大工道具(読み)だいくどうぐ

日本大百科全書(ニッポニカ) 「大工道具」の意味・わかりやすい解説

大工道具
だいくどうぐ

日本は、国土の約70%が森林で占められ、豊富な木材資源に恵まれて古くから木の文化が栄えてきた。木の文化の代表は建築であり、社寺、数寄屋(すきや)といった伝統的な木造建築である。これらの建築には、柱・梁(はり)といった構造材、天井・床の仕上げ材などとあらゆる部位に木が使われている。この木造建築に欠かせないものが大工道具である。工匠たちは、その道具を使って精巧な加工をするため、技を追求してきた。しかし、現在では、電動工具にかわり、大工道具そのものがみられなくなってきた。

 大工道具の歴史は、縄文時代に石を直接手に持ってたたいていたのを、効率的に労働効果をあげるため、石刃(せきじん)に柄(え)をつけることから始まった。弥生(やよい)時代に稲作文化流入とともに朝鮮半島から鉄製道具がもたらされ、古墳時代にかけて急速に普及した。4~7世紀の古墳からは、たくさんの種類の鉄製木工具が出土している。この時期、斧(おの)、ちょうな、のみ、やりがんな、鋸(のこぎり)、刀子(とうす)、錐(きり)など、墨掛(すみかけ)道具を除く基本的な大工道具がほぼ出そろった。飛鳥時代の仏教伝来に伴って、建築技術と新たな道具が伝わった。奈良・平安時代は寺院建築、宮殿建築、寝殿造と多様な建築様式とともに、道具が多様に分化した。鎌倉時代から室町時代にかけて、道具は機能別に分化し、職種別にも分化は進む。室町時代に大鋸(おが)の登場により、それまでのやりがんなにかわり、台鉋(だいがんな)(現在の鉋(かんな))に移った。江戸時代になると道具はますます発達し、建築の構造が複雑さを増すとともに、道具の機能分化は加速され、使い方、材料別、仕上げ工程などで、道具もより多様に多種類になっていった。明治時代にはボルトを用いる洋小屋がもたらされ、それに伴ってボールト錐、ハンドル錐などが使われるようになり、また、機械決(しゃく)り鉋などねじで調整する道具や両刃鋸、二枚鉋(合鉋(あわせかんな))が登場した。昭和の第二次世界大戦前後は大工道具が充実していたころで、1943年(昭和18)労働科学研究所(現、大原記念労働科学研究所)が実施した調査によると、一つの建物をつくるため一人前の大工が使う道具の種類は、総計で179点にのぼった。そのなかには砥石(といし)のような手入れ道具も含まれていた。道具のなかでいちばん多いのは、のみ(鑿)の49本、次に鉋の40丁、錐26本、鋸12本であった。大工によっては、仕事へのこだわりから、それ以上の道具を使うこともある。ところが、戦後まもなく、手道具にかわって電動工具が出回り、現在では手道具をみかけることが少なくなってきた。

 道具を用途別に分類すると以下のように分けられる。

(1)測る・印(しる)す道具
 真墨(しんずみ)や切墨(きりずみ)などを墨付けする墨掛道具。構造材を加工・組立てしたり、造作(ぞうさく)材を加工・取り付けするのになくてはならないものである。

 測る道具には、水平(水盛管(みずもりかん)・水平器・白糸巻)、垂直(下げ振り)、直角(大矩(おおがね)・曲尺(かねじゃく)・巻がね)、角度(留型定規・箱型定規)、直線(定規・合わせ定規)、曲線(口引き)、尺度(間棹(けんざお))があり、印す道具には、墨壺(すみつぼ)・墨さし(墨指・墨差し)・罫引(けびき)がある。

(2)切断する道具
 鋸が代表的な道具であるが、小刀、鉈(なた)、ヨキ(与岐、刃幅が短い斧(おの))、のみなどで切断することもある。大工道具の鋸としては、縦挽鋸(たてびきのこ)、横挽(よこびき)鋸、両刃鋸、畦挽(あぜびき)鋸、押え挽鋸、枘挽(ほぞびき)鋸、穴挽(あなひき)鋸、竹挽鋸、挽廻(ひきまわし)鋸などがある。のみについては、たたきのみ、大入(おおいれ)のみ、向待(むこうまち)のみ(向う区のみ)、鎬(しのぎ)のみ、込栓(こみせん)穴掘のみ、鐔(つば)のみ、丸のみなどがある。

(3)削る道具
 鉋が代表的な道具であるが、斧、ちょうな、やりがんな、鉈、鉞(まさかり)、小刀、のみなども削ることができる。鉋には、平鉋(ひらかんな)、長台(ながだい)鉋、丸鉋、際(きわ)鉋、反り台鉋、脇取鉋、決り鉋、面取鉋などがあり、のみでは突(つき)のみ、鏝(こて)のみ、蟻(あり)のみなどがあり、たたきのみで掘った内側を仕上げるのに使われる。

(4)穴を掘り、あける道具
 錐とのみが代表的な道具である。釘(くぎ)穴などの丸くて小さい穴をあけるには錐を使用し、木材の枘穴などの大きい穴をあけるにはのみを使用する。ボルトや込栓(接合部を固定するための木片)をするときにはねじ式で外来のボールト錐、ハンドル錐が使われる。

(5)打ちたたく道具
 木槌(きづち)、玄能(げんのう)、金槌(かなづち)(金鎚)が代表的な道具である。木槌には大きなもので掛矢(かけや)があり、玄能はのみをたたくのに使うものであるが、釘を打つときにも使用される。金槌は釘を打つときに使われる。

(6)雑道具
 釘抜き、釘締め、釘切り、かじや、えんま、ドライバー、ジャッキ、ブリキ用鋏(はさみ)、端金(はたがね)、米飯をすりつぶして接着剤とする続飯(そくい)道具など。

(7)手入道具
 鋸の目立て用のやすり、砥石、台直(だいなお)し鉋が代表的な道具である。やすりには、目立てやすり、和やすり、摺込(すりこみ)やすりの種類がある。やすり目の形や目数などで、目立てやすりは多種多様である。和やすりは8種類あり、いちばん小さいもので横挽の胴付鋸の目立てに使う芥子目(けしめ)やすりや前挽(まえびき)鋸歯の先端のちょんがけ(先端にフック状の切り込みがある鋸の刃)を目立てする菱形(ひしがた)やすりがある。摺込やすりはヨーロッパからもたらされたもので、向こうへ押して使うやすりで大小7段階に分かれている。

 砥石には天然砥石と人造砥石があり、目の粗さに応じて荒砥、中砥、仕上砥に区分される。荒砥は摩耗して変形した刃先を直したり、新品の表面を整えたりする。中砥は荒砥で形を整えられた刃先面に残っている条痕を平滑にするために使う。仕上砥は刃先面を鏡面のように仕上げるものである。人造砥石には、ダイヤ砥石、セラミック砥石、金剛砥などがある。

 台直し鉋は鉋台の調整に必要なもので、たとえば平鉋の台は、材を平滑に削るための定規の役割を担うため、削り面に接する面をつねに調整しておかなければならない。台直し鉋はその調整に使用する小鉋で、刃は台に対してほぼ直角に仕込んである。その他、シタン、コクタンなど、普通の鉋の刃では加工しにくい堅い素材の鉋がけにも用いられる。

 ほかに、使用する段階でみると、大工道具には入らないが、伐木・製材段階では主として斧や大型鋸が、部材段階では主として鋸、のみ、鉋などが、それぞれ使用される。このなかで、鋸、のみ、錐は接合部加工など「構造に奉仕」する道具、鉋は部材表面など「美に奉仕」する道具ということができる。

[赤尾建蔵 2021年7月16日]


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改訂新版 世界大百科事典 「大工道具」の意味・わかりやすい解説

大工道具 (だいくどうぐ)

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の大工道具の言及

【大工】より

…このように日本の大工,建具職,指物師とは仕事の分担がかなり異なっている。大工道具は鋸(のこぎり),手斧(ちような),金槌,木槌,錐(きり),鑿(のみ),鉋(かんな)などで,それぞれに多数の変種があることは東西共通しているが,鋸と鉋を押して使う点が,引いて使う日本と異なる。継手(つぎて)と仕口(しぐち)は,江戸時代の日本の大工工事ほど精妙ではないが,これは主として堅木を使用するためで,その点を考慮すればほぼ同様の継手,仕口を発展させているといえる。…

※「大工道具」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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