)に結い,鎌髭を生やし,冬も袷(あわせ)1枚で尻はしょりをするなど,目だつ服装であった。(3)江戸前期にはでで特異な服装をし,徒党を組んだ無頼の徒をいった(〈旗本奴〉〈町奴〉の項を参照)。その気風をまねた奴風の遊女なども出現した。(4)江戸の私娼をもいい,また武家方では不義をした女を一定期間吉原で遊女勤めを強制したが,これも〈やっこ〉という。
執筆者: 江戸時代の刑罰の一種。罪人を奴婢として官や私人に隷属せしめ,その人身支配の下で労役に服させる刑罰であった。幕府の《公事方御定書(くじかたおさだめがき)》は,男に誘われて関所を避け山越えした女,および関所を忍び通った女にこの刑罰を科したが,古くは磔(はりつけ),獄門,火罪(火焙(ひあぶり)),死罪の者の妻子などにも行われた。武士や町方で請う者があればその者へ下げ渡し,希望者がなければ牢屋内で使役する。同様な刑罰は諸藩においてもみられ,とくに対馬藩では広範に用いられた。
執筆者:

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「奴」の意味・わかりやすい解説


やっこ

(1)古代における隷属的使用人のこと。『古事記伝』に「賤奴の二字を夜都古(やつこ)と訓(よ)むべし。賤は良に対する賤にて、是(これ)も奴の義なり」とあり、奴僕、僕の字もあてられている。律令(りつりょう)の制定とともに、公奴婢(くぬひ)、私奴婢に編入され、延喜(えんぎ)年間(901~923)の奴婢停止令によって、法律的身分としての奴婢はなくなったが、富家の隷属的使用人としては存続し、奴ともよばれた。(2)近世において、広義には家臣という意味に使われるが、狭義にいう場合、中間(ちゅうげん)、小者などの下級武家奉公人、奴僕(ぬぼく)の呼称である。行列に供するのを供奴(ともやっこ)などという。(3)戦国末期から慶長(けいちょう)年間(1596~1615)にかけて、武家の奴僕にかぶき者が現れた。彼らは遊侠(ゆうきょう)無頼の徒であるが、しだいに然諾(ぜんだく)を重んじ義侠に富む気風を生じ、奴という名が、奴僕のことでなく、侠気があって腕がたち血気の勇ある者をいうようになった。江戸初期の旗本奴、町奴の源流である。(4)江戸時代、関所破りをした女子、重罪者の妻や娘の籍を除いて獄舎内で使役したり、貰(もら)い下げを請う者に与えて奴婢とさせた。これを奴という。また、私娼(ししょう)取締りのときに捕らえた女を取調べのうえ、奴刑が確定すれば遊女屋に引き渡した。その女を奴という。

[稲垣史生]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「奴」の意味・わかりやすい解説


やっこ

本来は家 (や) っ子で,家長に隷属する者の意。古くは賤民である奴婢をさした。江戸時代には武家奉公人の中間 (ちゅうげん) の俗称として用いられ,また旗本奴町奴の名で知られる。さらには,江戸時代,重罪を犯した者の妻,関所破りなどの罪を犯した女子に科せられた身分刑にもこの名称が用いられた。

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「奴」の解説


やつこ

(1)古代の隷属者・従者・臣下などを意味する用語。たとえば君に対する臣を「やつこ」と訓じたり,国造(くにのみやつこ)が国の御奴,伴造が伴の御奴の意であることなどに示される。(2)律令制下の男性賤民を示す用語。官奴・私奴,場合によっては家人(けにん)の男性なども奴とされる。(3)自称。自分をへりくだっていう場合に用い,「やつがれ」ともいう。(4)人をののしったり,おとしめたり,またふざけた呼びかけなどの際に用いる語。

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百科事典マイペディア 「奴」の意味・わかりやすい解説

奴【やっこ】

本来は身分の低い使用人のこと。〈家つ子(やつこ)〉の意で,律令制では奴婢(ぬひ)のうちの男子をさした。近世では武家の従僕をいい,主人の行列に槍(やり)・挟箱(はさみばこ)などを持って供先を勤めた。

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世界大百科事典(旧版)内のの言及

【賤民】より

…これに対し,賤民は不自由民で,私的・公的な権利や利益の享有に制限が加えられていた。〈賤民〉という用語についてはいくつかの理解がありうるが,以下においては,奴婢(ぬひ)や奴隷を含めて,最も広義に解釈することにしたい。 中国における奴婢(奴隷と同義)の起源ははなはだ古く,甲骨文にもみえているが,その発生の状況を明らかにすることはできない。…

【奴婢】より


[日本]
 古代の賤民。男性を奴(やつこ),女性を婢(めやつこ)と称する。律令制以前には奴隷的な賤民を一括して奴婢と称したが,大宝令(戸令)では,私有奴婢は私奴婢と家人(けにん)(家族を成し家業を有し売買されない上級賤民)に,官有奴婢は官奴婢(公奴婢とも)と官戸(かんこ)(家人とほぼ同じ身分)に分化した。…

※「奴」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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