大山寺(たいさんじ、神奈川県)(読み)たいさんじ

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

大山寺(たいさんじ、神奈川県)
たいさんじ

神奈川県伊勢原(いせはら)市大山(おおやま)にある寺。真言(しんごん)宗大覚寺(だいかくじ)派の準大本山。山号は雨降山(うこうざん)。本尊は不動明王および二童子像。かつては「おおやまでら」といい、通称「大山(おおやま)の不動さん」として親しまれてきた。755年(天平勝宝7)奈良東大寺の別当良弁(ろうべん)僧正開山と伝える。聖武(しょうむ)天皇の勅願寺で、鎮護国家の道場として栄えた。良弁が建立した不動堂は、879年(元慶3)の地震による大火で本尊とともに焼失した。その後、文永(ぶんえい)年間(1264~75)鎌倉の真言僧願行上人(がんぎょうしょうにん)が再興。上人は鉄鋳の不動明王を造像。これは「試し不動」と称され、現在鎌倉の覚園(かくおん)寺にある。ついで鉄鋳不動明王の大像・制多迦(せいたか)・衿迦羅(くりから)童子像(国重要文化財)をつくり山上に安置した。代々、鎌倉・室町幕府、後北条(ごほうじょう)氏に保護され、兵力を繰り出してきたが、1605年(慶長10)徳川家康武力を心がける不学不律の僧を下山させて清僧の地とした。高野山(こうやさん)の実雄法印を学頭として改革し多大の保護を加え、大山不動参りが江戸大衆のなかにも広まった。神仏習合ころ修験(しゅげん)の道場として栄えたが、明治神仏分離によりその地位を阿夫利(あふり)神社に譲り、現在の地に移った。

[野村全宏]

『宇都宮泰長・鈴木隆良著『大山不動と日向薬師』(1981・鵬和出版)』

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