塩見庄(読み)しおみのしよう

日本歴史地名大系 「塩見庄」の解説

塩見庄
しおみのしよう

現塩見を遺称地とする。豊前宇佐宮神宮寺の弥勒寺領。塩見郷とも称された。平安時代末期と推定される弥勒寺喜多院所領注進(石清水文書)日向国「塩見庄 二十丁」とみえる。建久図田帳には弥勒寺領として臼杵郡内に「塩見三十五丁」とみえ、領家は山城石清水いわしみず八幡宮別当、地頭は土持信綱(宣綱)であった。のち領家職は石清水八幡宮別当家の善法寺家の家領化し、承久二年(一二二〇)一二月、善法寺家の祐清から子息棟清の母檀殿女房に譲られている(「検校祐清譲状」石清水文書)。康永四年(一三四五)一一月二二日の開田遠長領吉田村年貢濫妨事書(相良家文書)によれば、土持一族の塩見左衛門太郎が北朝方として活躍していた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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