外様御家人(読み)とざまごけにん

世界大百科事典(旧版)内の外様御家人の言及

【直臣】より

…鎌倉時代,北条氏得宗家の被官は御内人(みうちびと)と呼ばれ,得宗の直臣ではあるが,将軍家からすれば陪臣となる。これに対して一般御家人は外様御家人とよばれ疎外されたが,将軍家からみれば直臣である。しかしその主従関係は比較的薄かった。…

【外様】より

…中世,主として武家において譜代関係にない家臣の呼称。鎌倉時代,幕府の実権を握った北条氏得宗家の被官が御内人(みうちびと)と呼ばれたのに対して,将軍家に直属する一般御家人は外様御家人と呼ばれた。鎌倉時代後期には御内人と外様御家人の対立が深刻となり,前者の代表である平頼綱と後者の代表である安達泰盛が衝突した事変は,1285年(弘安8)の弘安合戦として著名である。…

※「外様御家人」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」