変化物(読み)へんげもの

精選版 日本国語大辞典 「変化物」の意味・読み・例文・類語

へんげ‐もの【変化物】

〘名〙
名語記(1275)三「変化物といへるをばけ物といひなせる歟」
歌舞伎所作事で、同じ俳優が次々に別の人物に早変わりして踊る小品舞踊の組み合わせ。「供奴」「浦島」「瓢箪鯰(ひょうたんなまず)」などを含む七変化拙筆力七以呂波(にじりがきななついろは)」の類。

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デジタル大辞泉 「変化物」の意味・読み・例文・類語

へんげ‐もの【変化物】

歌舞伎舞踊の一種で、いくつかの小品舞踊を同一外題で統一し、同じ踊り手が次々に早替わりで踊り分けるもの。変化舞踊

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改訂新版 世界大百科事典 「変化物」の意味・わかりやすい解説

変化物 (へんげもの)

歌舞伎舞踊の一系統。いくつかの小品舞踊を組み合わせて構成し,踊り手が違った役柄をそれぞれ扮装をかえて踊りわけるもの。役柄の数によって,五変化,七変化などとよび,全曲合わせて一つの外題で上演した。名称の由来は妖怪変化がさまざまに姿をかえるという意味から出ている。元禄期(1688-1704)の女方水木辰之助が1697年11月京の都万太夫座で,《七化狂詩(ななばけきようし)》として,犬,業平,老人,小童,六方,藤壺,猩々(しようじよう)を演じて大当りをとったのにはじまる。〈怨霊事〉の系譜をひくもので,以後佐渡嶋長五郎の《七化曲》(1708),榊山助五郎の《紅梅百夜車(こうばいももよぐるま)》(1711)などがある。

 変化物の全盛期は文化・文政期(1804-30)以後にある。このころは歌舞伎は爛熟期で,変化物は怨霊事から離れて,目先の変化と役柄の多様さをねらい,三変化,五変化から発展して十二変化に及んだ。その内容組合せは,三変化は雪月花や三つ人形,四変化は春夏秋冬の四季,五変化は七草,雛,端午,七夕,重陽の五節句,六変化は六歌仙,六玉川,八変化は近江八景,十二変化は十二支,十二ヵ月など,さまざまに趣向をこらした。役柄は老若男女,鳥獣,神仏と幅広く,とくに江戸の市井の人々,男では鳶の者,丁稚(でつち),奴,物売り物乞い,船頭,願人坊主など,女では傾城,芸者,町娘,禿(かむろ),子守,鳥追い,晒女(さらしめ),蜑(あま),女船頭,瞽女(ごぜ),茶屋女,巫女(みこ)など,さまざまな階層に及び,これが変化物の特色となった。演出も華やかさとスピーディな変化をもたせ,早替りや引抜きなどのケレンを用い,また舞台転換にも工夫を加え,音楽も長唄,常磐津,富本,清元,竹本などと目先をかえた。俳優は前半期に,初世瀬川菊之丞,初世中村粂太郎,初世中村富十郎,4世岩井半四郎,2世中村野塩らの女方が活躍し,後半期は当時の〈兼ねる〉という多くの役柄を演じ分ける風潮により,立役が活躍し,その名手として,9世市村羽左衛門,3世市川八百蔵,3世坂東三津五郎,3,4世中村歌右衛門,2世関三十郎,7世市川団十郎,2世尾上多見蔵,6世市川団蔵,4世市川小団次,4世中村芝翫らがあった。作品はこんにち《六歌仙》以外全編が残るものはなく,ほとんどは一部が独立して残っている。長唄では《汐汲(しおくみ)》《越後獅子(えちごじし)》《鷺娘(さぎむすめ)》《相模蜑(さがみあま)》《手習子》《浅妻(あさづま)》《藤娘》《羽根の禿(はねのかむろ)》。常磐津では《源太》《夕月船頭》《駕屋》《年増》。清元では《保名(やすな)》《鳥羽絵(とばえ)》《傀儡師(かいらいし)》《座頭(ざとう)》《玉屋》《三社祭》などがある。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「変化物」の意味・わかりやすい解説

変化物
へんげもの

歌舞伎(かぶき)舞踊の一系統。「変化舞踊」ともいう。いくつかの小品舞踊を組み合わせて構成、演者が次々に扮装(ふんそう)を変え、異なる役柄を連続的に踊り分けるもの。総体のテーマによって一つの外題(げだい)をつけ、役柄の数によって「五変化」「七変化」などとよんだ。地の音楽は長唄(ながうた)が多いが、常磐津(ときわず)、富元(とみもと)、清元(きよもと)なども使い、ときには「掛合い」の形式も用いる。演者は1人を原則とするが、幕末には複数の演者で構成される作品もできた。変化物の最初は1697年(元禄10)初世水木辰之助(みずきたつのすけ)が演じた「怨霊事(おんりょうごと)」の系統を引く『七化狂詩(ななばけきょうし)』といわれる。享保(きょうほう)(1716~36)以後、主として江戸で行われたが、その後は怨霊から離れ、単に目先の変化をねらうものとして発達、文化・文政(ぶんかぶんせい)期(1804~30)にはもっとも流行した。明治以後、『六歌仙容彩(すがたのいろどり)』以外、全編が残る作品はなくなり、それぞれの一部が独立して行われるようになったが、そのなかには日本舞踊を代表する名曲も多い。長唄『鷺娘(さぎむすめ)』『羽根の禿(かむろ)』『越後獅子(えちごじし)』『供奴(ともやっこ)』『汐汲(しおくみ)』『手習子(てならいこ)』『藤娘(ふじむすめ)』、常磐津『三つ面子守』『駕屋(かごや)』『年増(としま)』、清元『保名(やすな)』『鳥羽絵(とばえ)』『三社祭』などは好例。

[松井俊諭]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「変化物」の意味・わかりやすい解説

変化物
へんげもの

歌舞伎舞踊のうち,1つの題名のもとに,異なった人物を扱ったいくつかの舞踊を扮装を変えて連続して踊り分けるものを総称していう。一人立が原則。元禄年間 (1688~1704) の女方水木辰之助の「七化け」が最も古い。寛政年間 (89~1801) 以後,種々の役柄を兼ねる役者の出現とともに,その種類も多様化し,早替り引抜きで衣装を変えて演じられた。文化文政年間 (04~30) に最も多く作られている。三変化から十二変化まであるが,五変化,七変化が多い。全体の構成には四季や雪月花などの見立てが多用される。明治以後はそのなかの1曲だけを切り離して演じるのが常となった。長唄の『汐汲』『供奴』,常磐津の『年増』,清元の『保名』『座頭』『六歌仙』など。

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世界大百科事典(旧版)内の変化物の言及

【歌舞伎】より

… 文化・文政期には舞踊にも目だった変化が現れた。変化(へんげ)舞踊(変化物)の大流行である。これは,元禄以来の一人一役柄の原則が崩れ,いくつもの役柄を兼ねて演じ分けることが名優の資格のように考えられるようになってきたこと,ケレン早替りの盛行が象徴するように,観客がスピーディな転換を好むようになったことなどの理由により,当然のごとく現れた現象である。…

【歌舞伎舞踊】より

…宝暦以後,豊後系浄瑠璃〈常磐津,富本〉などの発達とともに天明期(1781‐89)に〈狂言浄瑠璃〉といわれる舞踊劇が完成する。やがて文化・文政期(1804‐30)から幕末にかけては〈変化(へんげ)物〉流行の時代。変化物は,バラエティーのある小品舞踊を組み合わせたもので,三変化から十二変化に及ぶ作品を1人で踊りわけるものである。…

【所作事】より

…振事は,歌舞伎舞踊の動きが物真似的な〈振り〉にあることから,また景事はとくに上方で,道行の景色を舞うことからいう。享保から宝暦期(1716‐64)に初世瀬川菊之丞,初世中村富十郎によって女方芸として洗練され,安永・天明期(1772‐89)には9世市村羽左衛門,初世中村仲蔵ら立役が進出し浄瑠璃所作事の隆盛をみ,また文化・文政期(1804‐30)に至って〈兼ねる〉役者の3世坂東三津五郎,3世中村歌右衛門らがいくつもの役柄を続けて踊る変化(へんげ)物を流行させた。所作事の上演には,花道,本舞台に所作舞台を敷き,出語り,出囃子となることがある。…

【長唄】より

…文化・文政期(1804‐30)は江戸趣味的な拍子本位の舞踊曲の全盛期である。この期には俳優にも3世坂東三津五郎,3世中村歌右衛門など兼ねる役者に名人が現れ,変化物(へんげもの)舞踊が流行した結果,長唄も短編ではあるが変化物に《越後獅子》《汐汲(しおくみ)》《小原女(おはらめ)》などの傑作が生まれた。また,伴奏音楽の面でも変化の妙を示そうとして豊後節系浄瑠璃(常磐津,富本,清元)と長唄との掛合が流行したのもこのころで,《舌出三番叟(しただしさんばそう)》《晒女(さらしめ)》《角兵衛》などが掛合で上演された。…

【日本舞踊】より

…そして女方の発生により舞踊の中心は女方に移って,元禄(1688‐1704)~享保(1716‐36)期に歌舞伎舞踊は第1次の完成をみた。この間に右近源左衛門の《海道下り(かいどうくだり)》,水木辰之助の〈槍踊(やりおどり)〉や《七化け(ななばけ)》などが生まれ,《七化け》は変化(へんげ)舞踊(変化物)の先駆をなした。 享保から宝暦(1751‐64)には,初世瀬川菊之丞と初世中村富十郎が《無間の鐘(むけんのかね)》《石橋(しやつきよう)》《娘道成寺》などの名作を生み,女方舞踊を完成させた。…

※「変化物」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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