在郷商人(読み)ざいごうしょうにん

改訂新版 世界大百科事典 「在郷商人」の意味・わかりやすい解説

在郷商人 (ざいごうしょうにん)

近世中期以降,主としてその地方の特産物を取り扱うことで成長した非特権的な農村の商人。在方(ざいかた)商人ともいう。農村に商品生産が広まると,その生産物を買い集めて都市に売り込む農民が現れたが,このような農民の中で比較的規模の大きい商業を営んだものが在郷商人である。在郷商人には,農民から生産物を買い取るとともに,農民に肥料を売っていたものが多い。主要な生産物を買い取り,その生産物を作るのに必要な肥料を売っていたので,その地方の生産のかなめを握っていたといってよい。農民との取引には前貸し的な方法を取ることが多かった在郷商人は,こうした方法のほか,質屋を営んで農民生活に深くくいこみ,これを支配することもあった。このほか手工業を営んだものもあり,製粉や機業などで水車を使い,賃労働者を使用し,マニュファクチュア経営に進むものもあった。在郷商人は,こうした多面的な経営を営んだが,その身分は農民であり,農業を営んだ。質地として土地を集め,寄生地主に成長するものもあった。こうした点で在郷商人は豪農であり,在郷商人というときは豪農の商人的側面を見たものであった。解体期の幕藩権力は,在郷商人が持つ地方を支配する力を認めて,彼らを支配の末端組織にとり入れた。関東で組合村の寄場名主惣代名主になったり,幕府が農兵を設置するときに多額の寄付金を出してその政策を進めさせたものの中には,在郷商人が多かった。在郷商人は,特産物を都市に売り込むに当たり,既成の問屋組織から離れたルートを取ったものがあった。このことで都市の問屋と争い,新しい流通組織を作ったものもいたが,中には都市の問屋から資本の供与を受けて,その出先機関化するものもあった。一方,農民に対しては前期的資本としてこれを支配し,農民の抵抗を受け,打毀(うちこわし)の対象となったものも少なくなかった。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「在郷商人」の意味・わかりやすい解説

在郷商人
ざいごうしょうにん

近世中期以降、主としてその地方の特産物を取り扱うことで成長した非特権的な農村の商人。在方(ざいかた)商人ともいう。農村に商品生産が広まるとその生産物を買い集めて都市に売り込む農民が現れたが、このような農民のなかで比較的規模の大きな商業を営んだものが在郷商人である。在郷商人には、農民から生産物を買い取るとともに、その生産に必要な肥料を都市から買い入れて農民に売る肥料商を営んだものが多い。主要な生産物を買い取り、その商品を生産するに必要な肥料を売ることで、その地域の生産のかなめを握っていたといってよい。農民との取引には前貸し的方法をとることが多く、こうした点でも生産者を支配することができた。在郷商人はこのような商業のあり方から高利貸を営むことも多く、なかには十数か村、数十人の送り質屋の元質屋となったものもある。また、その地方に発展してきた製粉や機業などの手工業を営んだものもあり、こうした手工業経営に、水車を取り入れ、賃労働者を使用してマニュファクチュア経営に進むものもあった。こうした多面的な経営を営むものであったが、農業に基礎を置いている点ではどこまでも農民であった。質地として土地を集め、これを小作に出して質地地主としても成長し、商人・手工業者・高利貸・質地地主として、その地方に支配的な力をもっていた。こうした点で在郷商人は豪農であった。在郷商人は豪農の商人的側面ともいえる。解体期の幕藩権力は、このような在郷商人のもつ力を支配の末端組織に組み込んだ。関東で組合村の寄場名主(よせばなぬし)や惣代(そうだい)名主になったものの多くは、このような在郷商人であり、幕府が農兵を設置するときに多額の寄付金を出して、その政策を推し進めたものにも、かかる在郷商人が多かった。

 在郷商人が特産物を都市に売り込むにあたって、既成の流通ルートとは異なった新しいルートを開くことがあった。この場合、既成の商業組織・交通組織に頼る都市の問屋や交通業者とは利害が対立し、彼らと争って新しい組織をつくっていったものもあった。しかしなかには、都市の問屋から資本の供与を受けて既成の組織の下で都市の問屋に従属し、その出先機関化するものもあった。一方、農民に対しては、経済的にこれを支配することで抵抗を受け、打毀(うちこわし)の対象となったものもある。

伊藤好一]

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百科事典マイペディア 「在郷商人」の意味・わかりやすい解説

在郷商人【ざいごうしょうにん】

江戸時代,都市商人に対して農村商人をいう。江戸時代には商業は原則として町人独占であったが中期以降の商品経済の発展によって農村にも商品生産が興り,城下町商人に対抗して農民の中から商品流通に従事する者が続出した。農民から生産物を買い取り,肥料などを売り込んでいた。農民との取引には前貸的な方法をとることが多く,また質屋なども営むことが多かったため,質地として土地を集積して寄生地主に成長する者もあった。身分はあくまで農民であったので,豪農という側面も有していた。→寄生地主制
→関連項目在郷町

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「在郷商人」の意味・わかりやすい解説

在郷商人
ざいごうしょうにん

江戸時代,農村に生れ農民身分のまま商業活動を手広く営むようになった商人層をいう。この時代には,商工業者は都市に集中し,農民と商工業者とは身分的にも分けられ,都市の問屋株仲間が農民市場を独占していた。しかし農村における商品生産の発展,とりわけその地域的,社会的分業深化によって,18世紀末頃から問屋,株仲間の独占を排して,在郷商人が生産者と結びつき,消費者との直接取引を行う傾向を強めた。領主側は初めは問屋の特権を擁護する立場を取ったが,ついに幕府の株仲間解散令 (1841) が出ると在郷商人の力は強まった。信州諏訪の製糸業のように,在郷商人がマニュファクチュアに成長する道も開けたが,一般には,幕府の株仲間の再興 (51) が在郷商人をも含めて行われたように特権商人にとどまり,ときには寄生地主 (→寄生地主制 ) となるものもあった。

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「在郷商人」の解説

在郷商人
ざいごうしょうにん

近世の農村社会(在郷)において商業行為にたずさわった百姓身分の地位・状態。広義には,農間渡世としてさまざまな商業を行う者を総称し,豪農層から零細な振売(ふりうり)まで階層も多様である。狭義には,農村に暮らしながら問屋的機能を担い,農村で生産される商品の集荷を行い,一方で,都市や遠方から生活・生産の消費物資や金肥などを村民に販売した商人をいう。農民に商品作物の生産のために資金前貸しを行ったり,質屋を兼ねる者もいた。彼らの多くは村役人であり,近世後期における豪農の商人的側面を示す。

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旺文社日本史事典 三訂版 「在郷商人」の解説

在郷商人
ざいごうしょうにん

江戸中期以後,農村に現れた百姓身分の商人
農村で商品生産が進むと,上層農民の中には,綿・藍・菜種などの農産物や生糸・木綿・絹織物などの生産加工物を商う問屋的商人となるものがでてきた。なかには家内手工業の経営者もあり,株仲間を結ぶ都市の特権商人と対抗した。天保の改革における株仲間解散の一因ともなった。

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世界大百科事典(旧版)内の在郷商人の言及

【作間稼】より

…関東での初見は1766年(明和3)相模国足柄上郡金井島村の商人書上帳(《神奈川県史》資料編5)で,この時期以降,農間余業調査が繰り返し行われた。1805年(文化2)関東一円の治安強化をねらって設置された関東取締出役のもとでは,無宿,悪党の追捕とともに農間余業渡世人,在郷商人の掌握を重視し,農間余業調査を実施し,新規の余業渡世人の増加を規制して村落秩序の動揺を防止しようとした。とくに文政改革以後,代官の手付・手代が関東取締出役として組合村を回村し,農間余業調査を再三実施した。…

※「在郷商人」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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