てんぎょう テンギャウ【天慶】
(「てんきょう」とも) 平安時代、
朱雀・村上両天皇の代の
年号。「
てんけい」ともいう。承平八年(
九三八)五月二二日に地震、
内乱などのため
改元、天慶一〇年(
九四七)四月二二日に天暦元年となる。
摂政および
関白は
藤原忠平。
出典は「漢書‐児寛伝」の「唯天子、建
二中和之極
一、兼総
二条貫
一、金声而玉振
レ之、以順
二成天慶
一、垂
二万世之基
一」。
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デジタル大辞泉
「天慶」の意味・読み・例文・類語
てんぎょう〔テンギヤウ〕【天慶】
《「てんきょう」とも》平安前期、朱雀天皇・村上天皇の時の年号。938年5月22日~947年4月22日。てんけい。
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てんぎょう【天慶】
日本の元号(年号)。平安時代の938年から947年まで、朱雀(すざく)天皇、村上(むらかみ)天皇の代の元号。前元号は承平(じょうへい)。次元号は天暦(てんりゃく)。938年(承平8)5月22日改元。厄運・地震の凶事を断ち切るため、朱雀天皇が御慎(おつつしみ)を行ったことによる。『漢書(かんじょ)』を出典とする命名。939年(天慶2)、東国での平将門の勢力はさらに拡大し、将門は常陸(ひたち)国・下野(しもつけ)国・上野(こうずけ)国の国府を占領して新皇を称し、除目(じもく)を開始した。しかし、翌年には平貞盛(さだもり)(平国香(くにか)の子)・藤原秀郷(ひでさと)軍に敗れ、乱は鎮圧された。西日本一帯で起こった藤原純友(ふじわらのすみとも)の乱も、941年(天慶4)に純友が討たれ、終息する。946年(天慶9)、朱雀天皇は同母弟の村上天皇に譲位した。◇「てんきょう」「てんけい」とも読む。
てんきょう【天慶】
てんけい【天慶】
出典 講談社日本の元号がわかる事典について 情報
普及版 字通
「天慶」の読み・字形・画数・意味
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報