日本大百科全書(ニッポニカ) 「外套(ゴーゴリの小説)」の意味・わかりやすい解説
外套(ゴーゴリの小説)
がいとう
Шинель/Shinel'
ロシアの作家ゴーゴリの中編小説。1842年刊。書類を浄書することしか能のない貧乏な小役人アカーキイ・アカーキエビチ・バシュマーチキンがさんざん無理をして新調した外套を一夜にして追いはぎに奪われ、その捜索の斡旋(あっせん)を頼みに行ったさる「有力者」にも一喝されたあげく絶望して死ぬ。その後、彼の幽霊が、奪われた外套を求めて市中に出没する。ゴーゴリのいわゆる「ペテルブルグもの」の最大傑作で、虐げられた下層の人々に対するモラリスティックな同情は後のロシア文学の特徴的なテーマの一つとなった。この物語を社会的プロテストとみるか、あるいは作者の想像力の産物とみるか、評価はさまざまだが、いずれにせよこの小説の最大の魅力が、作者とは別の語り手の、ふんだんに地口を利かせた、やや皮肉な、しかしけっして温かな人間味を失わない、語り口そのものにあることは疑いがない。
[木村彰一]
『平井肇訳『外套・鼻』(岩波文庫)』