日本大百科全書(ニッポニカ) 「地衣類」の意味・わかりやすい解説
地衣類
ちいるい
lichens
[学] Lichenobionta
Lichens
植物体(地衣体)の大部分が菌類の菌糸で構成され、これに緑藻類または藍藻(らんそう)類が共生関係で入り込んでいる生物群。分類学上は菌類の一群として考える場合が多いが、ときには独立した植物群と考えられたこともある。
[井上 浩]
地衣類の特性
地衣体のなかでは、藻類と菌類はそれぞれが規則正しく並んでいる。菌類の菌糸は吸器とよばれるもので藻類の一部に付着し、養分を藻類から提供されている。一方、藻類は菌糸に包まれて保護され、水分の供給を受けている。このように地衣体のなかでは菌糸と藻類という2種の異なる生物が共生関係にあるが、こうしてつくられた地衣体は、独立した植物群と同じく、一定の形態、構造、生理的特性をもっている。地衣体を構成する藻類は地衣構成藻(ゴニジアgonidia)とよばれ、地衣体内では集団を形成していることが多い。地衣体を構成するものはクロレラChlorella、コッコボトリスCoccobotrys、コッコミクサCoccomyxaなどの単細胞性の緑藻類か、ノストックNostoc、スティゴネマStigonemaなどの藍藻類である。地衣体を構成する菌類は子嚢(しのう)菌類、担子菌類および不完全菌類で、地衣類はこの菌類の群に応じて、それぞれ子嚢地衣類、担子地衣類、不完全地衣類に分類される。また、地衣体の外部形態や生態によって、便宜的に固着地衣(岩上や樹皮に密着して痂(か)状や粉末状になる)、葉状地衣(地衣体が扁平(へんぺい)な葉状になる)、樹枝状地衣(地衣体が樹枝状に分枝する)に分けることもある。
地衣類の生殖法には栄養生殖と、菌類が行う有性生殖による場合がある。栄養生殖は粉芽、裂芽、ロビュール(地衣体の表面や縁(へり)にできる小裂片)などの器官によって行われ、これらの器官が形成されるか否かは、地衣類の種の分類に際してはきわめて重要である。地衣体を構成する菌糸が有性生殖を行うと、子嚢胞子または担子胞子がつくられる。これらの胞子の形成される場所が地衣類の子器(しき)(子嚢果)である。子器の形態は地衣類の群によってさまざまであるが、皿状またはカップ(盃(はい))状となる。子器は地衣体の表面にできる裸子器と、地衣体の体の中になかば埋もれて形成されるフラスコ状となる被子器とに分けられる。子器で形成された胞子は、発芽して菌糸を伸ばし、新しく藻類を取り込んで地衣体を形成する。
地衣類のもつ大きな特性として、生理的特性があげられる。その特性とは、地衣体を構成する菌類は各種の代謝産物をつくるということである(これを地衣成分とよんでいる)。これは他の菌類にはみられない生理的な仕組みである。こうした地衣成分の差は、地衣類の種の分類を行うときには重要となる。外部形態的にはまったく同じでも、地衣成分が異なると種が異なることがしばしばある。たとえば、ムシゴケThamnolia vermicularisとトキワムシゴケT. subuliformisは、外形では区別がつかないが、地衣成分を調べると別種であることがわかる。
菌類は一般的に、乾燥に対しては抵抗力がないが、地衣を構成すると耐乾性が強まり、直射日光の当たるような乾燥した岩上、松林などにもよく生育する。このように、地衣類を全体としてみると、環境条件が厳しく、他の植物が生育できないような所にもよく生育するといえる。極地や高山に地衣類が多いのも、この現れである。地衣類は、海水または淡水中には生育しないが、海岸の波打ち際のしぶきがかかるような所には生育する。ハマカラタチゴケRamalina crassaなどがこの例である。
[井上 浩]
分類
地衣類は世界中で約2万種が知られており、このうち、日本には約1500内外の種があるとされている。地衣類の主要な群は、次のような分類となっている。〔1〕子嚢地衣類 (1)レカノラ目=子嚢が皿状の裸子器につくられるもので、盤果地衣ともいう。ムカデゴケ科、サルオガセ科、ウメノキゴケ科、チャシブゴケ科、イワタケ科、キゴケ科、ヨロイゴケ科、モジゴケ科などがある。(2)スフェリア目=子嚢は球形またはフラスコ形の被子器の中につくられ、球菌目ともよばれる。アナイボゴケ科、サネゴケ科などがある。(3)ピンゴケ目=子嚢から出た胞子が粉塊状になる。サンゴゴケ科、ピンゴケ科などがある。〔2〕担子地衣類 子嚢地衣にみられるような地衣成分はなく、種類も少ない。ケットゴケ科、マツタケ科などがある。〔3〕不完全地衣類 正確な所属が不明な菌類から構成されている地衣で、ムシゴケ属、シロツノゴケ属、イワゴケ属などがある。
[井上 浩]
地衣類の利用
地衣類の利用面はそれほど広いものではないが、有名なものとしては日本国内で食用に供されるイワタケがある。北部ヨーロッパでは、古くからエイランタイの粉末が市販されている。エイランタイは独特の苦味成分をもっており、ヨーロッパではこのエキスを健胃剤として用いるほか、食用ともしてきた。日本でかつて「アイスランドゴケ」とよんだのは、このエイランタイである。染料としてはリトマスゴケが有名であるが、ウメノキゴケ、サルオガセなども衣類の染料として用いられ、地衣染めとして珍重される。また、最近では市街地の大気汚染の程度を測るのに地衣類を用いる方法が日本各地で試みられている。たとえば、大気汚染の著しい所ではウメノキゴケの生育がなく、汚染の程度に応じて、その出現度は変わってくる。つまり、この場合はウメノキゴケが大気汚染の指標植物となる。
[井上 浩]