奇術(読み)きじゅつ

日本大百科全書(ニッポニカ) 「奇術」の意味・わかりやすい解説

奇術
きじゅつ

人工的手段で日常性を超越した不思議の世界をつくりだして、見る人を楽しませることを目的とした芸能、または遊び。奇術を意味する英語のマジックmagic、フランス語のマジーmagie、ドイツ語のマギーMagieなどは、ギリシア語のマゴスmagos、ラテン語のマグスmagusからきており、その語源は古代ペルシアのゾロアスター教の僧侶(そうりょ)(呪術(じゅじゅつ)師)マギmagiであるといわれている。

 英語ではマジックのほかに、カンジャリングconjuring、トリックtrickなどともいい、それぞれ、魔術、奇術、手品などの訳語があてられ、規模の大小を表すこともあるが、本質的な違いはなにもない。日本では近年、手品というよりも奇術あるいはマジックということのほうが多い。また、奇術を表す古い英語の表現にレジャードメインlegerdemain(フランス語の「手先の早業」を意味するléger de mainが語源)や、ホーカス・ポーカスhocus-pocusあるいはハンキー・パンキーhanky-panky(ともに呪文で、奇術と同意味でも用いられた)などが使われることがある。

[松田道弘]

西洋の奇術

奇術の始まりは原始呪術の時代にまでさかのぼることができよう。奇術師が初めて文献にその姿を現すのは、紀元前1700年ごろのエジプトのパピルスの記録であり、それによると、奇術師が王の前でガチョウの首を切って元どおりにつないでみせたという。

 ギリシア時代には、前2世紀ごろのアルキフロンの『年代記』に、見せ物小屋でみかけた不思議な奇術のことが記されている。これは、3個のカップと3個のボールを使用するため、「カップと玉」cups and ballsとよばれる世界に共通する古典奇術で、中国では三星帰洞、日本では品玉(しなだま)あるいは「おわんと玉」とよばれ、現在でも盛んに行われている。

 暗黒時代とよばれる中世に入ると、奇術はその技術的進歩が止まり完全に沈滞する。教会の力が強く、不思議の業をみせる人間は悪魔と接触した危険人物とみなされたためである。このような時代に、伝統的なカップと玉の奇術だけが生き残り、旅芸人の手によって細々とその命をつないでいた。15世紀後半のフランドルの画家ボッシュの絵は、そのころの奇術師の姿をスナップ写真のようにとらえている。

 1584年ロンドンで発行された『妖術(ようじゅつ)の開示』は、英語で書かれた最初の奇術解説書であるが、著者のレジナルド・スコットReginald Scott(1538?―1599)は奇術師ではなく、この本の真の目的は、奇術という不思議の術は人間の手で合理的に行いうるもので、妖術や魔術とは無関係であることを証明することにあった。この本には、カップと玉をはじめおよそ50種の奇術とその方法が簡単に解説されている。

 17、18世紀になると、奇術は中世風の大道芸的見せ物スタイルから、独立した小屋掛けのワンマン・ショーへと移行する。18世紀に活躍した奇術師にフランスのエドモン・ド・グリジーEdmond de Grisy、イタリアのジョバンニ・ジョゼッペ・ピネティーGiovanni Giuseppe Pinettiらがいる。

 一方、18世紀の機械技術の進歩は、時計職人の余技としての自動人形(オートマタautomata)の競作を流行させた。有名な作品に、フランスのジャック・ド・ボーカンソンの餌(えさ)をついばむアヒルがある。オートマタの全盛期に人々をもっとも不思議がらせたのは、人間と実際にチェスの勝負ができる人形である。発明者はハンガリーのケンペレン男爵Wolfgang von Kempelen(1734―1804)で、これは内部に人間が隠れていて人形をひそかに操る、いわば偽ロボットであったが、メカニズムが巧妙であったため、その仕掛けを見破ることがむずかしく、見せ物が行われるたびに本物か偽物かという大論争を引き起こした。

 19世紀のなかばにフランスの奇術師ロベール・ウーダンRobert Houdin(1805―1871)は、斬新(ざんしん)でスマートな演出で奇術の近代化への道を開いた。ウーダンの人気のあった出し物は、子供を棒1本で宙に浮かせるいわゆる「人体浮揚術」と、子供と組んで演じた「千里眼ショー」であった。19世紀後半は舞台(ステージ)奇術の全盛期で、現在行われている舞台奇術のほとんどがこの時期に開発されている。その中心はフランスとイギリスで、有名な奇術に、箱の中の生首がものをいう「スフィンクス」(発明者はトマス・W・トービンThomas William Tobin(1844―1883)、1865・ロンドン初演)、椅子(いす)に腰掛けた女性に布をかけて一瞬に消失させる「消える貴婦人」(発明者はフランスのボーティエ・ド・コルタBuatier de Kolta(1847―1903)、1866・初演)、女性を何の支えもなしに空中に浮揚させる術(発明者はイギリスのジョン・ネビル・マスケリンJohn Nevil Maskelyne(1839―1917)、1867・初演)などがある。

 20世紀初頭になると奇術文化の中心はアメリカに移る。19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍した奇術師として、イギリスのチャールズ・バートラムCharles Bertram(1853―1907)、デビッド・デバンDavid Devant(1868―1941)、アメリカのアレキサンダー・ハーマンAlexander Herrmann(1844―1896)、ハリー・ケラーHarry Kellar(1849―1922)、チャン・リン・スーChung Ling Soo(1861―1918)、ハワード・サーストンHoward Thurston(1869―1936)、ハリー・ブラックストーンHarry Blackstone(1885―1965)らがいる。また手錠や水槽から脱け出すのを得意としていたため脱出奇術王とよばれたアメリカのハリー・フーディーニがいる。

[松田道弘]

東洋の奇術

インドや中国の奇術に関する資料は現在のところ非常に乏しく、その歴史的考察は正確さを期しがたい。

 インドの奇術で伝説的に有名な「ヒンズー・ロープ・トリック」の最初の記録は、14世紀アラブの旅行家イブン・バットゥータの『三大陸周遊記』のなかにある。それによると、魔術師が呪文を唱えると、ロープが棒のようになって空中に伸びていくというのであるが、だれもその実在を確認したものはない。そのほかインドの伝統的な奇術として、竹で編んだ籠(かご)に少年を入れて剣で突き刺すが少年は無傷であるという「ヒンズー・バスケット」、観客の目の前でマンゴー樹の種を播(ま)き、布をかけて取り除くたびに樹(き)が成長する過程を見せるトリックなどがあるが、ショーとして完成されるまでには至っていない。

 中国でも紀元前すでに何種かの奇術が行われていたことは種々の記録から推察される。中国では、奇術は一子相伝の形をとることが多く、文献に残ることはほとんどない。1889年(光緒15)に刊行された『中外戯法』12巻は、中国の奇術を集大成した文献として貴重である。そのなかには、手から手へ数枚の貨幣が移動する「七星聚会(しちせいしゅうかい)」、2本の紐(ひも)に通した数枚の穴あき銭を抜き取る「雙解(そうかい)金銭」といった小奇術や、皿回しのような曲芸などとともに、中国の代表的な舞台奇術である、布の下から大きな水の入った鉢をいくつも取り出す方法などが解説されている。また欧米では「チャイニーズ・リング」とよばれる、つなぎ目のない何本かの金の輪を観客の目の前でつないだり外したりして見せる奇術「巧打連環」は、その発想の独創性と貫通現象の鮮やかさで知られる。中国人が世界に誇りうる発明品の一つで、現在も世界中の奇術師の手で演じられている。

[松田道弘]

日本の奇術

奈良時代に中国から仏教文化とともに散楽雑戯(さんがくざつぎ)が伝来し、宮廷の饗宴(きょうえん)などに演じられた。散楽雑戯は中国で百戯あるいは雑伎(ざつぎ)とよばれ、奇術だけでなく、軽業(かるわざ)、曲芸、舞踊などを含めたバラエティ・ショーであった。火を吐く術、刀を呑(の)む術、瓜(うり)の種を播いて樹に成長させる術などが、この時期に輸入されたと思われる。

 平安時代に散楽は猿楽(さるがく)となり、さらに分離して室町時代以降になると、外術(げじゅつ)、幻戯(めくらまし)、放下(ほうか)などの名でよばれることになる。芸能としての奇術とはいいがたいが、平安時代の『今昔物語集』には、外術で瓜を盗み食われた瓜売りの話があり、また元亀(げんき)・天正(てんしょう)(1570~1592)のころ果心居士(かしんこじ)(生没年不詳)という幻術使いがいて、人心を惑わしたエピソードが数種の書物にみられる。

 奇術が独立した芸能となるのは安土(あづち)桃山時代であるとされ、江戸時代になると奇術は手品とか手妻(てづま)とよばれるようになる。手品とは手のしな、手のあや(技巧)のことで、熟練による手先の巧技をいう。手品に対して、道具や仕掛けを中心とするメカニズムを「からくり」とよんだ。からくりは絡繰(からく)る、操るの意味であるが、1662年(寛文2)竹田出雲(いずも)のからくり人形芝居が大坂で大ヒットしてから、自動装置の意味で使われるようにもなった。環中仙(かんちゅうせん)(生没年不詳)著『璣訓蒙鑑草(からくりきんもうかがみぐさ)』(1730)は竹田からくりの種明かしをした書物で、細川頼直(よりなお)著『機巧図彙(からくりずい)』という書物では、和時計の設計図とともに、茶運び人形の製作法が詳細に解説されている。

 日本最初の奇術解説書は、元禄(げんろく)年間(1688~1704)に漢文で書かれた『神仙戯術(しんせんげじゅつ)』(陳眉公(ちんびこう)著)である。享保(きょうほう)年間(1716~1736)には『珍術さんげ袋』『珍草たはふれ草』『神仙秘事睫(ひじまつげ)』などの一般向き手品伝授本が刊行された。これらの伝授本には、紙でつくった蝶(ちょう)を飛ばす、白紙を吹いて卵にするなどの奇術が解説されている。『放下筌(ほうかせん)』(1764)や安永(あんえい)年間(1772~1781)の『天狗通(てんぐつう)』はとりわけ内容が優秀で、品玉の技法、金輪の曲などが解説されている。江戸中期から後期にかけて行われた奇術には、「馬を呑んでみせる術」(塩屋長二郎が有名)、「釜(かま)や葛籠(つづら)から抜け出す術」(佐竹仙太郎が有名)、白紙でつくった蝶を生きているように扇の風で動かす「浮かれの蝶」または「胡蝶(こちょう)の舞」(柳川一蝶斎(やながわいっちょうさい)(生没年不詳)が有名)などがある。

 明治の文明開化とともに西欧の奇術が相次いで輸入され、西洋奇術と銘打った興行が盛んになる。この時期、帰天斎正一(きてんさいしょういち)(生没年不詳)、ジャグラー操一(そういち)(1858―?)、松旭斎天一(しょうきょくさいてんいち)(1853―1912)らの奇術師が活躍した。なかでも天一は一座とともに海外を巡業、帰朝後歌舞伎(かぶき)座で旗揚げ興行を行うなど、人気が高かった。天一の女弟子松旭斎天勝(てんかつ)は天一の没後、座長となって奇術界を風靡(ふうび)し、大正、昭和の初期にかけて一座の黄金時代を築いた。

[松田道弘]

現代の奇術

20世紀初頭まではボードビル(軽喜劇)などを演じた寄席(よせ)小屋が奇術師の活躍の舞台であったが、映画のトーキー化などによってボードビルが衰退したため、ナイトクラブでの芸が主流となった。この分野の名人として、1930年代にはアメリカのカーディーニCardini(1895―1973)、日本の石田天海(てんかい)(1889―1972)、1950年代にアメリカのチャニング・ポロックChanning Pollock(1926―2006)、1960年代にオランダのフレッド・カップスFred Kaps(1926―1980)らがいる。1970年代には、カナダ生まれのダグ・ヘニングDoug Henning(1947―2000)が、ロックとダンスを織り交ぜたステージ・ショーをブロードウェーでヒットさせ、テレビにも出演して新鮮なアイデアに満ちたショー番組を構成し、成功させた。

 しかし、20世紀の奇術界の特徴は、従来のステージ・マジックにかわるクロースアップ・マジック(少人数を相手に手近にある品物で演ずる奇術)の興隆であろう。とりわけカード・マジック(トランプ奇術)の研究と技術的進歩は目覚ましい。クロースアップ・マジックの名人としてアメリカのダイ・バーノンDai Vernon(1894―1992)、トニー・スライディーニTony Slydini(1901―1991)らがいる。また、予言、読心術、透視といった超常現象を装う偽の超常現象を演出するメンタル・マジックも盛んに行われている。この分野の代表的な奇術師はアメリカのセオドア・アネマンTheodore Annemann(1907―1942)である。20世紀の奇術のもう一つの特徴は、アマチュア・マジシャンの輩出と、そのクラブ組織の強大化である。国際的な会員組織としてインターナショナル・ブラザーフッド・オブ・マジシャンInternational Brotherhood of Magician(略してIBMという)がある。また世界各地でコンベンション(奇術大会)が定期的に開催され、コンテストや情報交換が盛んに行われている。

 第二次世界大戦後の日本の奇術師としては、独特の話芸を交えて寄席で活躍したアダチ竜光(りゅうこう)(1896―1982)、テレビで脱出奇術を売り物にしていた初代引田天功(ひきたてんこう)(1934―1979)、海外の奇術界で活躍した島田晴夫(1940―2022)らがいる。日本でも戦後は各地でアマチュアの奇術団体が組織され、テレビの普及、有名な海外奇術家の来日、優秀な奇術解説書の出版などによって、アメリカやイギリスに迫る奇術文化の盛んな国になりつつある。

[松田道弘]

『石田天海著『奇術五十年』(1961・朝日新聞社)』『平岩白風著『図説 日本の手品』(1970・青蛙房)』『松田道弘著『奇術のたのしみ』(1975・筑摩書房)』『高木重朗著『カードマジック事典』(1983・東京堂出版)』『Milbourne ChristopherThe Illustrated History of Magic (1973, Thomas Y. Crowell Company, New York)』


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百科事典マイペディア 「奇術」の意味・わかりやすい解説

奇術【きじゅつ】

巧妙な技術によって人の目をくらませ,常識的な判断を越えた奇現象をみせる芸能。西洋における起源は古代エジプトにさかのぼるが,日本では奈良時代に中国から伝来した散楽にその源流があり,曲芸などと結びついて行われ,幻戯とか目くらましといわれた。室町時代ころから独立した芸能となり始め,江戸時代には手妻,手品ともいい,都右近,塩屋長次郎らの手品師が現れた。明治時代になると,1873年東京浅草で〈英国倫敦(ロンドン)手品〉の興行があり,初めて西洋の奇術が紹介され,以後,機械や電気をつかった大がかりなものも行われるようになった。一方,江戸時代末に柳川一蝶斎の考案した〈うかれの蝶の曲〉のほか,〈親指しばり〉,松旭斎天勝(しょうきょくさいてんかつ)の水芸などは日本独自の奇術として海外にまで知られた。
→関連項目アクロバット曲芸サーカス呪術雑芸魔術水芸

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精選版 日本国語大辞典 「奇術」の意味・読み・例文・類語

き‐じゅつ【奇術】

〘名〙
① 奇妙な術。不思議なわざ。
※俳諧・類柑子(1707)上「金殿のうへに白雲をたなびかせたりけんためし、いにしへの奇術なりとかや伝えたるに」
※東京新繁昌記(1874‐76)〈服部誠一〉三「夫れ人の翼無ふして千里に飛ぶの奇術を得る所以の者は」
② 巧妙な手さばきやしかけなどを用い、人の目をごまかして、不思議なことをしてみせる技術。てじな。てづま。
※浮世草子・風俗遊仙窟(1744)一「石を叩いて羊とし、紙を剪りて蝶々を飛ばしなば、一興あって、人にもてはやされなん。この時かかる奇術(キジュツ)を学ばずんば」 〔管子‐任法〕

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「奇術」の意味・わかりやすい解説

奇術
きじゅつ
conjuring

熟練した技術,仕掛け,錯覚などを利用して,通常では不可能と思われる現象を演じてみせる芸。大規模なものを魔術,小規模な手先の芸を手品と区別することもある。内容は,消失と移動と再現切断復元,脱出,透視など多様。

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デジタル大辞泉 「奇術」の意味・読み・例文・類語

き‐じゅつ【奇術】

観客にわからないような仕掛けで人の目をくらまし、いかにも不思議なことが起こったように見せる芸。手品。
不思議なわざ。
[類語]手品マジック

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世界大百科事典 第2版 「奇術」の意味・わかりやすい解説

きじゅつ【奇術】

合理的な手段を用いて人工的な奇現象を創造し,みる人を楽しませることを目的とした芸能もしくは娯楽。〈手品〉〈手妻〉などともいう。紀元前後,アレクサンドリアのヘロンが祭壇で火を燃やすと,神殿の扉が開くといった自動装置をいくつか発明したが,トリッキーな奇術的発想はあっても,芸能的要素がないため奇術とはいいがたい。また身体に針を通しても無傷であることをみせたり,灼熱の鉄棒を素手でしごいたりするいわゆる危険術も神秘感は強いが,観客に娯楽を提供することを本来の目的としていないので奇術とは呼べない。

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普及版 字通 「奇術」の読み・字形・画数・意味

【奇術】きじゆつ

ふしぎな術。妖術。〔管子、任法〕奇の人、敢て高言孟行し、以て其のぎ、以て其の(ま)つ(な)し。

字通「奇」の項目を見る

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世界大百科事典内の奇術の言及

【大衆演芸】より

…大劇場で行われる演劇(いわゆる大衆演劇,商業演劇)とは一応区別して,主として寄席演芸のような大衆性をもつ芸能をいう。落語,講談,浪曲,漫才,奇術などは大衆演芸の代表的なものである。大衆演芸は,あくまでも広く一般の民衆に親しまれ,支持されるものでなければならないだろう。…

【魔術】より

…〈魔術(マジック)〉という言葉は主として3通りに使われている。(1)〈手品〉ないし〈奇術〉。つまり一見不可思議なことを知られざる合理的手段で達成する手練の技。…

※「奇術」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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