大国魂神社(読み)おおくにたまじんじゃ

精選版 日本国語大辞典 「大国魂神社」の意味・読み・例文・類語

おおくにたま‐じんじゃ おほくにたま‥【大国魂神社】

東京都府中市宮町にある神社。旧官幣小社。祭神は武蔵大国魂神のほか、国内の一宮から六宮を合わせてまつり、六所宮、六所明神ともいわれる。五月五日の暗闇(くらやみ)祭は有名。武蔵国総社。六社。

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デジタル大辞泉 「大国魂神社」の意味・読み・例文・類語

おおくにたま‐じんじゃ〔おほくにたま‐〕【大国魂神社】

東京都府中市宮町にある神社。旧官幣小社。祭神は大国魂大神を主神とし、ほかに八神を祭る。うち六神は、武蔵国の有力神であるところから、六所宮・六所明神ともいう。5月5日例祭は、暗闇祭りともいわれる。武蔵国総社

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日本歴史地名大系 「大国魂神社」の解説

大国魂神社
おおくにたまじんじや

[現在地名]府中市宮町三丁目

旧甲州街道の南方にある。主祭神は中殿中央に祀られる大国魂大神で、その左右に武蔵国内諸神・御霊大神、東殿に小野大神・小河大神・氷川大神、西殿に秩父大神・金佐奈大神・杉山大神を祀る。明治四年(一八七一)に現社名に改称する以前は六所宮・六所大明神・武州惣社六所宮などと称し、武蔵国内六社を勧請したところからその名がある(神道集)。府中に鎮座する武蔵惣社として武蔵国内外から崇敬を集めた。

大国魂神社境内およびその東側一帯の京所きようず地区は、最近の発掘調査により武蔵国府国衙所在地であることが確認され、六所宮もその一画に位置していた。永承六年(一〇五一)源頼義が奥州合戦に赴く途中、武蔵府中に逗留した際に南向きの社殿を北向きに変えたという伝承がある(源威集)。寿永元年(一一八二)八月一一日には源頼朝妻政子の安産祈願を行うための奉幣使が「武蔵六所宮」などに立てられ、寛喜四年(一二三二)二月二四日には破壊された拝殿修造が行われ(吾妻鏡)、建治年間(一二七五―七八)に国衙から六所宮神主に五石の米が下行されている(年月日未詳「年貢算用状」金沢文庫文書)。嘉慶二年(一三八八)三月一五日に惣社(六所大明神)般若会の願文が深大じんだい(現調布市)の僧長弁によって記述された。このなかで即宮(六所宮)とその他の境内・境外摂社として一宮(現住吉町小野神社か)八幡宮(現八幡町国府八幡神社)、天神宮(現宮町天神社)天満宮つぼ(現本町)宮目みやのめ(境内)、雷電宮、日吉社(現日吉町)、賀茂宮があげられ、左衛門少尉藤原光忠が大頭(仏事の主催者)を勤めた(私案抄)

応永三年(一三九六)一〇月一八日に「武州惣社六所宮如法堂」で一日頓写経の書写が行われている(栃木県日光輪王寺蔵「大般若経」巻二七九奥書)

大国魂神社
おおくにたまじんじや

[現在地名]いわき市平菅波 宮前

国魂山にあり、鬱蒼とした古木に囲まれる。祭神は大己貴命・事代主命・少彦名命。旧県社。創建年月不詳であるが周辺には古墳時代の遺跡が多く、当社飛地境内にある甲塚かぶとづか古墳(国指定史跡)石城いわき国造建許呂命を葬祀したと伝え、また社頭にそびえる大杉は推定樹齢一千年を超えることから、記録が成立する以前から国造家により祀られていたと思われる。社蔵の国魂石室記によれば、祀られた年代があまりにも古いのでつまびらかでないとある。社伝によれば、延暦年間(七八二―八〇六)坂上田村麻呂が当地を通り、蝦夷平定ののち大社を築造したという。

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改訂新版 世界大百科事典 「大国魂神社」の意味・わかりやすい解説

大国魂神社 (おおくにたまじんじゃ)

東京都府中市に鎮座。大国魂大神を主神として中殿中央に,その左右に武蔵国内諸神,御霊大神を,東殿に小野大神,小河大神,氷川大神を,西殿に秩父大神,金佐奈大神,杉山大神をまつる。主神は武蔵の国魂,すなわち武蔵の国土の霊で,古く国造がまつり,律令体制とともに国司がまつり,古代末期になり,国府に近い本社に国内各神社を勧請し併せまつったので,ために武蔵国総社,また東西殿の神の数より六所宮とも呼ばれた。1051年(永承6)源頼義が陸奥の安倍頼時父子を征伐の途次,当社に祈願,凱旋のとき御礼のためケヤキ苗1000株を植えたと伝承し,源頼朝が鎌倉に入って以後は本社を崇敬,1182年(寿永1)北条政子の安産を祈願のため使者を派遣,以後関東武士の崇敬が続いた。1590年(天正18)徳川家康は江戸入城とともに保護にあたり,1646年(正保3)の火災のあと,67年(寛文7)家綱が造営したのが現社殿。1868年(明治1)準勅祭社とされ,85年官幣小社となる。武蔵一円の信仰をあつめ,5月5日の例祭は,4月30日の品川海上禊祓式よりはじまり,5日当日の御饌催促の儀,動座祭のあと神輿8基の御旅所への行列は,もと町内消灯したことで暗闇(くらやみ)祭といわれ,またその前後には各戸神灯をともしたことから提灯祭ともいわれにぎわった。ほかに7月12日夜より13日にかけての青袖祭,杉舞祭など特殊神事が多い。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「大国魂神社」の意味・わかりやすい解説

大国魂神社
おおくにたまじんじゃ

東京都府中市宮町に鎮座。武蔵(むさし)国(東京都、埼玉県、神奈川県の東部)の土地の魂である武蔵大国魂大神(おおかみ)のほか、国内有力神社の小野(おのの)大神、小河(おがわ)大神、氷川(ひかわ)大神、秩父(ちちぶ)大神、金佐奈(かなさな)大神、杉山大神などを祀(まつ)る。創建年代不詳。社伝では景行(けいこう)天皇のとき、神託により創建と伝え、また源頼義(よりよし)・義家(よしいえ)父子が安倍頼時(あべのよりとき)父子征伐の途次、本社に祈願、1062年(康平5)平定の帰途報賽(ほうさい)のため植えたのが、現在に残る欅(けやき)並木と伝える。古代末期、武蔵国の国府に近い有力神社として、国内神社を勧請(かんじょう)されたことで、武蔵国総社、また六所宮とよばれた。源氏以下武将の崇敬も厚く、江戸時代に朱印領500石を寄せられた。明治の制で官幣小社。5月5日の例祭は、夜間8基の神輿(みこし)渡御のとき、灯火を消して行ったので闇夜祭(くらやみまつり)とよばれて有名である。他に4月30日の品川海上禊祓式(みそぎはらいしき)など古式による特殊神事が多い。狛犬(こまいぬ)1対は国指定重要文化財である。

[鎌田純一]

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百科事典マイペディア 「大国魂神社」の意味・わかりやすい解説

大国魂神社【おおくにたまじんじゃ】

東京都府中市宮町に鎮座。旧官幣小社。武蔵総社,六所宮ともいい,景行天皇の時の創建という。武蔵大国魂神をまつり,氷川,金鑚(かなさな),秩父などの六社を合祀する。例祭は5月5日で暗闇(くらやみ)祭と称し,7月20日には李(すもも)祭がある。
→関連項目小山田荘府中[市]

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デジタル大辞泉プラス 「大国魂神社」の解説

大国魂神社

東京都府中市にある神社。主祭神は大国魂大神。ほかに“六所”と呼ばれる武蔵国の有力神6柱(小野大神・小河大神・氷川大神・秩父大神・金佐奈大神(かなさなのおおかみ)・杉山大神)と、御霊大神、国内諸神を祀る。毎年ゴールデンウィークの時期に行われる例大祭、「くらやみ祭り」が有名。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「大国魂神社」の意味・わかりやすい解説

大国魂神社
おおくにたまじんじゃ

東京都府中市に鎮座。武蔵総社の地位にあり武蔵国開発の神とされる。六所宮,六所明神ともいう。元官幣小社。祭神はムサシオオクニノタマノカミなど9神。5月5日の例祭は暗闇祭として名高い。福島県いわき市にも同名の神社 (元県社) がある。

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