(読み)うせる

精選版 日本国語大辞典 「失」の意味・読み・例文・類語

う・せる【失】

〘自サ下一〙 う・す 〘自サ下二〙
[一] 存在していたものがなくなる。
① 事物や人がその場から見えなくなる。無い状態になる。ほろびる。消える。
書紀(720)顕宗即位前・歌謡「稲むしろ 川そひやなぎ 水行けば 靡き起き立ち その根は宇世(ウセ)ず」
※竹取(9C末‐10C初)「翁をいとほしくかなしと思しつる事もうせぬ」
② 人がこの世からいなくなる。死ぬ。
※書紀(720)神代下(水戸本訓)「朋友(ともかき)喪亡(ウセ)たり」
③ ふつうの状態がくずれて、秩序調和がなくなる。適当な状態でなくなる。
※今昔(1120頃か)二九「肝・心も失せて」
[二] 「去る」「来る」「居る」の意で、卑しめて言う語。
① 「去る」「行く」を卑しめていう。
(イ) 行きやがる。
※虎明本狂言・富士松(室町末‐近世初)「いとまをこはひで、よそへうせて、ゆさんがたらぬか」
(ロ) 動詞の連用形に「て」の付いた形に添えて、補助動詞のように用いる。
※虎寛本狂言・法師が母(室町末‐近世初)「出てうせい」
② 「来る」を卑しめて言う語。
(イ) 来やがる。
※玉塵抄(1563)二二「来食はうせてくらえと云たことぞ」
滑稽本浮世風呂(1809‐13)前「ヤイ爰(ここ)へこい〈略〉うせぬか、おのれ」
(ロ) 動詞の連用形に「て」の付いた形に添えて、補助動詞のように用いる。
※虎明本狂言・目近籠骨(室町末‐近世初)「ぬかれてうせて、なんのかのとぬかす」
③ 「居る」を卑しめていう語。
(イ) 居やがる。
歌舞伎・百夜小町(1684)一「今宵討たんと思ひしに、うせなんだ」
(ロ) 動詞の連用形に「て」の付いた形に添えて、補助動詞のように用いる。
※歌舞伎・伊勢平氏栄花暦(1782)三立(暫)「宗盛公の御恩沢にあづかってうせながら」
[語誌](1)古代には、「隠る」「なくなる」とともに「死ぬ」の忌み詞として用いられたが、「うす」は、これらのうちで、最も使用頻度が高い。また、「うす」は、尊敬語「給ふ」「させ給ふ」を伴うことが多いが、これは、「うす」が、多く目上に対して用いられることと関わっていよう。
(2)(二)の卑罵語は、本来のなくなる、見えなくなるの意から、去るの意になったものが転じたものと思われる。

うし‐な・う ‥なふ【失】

〘他ワ五(ハ四)〙
[一] 持っていたものをなくす。なくなす。
① 所有しているものや、自分に関係のある物事、状態などをなくす。あるものに備わっている能力、立場、根拠などをなくす。喪失する。
※万葉(8C後)一五・三七五一「白たへのあが下衣宇思奈波(ウシナハ)ず持てれわが背子直(ただ)に会ふまでに」
※源氏(1001‐14頃)夕顔「としごろの頼みうしなひて」
② 肉親や親しい友をなくす。死に別れることにいう。
※伊勢物語(10C前)一〇九「友だちの人をうしなへるがもとに」
③ 精神がふつうの状態、適当な状態でないようにする。
太平記(14C後)一七「大嶽の敵ども前後に心を迷はして、進退定て度を失つと覚へ候」
※天草本伊曾保(1593)獅子と馬の事「マナコガ クラウデ ココロ キヲ vxinai(ウシナイ)
④ ある資格をなくす。「失わない・失わず」の形で用いられ、「十分にそういう資格をもっている。そういってもさしつかえない」の意を表わす。
※富岡先生(1902)〈国木田独歩〉一「斯ういふ人物に限って変物である、頑固である、〈略〉富岡先生も其一人たるを失なはない」
[二] 積極的になくなるようにする。
① (罪を)消滅させる。
※源氏(1001‐14頃)朝顔「としごろ沈みつる罪うしなふばかり」
② こわしてなくす。ほろぼす。
※源氏(1001‐14頃)宿木「しん殿をうしなひてことさまにも造りかへんの心にて」
③ 殺す。
※源氏(1001‐14頃)手習「よき女のあまた住み給ひし所にすみつきて、かたへはうしなひてしに」
④ 追い払う。
浄瑠璃・融大臣(1692頃)二「融のおとど高官を汚し、かく放埒の振舞叡聞に達し、失ひ申せとの御使に向ふたり」
[三] 手に入れようとして、とり逃がす。また、道や方法などをさがしてもみつからない、わからなくなる。
※平家(13C前)七「怨敵巷にみちて、予参(よさん)道をうしなふ」
[補注]「うす(失)」を基に、その行為をする意を添える接尾語「なふ」を付けて他動詞として成立した語。

しつ【失】

〘名〙
① やり方、方法、判断などのあやまり。あやまち。過失。失敗
※菅家後集(903頃)哭奥州藤使君「雖直失、矯曲孰相比」
徒然草(1331頃)一八七「大方のふるまひ・心づかひも、おろかにしてつつしめるは得の本なり。たくみにしてほしきままなるは失の本なり」
② きず。欠点。欠陥。また、定まったことに違反する事柄。
※鹿島大禰宜家文書‐安貞二年(1228)五月一九日・関東下知状「政親失出来之時、可返給之由、蒙右大臣家仰之旨、政俊雖之」
※太平記(14C後)三五「進では万人を撫ん事を計り、退ては一身に失(シツ)あらん事を恥づ」 〔礼記‐経解〕
損失。弊害。
※徒然草(1331頃)一三〇「されば、始め興宴より起りて、長き恨を結ぶ類多し。これみな争ひを好む失なり」
野球で、捕球送球の失敗。エラー
※日本野球史(1929)〈国民新聞社運動部〉忍苦の一高又も早慶に敗る「此最終回に臨んで石川遊撃の失(シツ)に生きると」

しっ‐・する【失】

[1] 〘他サ変〙 しっ・す 〘他サ変〙 保っているある状態、また、ととのっている状態などを失う。なくする。
※正法眼蔵(1231‐53)仏性「有仏性の道にも、無仏性の道にも、通達の端を失せるがごとくなり」
※中華若木詩抄(1520頃)下「時世に逢て用らるるも、時を失して棄らるるも」
[2] 〘自サ変〙 しっ・す 〘自サ変〙
① あるものが消える。滅びる。
※太平記(14C後)一一「驕れる者は失(シッ)し倹なる者は存す」
② (「…に」を受けて用いる) 程度が過ぎる。
※西国立志編(1870‐71)〈中村正直訳〉一一「人、往々今世芸文の昌盛を称すること、誇大に失せり」

うしゃあが・る【失】

〘自ラ五(四)〙 (「うせあがる」の変化した語)
① 「去る」「行く」を卑しめ、ののしっていう語。「て」に続けて補助動詞的にも用いる。
※歌舞伎・助六廓夜桜(1779)「『言分はないかえ』『うしゃアがれ』」
② 「来る」を卑しめ、ののしっていう語。「て」に続けて補助動詞的にも用いる。
※滑稽本・東海道中膝栗毛(1802‐09)四「なんだくそをくへ、こりゃおもしろへ。くふべいからもってうしゃアがれ」
③ 「居る」を卑しめ、ののしっていう語。「て」に続けて補助動詞的にも用いる。
※歌舞伎・名歌徳三舛玉垣(1801)五立「うぬらは主従縛り首にしてやろふ。待てうしゃあがれ」

しち【失】

〘名〙 (「しち」は「失」の呉音)
※文明本節用集(室町中)「虚名不立謬旨終有(シチ)〔尚書〕」
② 射芸で、的に向かっている間に生じた過失。弓折れ、弓返り、弦切(つるきれ)などの類。

うさ・る【失】

〘自ラ四〙
① なくなる。失われる。うせる。
※浮世草子・日本永代蔵(1688)一「むかしの片言もうさりぬ」
② すたれる。はやらなくなる。
※両京俚言考(1868‐70頃)「うさり、うさる 流行物のふ流行に成たるをいふ。〈略〉うせさりの略語ならん」

しっ‐・す【失】

〘自他サ変〙 ⇒しっする(失)

う・す【失】

〘自サ下二〙 ⇒うせる(失)

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デジタル大辞泉 「失」の意味・読み・例文・類語

しつ【失】[漢字項目]

[音]シツ(漢) [訓]うしなう うせる
学習漢字]4年
なくす。うしなう。うせる。「失業失点失望失恋遺失消失焼失喪失損失得失紛失忘失滅失流失
うっかり出してしまう。「失禁失言失笑
あやまち。しくじり。「失策失敗過失

しつ【失】

うしなうこと。損失。
あやまち。失敗。「利潤に耽るは商人の
きず。欠点。「学者のは人をあなどる」
野球で、失策の略。エラー。「三」「遊

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世界大百科事典(旧版)内のの言及

【神判】より

…ヨーロッパの近代合理主義が前近代的な呪術的思考の産物として神判や魔女裁判をきびしく否定し,葬り去ったのと同様な対応がアフリカでも行われた。この傾向は,独立以後近代化をすすめるアフリカ人みずからの手でも推進され,神判はその本来の機能を失って形骸化していく。もちろんそれが完全に消滅したわけではなく,形を変えて残ってはいるが,博物館的存在になっているのは否めない。…

※「失」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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