地蔵菩薩霊験記(読み)じぞうぼさつれいげんき

改訂新版 世界大百科事典 「地蔵菩薩霊験記」の意味・わかりやすい解説

地蔵菩薩霊験記 (じぞうぼさつれいげんき)

平安時代の仏教説話集。三井寺の僧実睿(じつえい)(1033年彼が地蔵像を修理した話が本書にみえる)撰と称する2巻本と,さらに,それに実睿撰と称する巻三,良観(16~17世紀の人であるが伝不明)撰と称する巻四~十四を加えた14巻本とが存在する。内容は,地蔵を安置する寺院縁起地蔵信仰によって得た利益(りやく)など,基本的には阿弥陀観音の霊験譚と異なるものではないが,地獄から蘇生した話が多く見られるのが地蔵の霊験譚の特徴である。《今昔物語集》巻十七に32の地蔵霊験譚が収録され,そのほとんどは《地蔵菩薩霊験記》の類話なので,本書の成立は平安時代にさかのぼりうる。しかし実睿撰と伝えられる巻二に〈文和年中〉(1352-56)や〈曾我兄弟〉(仇討は1193年)という言葉が出てくるから,現存の《地蔵菩薩霊験記》は実睿の著そのものではなく,地蔵信仰の普及とともに後人が増補改訂したものと思われる。本書以外にも地蔵の霊験譚は数多く収集され,中世には《矢田地蔵縁起》(14世紀初),《星光寺縁起》(15世紀末),《地蔵菩薩霊験記》(13世紀か。フリア美術館)など,絵巻として制作されたものが目立ち,近世には《地蔵菩薩霊験記》(1684刊,14巻),《地蔵菩薩感応伝(かんのうでん)》(1687刊,2巻),《地蔵菩薩利生記(りしようき)》(1688刊,6巻),《延命地蔵菩薩経直談鈔(じきだんしよう)》(1697刊,12巻)等,出版技術の進歩と識字層の拡大によって大部の霊験記が刊行された。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の地蔵菩薩霊験記の言及

【地蔵】より

… 平安時代後期,民間にも仏教が広く浸透するにつれて,地蔵信仰は大いに発達した。11世紀の中ごろ三井寺(園城寺)の僧実睿が民間地蔵説話を集成した《地蔵菩薩霊験記》は後に散逸したが,その説話の多くは《今昔物語集》巻十七に再録されており当時の民間地蔵信仰の特色をうかがうことができる。功徳の集積が容易な貴族たちの間では死後の地獄の恐怖がさして切実でなく,地蔵への関心が薄いのに対し,浄土往生の功徳を積むすべのない民衆の間では,〈地獄は必定〉という深刻な地獄観の下で,地獄に入って人々の苦しみを代わり受ける地蔵の信仰が発達し,〈ただ地蔵の名号を念じて,さらに他の所作なし〉といった地蔵専修さえ成立したのであった。…

【地蔵縁起絵巻】より

…六道の衆生を済度する菩薩として,地蔵菩薩は特に中世において民衆の間で広い信仰を集め,その造像も盛んに行われた。そして特定の寺院の地蔵尊の由来を説く縁起や,中国,日本のさまざまな地蔵の霊験談を集めた《地蔵菩薩霊験記》が作られ,絵巻化された。前者の代表例としては鎌倉時代の《矢田地蔵縁起》2巻(京都矢田寺)があげられよう。…

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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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