大湊湾
おおみなとわん
青森県北東部、下北半島の屈曲部にある湾。陸奥湾(むつわん)の支湾。芦崎(あしざき)の砂嘴(さし)が南西から突出して湾の一部をくぎっている。大湊港は江戸時代には木材の積出し港として栄え、1905年(明治38)海軍要港部が置かれてからは軍港として発達、現在は海上自衛隊の基地となっている。1967年(昭和42)日本最初の原子力船「むつ」の母港となったが、1974年の放射線漏れの事故により、母港を返上した。湾の一部ではノリの養殖が行われ、冬期にはハクチョウも渡来する。
[横山 弘]
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大湊湾
おおみなとわん
青森県北東部,陸奥湾の北東部に位置する湾曲部内側の湾。芦崎の砂嘴が北へ突出して湾の一部を区切っている。冬季には天然記念物のオオハクチョウが渡来し,ノリの養殖が盛ん。
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デジタル大辞泉
「大湊湾」の意味・読み・例文・類語
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おおみなとわん【大湊湾】
青森県北東部,下北半島頸部の湾曲部内側にある湾。葦崎の砂嘴(さし)が西から突出して湾の一部を区切っている。この砂嘴は標高1~3m,付け根の幅の広い部分(約1km)と先端の急に幅の狭くなる部分(約100m)からなる。湾奥に大湊港が開け,江戸時代には木材の積出港として栄えた。1905年海軍要港部がおかれ軍港として発達した。第2次世界大戦中は軍需工場も設立されにぎわったが,戦後は海上自衛隊の基地となった。
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