多数決(読み)たすうけつ

日本大百科全書(ニッポニカ) 「多数決」の意味・わかりやすい解説

多数決
たすうけつ

ある集団会議体の意志を決定する場合、構成員の多数が賛成した決定を全体の意志として認める方式。今日では、ほとんどの場合、決定に際しては、この多数決制が採用されている。全会一致制に対する語。

[田中 浩]

多数決と全会一致制

政治の世界において多数決制を採用したのは中世イギリス議会に始まるといわれる。イギリスでは、裁判所の判決における多数決制を議会の決定方式に採用した。このため、審議の過程で手間どることがあっても最終的には議会の意志を決定することができた。これに対し、フランスの身分制議会=三部会では、全会一致制を採用していたため、議会の意志を決定することが困難で、審議機関としての議会の機能が麻痺(まひ)し、その結果、国王権力の台頭を許すことになった。本来、会議体の意志を決定する場合には全会一致が望ましいが、諸身分・諸階級の利害対立が激しい場合には、全会一致制による決定はほとんど不可能である。したがって、近代議会の成立以後においては、ほとんどの国々で、議会の決定に関しては多数決制を採用するようになった。国際連盟では議事の決定は全会一致制をとったため、有効な決定ができず、そのことが国際連盟崩壊の一因となったといわれ、国際連合においては多数決制が採用された。ただ、国際平和の維持という問題については、五大国の意志が一致しなければ事実上無意味だということで、安全保障理事会の5常任理事国にいわば全会一致制を意味する拒否権が与えられた。しかし、米ソの対立が激化するなかで、双方から拒否権が発動され、安全保障理事会の機能が麻痺(まひ)した。そこで、国際的な平和と安全の維持に関し、安全保障理事会の機能が麻痺した場合には緊急特別総会を開き、全加盟国の多数決によって問題の処理にあたる、という方式が採用された。

[田中 浩]

多数決と民主主義

多数決であれば、ただちにそのすべてが民主主義的な決定である、というわけではない。しかし、今日、多数決がほとんど民主主義と同一視されるまでになった理由は何か。これは、市民革命後、近代的な人間観が主張されるようになってからであり、近代的人間観においては、人間はすべて生まれながらにして自由で平等な存在であり、かつ人間はすべて理性的存在である、という考えを前提としている。このような合理的・同質的人間観を前提にして初めて、議会の討論において、人々は合理的かつ民主的な結論に到達し、多数意見は少数意見よりも原則的には優れているという仮説が成り立つであろう。したがって、多数決制においては、十分な討論がなされ、少数意見が十分に尊重されるという原則が最低限保障されることが必要であって、いやしくも「強行採決」などによる決定は多数の横暴以外のなにものでもなく、民主的な決定とはほど遠いものといえよう。ともあれ、絶対王制時代のような秘密・専決制にかわって、討論と公開制を標榜(ひょうぼう)する国民代表的性格をもった近代議会と多数決制が結び付いたときに、民主主義的な政治運営の原理が確立されたのである。

 こうした考え方は、最初にホッブズの政治思想にみられる。彼は、理性的な人間が生命の安全をよりよく保障するために契約を結び、一つの権力をもつ共同体=国家を設立することを説いたが、その政治社会を運営する代表を選ぶ際には多数決の採用を認めているからである。ここに、多数決は近代国家における民主的な政治運営の基本的方法として位置づけられたのである。続く議会制民主主義思想の祖といわれるロックは、当然のことながら、多数決制を自明の理としているのである。ところで、近代初期においては制限選挙制をとっていたから、多数決といっても現実には少数者を代表する人々の間での多数にすぎなかった。この政治的擬制(フィクション)を克服するために、政治への全員参加を主張したのが、ルソーの「一般意志」論であり、またルソーの同時代人で、「最大多数の最大幸福」原理と「1人1票制」を主張したベンサムであった。普通選挙制の実現は、多数決制と民主主義との間隙(かんげき)を埋めた。

[田中 浩]

ファシズムの多数決制批判

20世紀の1920、30年代に登場したファシズムは、帝国主義列強とソ連社会主義に対抗するため、強力な政治指導による独裁制国家の確立を目ざし、議会制と多数決制は全国民の利益を真に代表していないとして批判・攻撃を加えた。当時は第一次世界大戦直後の政治的混乱期、未曽有(みぞう)の経済的危機の時代であったから、ファシズムの論理は中産階級や下層階級の人々をひきつけた。これに対し、イギリスの政治学者ラスキは、議会が事実上有産者階級の利益を代表していることを指摘しながらも、真に全国民の利益を代表しうる人々を議会に送り込み、討論を通じて平和的に政策を転換させるよう主張した。一国における民主主義が十分に確立していないところでは、多数決は民主主義的な機能を果たしえないことを、1920、30年代の政治状況はわれわれに教えている。

[田中 浩]

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百科事典マイペディア 「多数決」の意味・わかりやすい解説

多数決【たすうけつ】

集団,特に議会や会議の決定を多数者の意見によって決めること,またその方式。多数決が政治的紛争の解決法として原理化するに至ったのは市民社会においては,多数者が平等の参政権を獲得したため政治的紛争が利益をめぐる限定された争いに転化し,かつ多数決が討議や話合いによる異論統合をふまえた理性的結論とみなされるようになったからである。話合いによる統合過程をもたない多数決は,権威をもたない多数の暴力として少数者の抵抗を招き,この原理は空洞化する。

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精選版 日本国語大辞典 「多数決」の意味・読み・例文・類語

たすう‐けつ【多数決】

〘名〙 会議で、賛成者の多い方の意見に従って事を決定すること。多くの人の意見によって物事をきめること。また、その方法。
※日本‐明治二四年(1891)四月九日「憲法政治の下には何事の判断にも必要なるは多数決の三字。生か死か」

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デジタル大辞泉 「多数決」の意味・読み・例文・類語

たすう‐けつ【多数決】

会議などで、賛成者の多い意見によって物事を決めること。また、その方式。

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世界大百科事典 第2版 「多数決」の意味・わかりやすい解説

たすうけつ【多数決】

合議体,より広く集団ないし多数人の集合における意思形成の方法として多数決がとられるとき,超越的な権威が存在せず,それぞれの主張が価値的に対等であるということを原理上前提としている。その際,多数決に先行する討論によって,さまざまの主張が互いに説得し説得される過程を経たうえで多数意思が形成されることによって,より正しい解決に接近できるはずだという期待が維持されているところでは多数決は円滑に機能する。そのためには,互いに説得し説得される可能性,すなわち,考え方の互換性が存在していなければならない。

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世界大百科事典内の多数決の言及

【採決】より

…一般に,合議体における意思決定のために,議長が表決を採ること。表決には多数決の方法が用いられるが,多数決は,異なった意見や主張のあいだでの討論が十分におこなわれたうえでなされることによってはじめて,実質的な正当性をそなえることができる。しかし,意見や主張の対立が深刻であればあるほど,討論による相互説得,あるいは利害調整は困難になるので,どのような局面で採決をするかは,合議体の運営上,きわめて重要な意味をもつことになる。…

【寄合】より

…これは,村落内の対立や矛盾を顕在化させずに,有力者層の意志を全体の意志として決めて地域の平和を維持する方法といえる。しかし,日本の寄合に多数決の議決の伝統がまったくなかったわけではない。惣の掟に〈諸事申合せ候儀,多分に付くべき事〉(近江今堀,1590年)とか〈いかやうにも多分ニ付キ,談合仕るべく候事〉(近江宇治河原,1605年)と表現されているように,多数決が採用されていた。…

※「多数決」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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