塩酸(読み)えんさん(英語表記)hydrochloric acid

日本大百科全書(ニッポニカ) 「塩酸」の意味・わかりやすい解説

塩酸
えんさん
hydrochloric acid

塩化水素HClの水溶液で、塩化水素酸、鹹水酸(かんすいさん)ともいう。脊椎(せきつい)動物の胃から分泌される胃酸の主要成分となっている。塩化水素を水に吸収させて製造する。工業的には、食塩水の電解に際して生成する塩素と水素とを直接反応させ、生じた塩化水素を水に吸収させてつくるのが普通で、これを合成塩酸という(合成塩酸の製造装置についてはを参照)。試薬として用いられるものは、ほとんどが合成塩酸である。また現在では、有機合成化学工業で各種有機化合物の塩素化に際して塩化水素を副生するので、これを吸収させてつくる。これを副生塩酸といい、不純物のため着色していることが多い。

 普通、濃度35%以上のものを濃塩酸という。JIS(ジス)(日本産業規格)では、濃度35~37%と定められている。容器は耐酸性のあるガラス瓶やポリエチレン、タンク車などが用いられる。無色、刺激臭のある溶液で、濃塩酸は湿った空気中で発煙する。市販の濃塩酸は、塩化水素を約37%含む。沸点は濃度によって異なり、1気圧では20.2%のとき最高沸点108.58℃を示す。20.2%の塩酸は、混合物でありながら純物質のように一定の沸点をもつ共沸混合物で、108.58℃は共沸点である。塩酸の比重は、濃度が増すとともに大きくなり、濃度c(%)と比重dとの間には、およそc=200(d-1)の関係がある。通常の濃塩酸を等量の水で希釈した塩酸(約6mol/L)およびそれに近い濃度のものを単に塩酸といい、これをさらに希釈したものを希塩酸ということが多い。1モル溶液は79.0%(18℃)、0.1モル溶液は92.6%(18℃)電離する強酸である。工業用の塩酸は、微量の鉄塩を溶かしているなどのため、黄色に着色していることが多い。化学的には、非金属元素とはあまり反応しないが、金、銀、白金族以外の金属と反応して水素を発生する。銅、鉄、ニッケル、コバルトなどは、加熱すれば反応する。金属酸化物と反応して塩化物をつくる。二クロム酸塩や過マンガン酸塩などの酸化剤により酸化されて、塩素を発生する。濃塩酸に硫酸を滴加すると塩化水素を発生するが、この反応は、実験室で純粋な塩化水素をつくるのに適している。実験室において試薬として使われるほか、工業的には製鉄工業用、各種塩化物や色素の製造に用いられる。また、医薬品や調味料(アミノ酸しょうゆ、グルタミン酸ナトリウム)の製造(日本ではこの消費量がもっとも多い)、デンプンの糖化など、きわめて広い用途をもつ。濃塩酸は劇薬であるから、取扱いに注意を要する。

[守永健一・中原勝儼]


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化学辞典 第2版 「塩酸」の解説

塩酸
エンサン
hydrochloric acid

HCl(36.46).塩化水素酸ともいう.塩化水素の水溶液.工業的には,水素と塩素の混合ガスを反応させてつくる.実験室では,食塩に熱濃硫酸を作用させて生成した塩化水素を水に吸収させてつくる.市販の濃塩酸は37.2% の塩化水素を含む.密度1.19 g cm-3.濃塩酸は湿った空気中で発煙し,非常に刺激性の強い無色の液体である.20.24% 塩酸は共沸混合物で沸点は110 ℃.強酸で0.1 mol L-1 溶液の電離度は92.6% である.多くの金属を常温で溶かし,水素を発生する.ニオブタンタルバナジウム,金,銀,白金族金属はほとんど反応しない.二クロム酸塩,過マンガン酸塩,ペルオキソ二硫酸などによって酸化され,塩素を発生する.脊椎動物の胃から分泌され,胃酸とよばれる.試薬,無機薬品,色素類の製造,医薬品,農薬の製造など多方面に用いられる.眼や皮膚に触れると炎症をおこす.濃塩酸は劇薬.[CAS 7647-01-0][別用語参照]合成塩酸製造法

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百科事典マイペディア 「塩酸」の意味・わかりやすい解説

塩酸【えんさん】

塩化水素HClの水溶液。塩化水素酸とも。濃塩酸は湿った空気中で発煙する刺激臭のある無色の溶液。一塩基強酸。化学工業の重要な原料で工業用塩酸は不純物(塩化鉄など)を含むため黄色。市販濃塩酸は濃度37%程度で比重1.19。非金属とはあまり反応しないが,多くの金属を溶かし,亜鉛や鉄と反応して水素を発生する。化学工業,染料,医薬品,調味料の製造,デンプンの糖化工業などで重要。脊椎動物では胃から分泌され,胃酸と呼ばれる(胃液)。工業的には水素と塩素とから塩化水素を合成し,水に吸収させてつくる(合成塩酸)。これに対し炭化水素を塩素化するときに得られる塩化水素からつくられるものを副生塩酸という。
→関連項目ハステロイ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「塩酸」の意味・わかりやすい解説

塩酸
えんさん
hydrochloric acid

塩化水素の水溶液。濃塩酸は空気中で発煙する。純粋なものは無色。微量の鉄,塩素,有機物を含むときは黄色みを帯びる。市販の濃塩酸は 37.2重量%の塩化水素を含み,比重は 1.19。 20.22重量%の塩酸の1気圧下における沸点は 108.6℃である。塩酸のおおよその重量パーセントは,その温度における比重から1を引いて得られる数を 200倍したものに等しい。デンプンの糖化や蛋白質の加水分解によるグルタミン酸その他のアミノ酸の製造,塩化物,医薬品,色素類の製造などに多量に使われる。人の胃液中に胃酸として含まれる。希塩酸は胃酸欠乏症に塩酸リモナーデとして服用されるが,濃塩酸は皮膚に触れると消えない跡を残す。

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精選版 日本国語大辞典 「塩酸」の意味・読み・例文・類語

えん‐さん【塩酸】

〘名〙 塩化水素の水溶液。一価の強酸。発煙性で刺激臭のある無色の液体。金、銀、バナジン族、白金族以外のほとんどの金属元素を溶解して水素を発生する。また金属酸化物に作用して塩化物を作る。塩化物、染料、医薬品、アミノ酸調味料の製造原料などに広く用いられる。
※舎密開宗(1837‐47)内「輓近の諸家云塩酸は水素に蘇魯林〈略〉の和して成る者にして絶て酸素を含こと莫し」

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デジタル大辞泉 「塩酸」の意味・読み・例文・類語

えん‐さん【塩酸】

塩化水素水溶液。強い刺激臭があり、純粋のものは無色。ふつう濃度35パーセント以上を濃塩酸といい、湿った空気中で発煙する。金・銀・白金族以外の金属と反応して水素を発生する。工業的にきわめて用途が広い。胃酸の主成分。化学式HCl
[類語]硫酸亜硫酸硝酸硼酸酒石酸燐酸酢酸炭酸枸櫞くえん乳酸王水

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栄養・生化学辞典 「塩酸」の解説

塩酸

 塩化水素(HCl)の水溶液.発煙性で,刺激臭がある.多くの金属を溶かして水素を発生する.胃腺から胃に分泌される酸は塩酸.

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世界大百科事典 第2版 「塩酸」の意味・わかりやすい解説

えんさん【塩酸 hydrochloric acid】

塩化水素HClの水溶液で,塩化水素酸ともいう。脊椎動物の胃から分泌される胃液の主成分で,胃酸と呼ばれ,消化酵素ペプシンの活性化を果たしている。
[性質]
 市販の濃塩酸は37.2%の塩化水素を含み(約12規定,比重1.190),湿った空気中で発煙する。非常に刺激性の強い無色の液体であるが,工業用塩酸は塩素や塩化鉄(III)を含むため黄色を呈する。20.222%の塩酸は沸点108.584℃の共沸混合物である。

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世界大百科事典内の塩酸の言及

【胃液】より

…胃腺は幽門前庭部にある幽門腺,胃体部・胃穹窿(きゆうりゆう)部にある体部腺(胃底腺ともいう),噴門の近傍にある噴門腺の三つに分けられる。胃液は体部腺から分泌されるものが主体であり,体部腺の腺細胞には塩酸を分泌する壁細胞,ペプシノーゲンを分泌する主細胞,粘液を分泌する副細胞がある。幽門腺と噴門腺からは粘液が分泌される。…

※「塩酸」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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