大日堂舞楽(読み)ダイニチドウブガク

デジタル大辞泉 「大日堂舞楽」の意味・読み・例文・類語

だいにちどう‐ぶがく〔ダイニチダウ‐〕【大日堂舞楽】

秋田県鹿角かづの八幡平はちまんたい大日霊貴おおひるめむち神社(大日堂)で、正月2日に行われる舞楽。養老2年(718)に始まるとされる。国の重要無形民俗文化財、またユネスコ無形文化遺産

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改訂新版 世界大百科事典 「大日堂舞楽」の意味・わかりやすい解説

大日堂舞楽 (だいにちどうぶがく)

民俗芸能。秋田県鹿角市八幡平字小豆沢(あずきざわ)の大日堂(大日孁貴(おおひるめむち)神社)で,1月2日に行われる祭事芸能。小豆沢,大里,谷内,長嶺の4集落の能衆によって舞われる。能衆は世襲で,それぞれの集落に所伝の舞がある。当日午前2時ごろ能衆は舞台元などと呼ばれるそれぞれの村の宿に集まり,水垢離(みずごり)潔斎のあと所伝の舞を舞い,暁前に行列を組んで大日堂に向かう。籾(もみ)押し,幡(はた)揚げなどの行事ののち,午前8時ごろから舞楽が堂内中央の舞台で執行される。《神子(みこ)舞》《神名手(かなで)舞》《権現舞》《駒舞》《鳥舞》《工匠(ぐしよう)舞》《烏遍(うへん)舞》《五大尊舞》《田楽(でんがく)舞》の9番で,日の丸の扇を染めぬいた麻織りの直垂(ひたたれ)の袖をひるがえして舞う。面形の《五大尊舞》や《烏遍舞》の太刀の舞に舞楽風の面影があり,延年田楽祝福芸などの中世芸能が集合してできたものらしい。大日堂祭堂(ざいどう)とも呼ぶが,祭堂は柴灯(さいとう)の転という説があり,本来は修正会(しゆしようえ)に行われたものであろう。ダンブリ長者伝説にちなみ,元正天皇期(715-724)に始まると伝える。国の重要無形民俗文化財。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「大日堂舞楽」の意味・わかりやすい解説

大日堂舞楽
だいにちどうぶがく

秋田県鹿角(かづの)市八幡平字(はちまんたいあざ)小豆沢(あずきさわ)の大日堂で正月2日に行われる舞楽。祭堂(ざいどう)(在堂)ともよばれる。祭礼は小豆沢のほか大里(おおさと)、長嶺(ながみね)、谷内(たにない)の四つの集落によって担われるが、舞の演目は各村の分担が伝承で定められている。神子(みこ)舞(四か村)、加名手(かなて)舞(同)、権現(ごんげん)舞(小豆沢)、駒(こま)舞(大里)、烏遍(うへん)舞(長嶺)、鳥舞(大里)、工匠(こうしょう)舞(ばぢ堂舞とも。大里)、田楽(でんがく)舞(小豆沢)、五大尊(ごだいそん)舞(谷内)となっている。維新前には小豆沢の別当および一の庭、大里の籠屋(かごや)、谷内の大博士(おおばかせ)などとよばれる世襲の頭役は南部家から扶持(ふち)を支給されていた。中央の舞楽とはその曲目も異なり、地域的な信仰と結び付いた民俗的色合いの濃厚な独自の芸態を伝承している。1976年(昭和51)国の重要無形民俗文化財に指定された。

[高山 茂]

 また、2009年(平成21)ユネスコ(国連教育科学文化機関)の無形文化遺産に登録された。

[編集部]


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事典 日本の地域遺産 「大日堂舞楽」の解説

大日堂舞楽

(秋田県鹿角市八幡平)
無形文化遺産」指定の地域遺産。
八幡平の大日堂で正月2日に演じられる芸能。養老年間(717~724)に都からきた楽人によって伝えられた舞楽が起源とされている。大里、谷内、小豆沢、長嶺の4集落がそれぞれ異なる舞を伝承しており、能衆と呼ばれる人々が世襲で舞を継承する。重要無形民俗文化財(民俗芸能:渡来芸・舞台芸)

出典 日外アソシエーツ「事典 日本の地域遺産」事典 日本の地域遺産について 情報

デジタル大辞泉プラス 「大日堂舞楽」の解説

大日堂舞楽

秋田県鹿角市に伝わる民俗芸能。八幡平の大日堂で1月2日に行われる舞楽で、1000年以上の歴史を持つ。1976年、国の重要無形民俗文化財に指定。2009年、ユネスコの無形文化遺産に登録。

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