日本大百科全書(ニッポニカ) 「図像」の意味・わかりやすい解説
図像
ずぞう
日本の図像研究
日本で使われている図像とは仏教図像をさす。仏像は、彫刻・絵画を問わず経典の本旨を具体的に表現したものであるから、大乗仏教が成立し仏像がつくられるようになると、仏・菩薩(ぼさつ)その他眷属(けんぞく)の諸像の種類と性格が明確になり、仏像の面相、姿、手や足の表現法に一定の形式が与えられ、とくに密教が体系づけられると、仏像の形式を規定する儀軌(ぎき)が厳格になってきた。それはまた、西域(せいいき)、中国、朝鮮など地域により、あるいは時代によって変化をもたらした。そのうえ同じ中国でも、仏像の形式の意味づけに異なった解釈が行われたり、同じ仏像でも多くの異なった図像に表されるようになった。そのため日本の密教では、中国から多くの図像を輸入して集め、密教研究の手段の一つとした。密教が盛んになると、わが国の有力寺院では図像の模写収集に努め、平安時代末から鎌倉時代にかけて図像の集成と研究の著述が行われるようになった。『十巻抄』『阿娑縛(あさば)抄』『覚禅抄』などはその代表的なもので、現代においても図像研究の第一級の資料である。日本におけるアジア地域の仏教を中心にした密教図像の研究団体として、1982年(昭和57)9月に美術史、密教学、仏教学などさまざまの領域の人たちによって密教図像学会が結成され、事務所は、京都の種智院(しゅちいん)大学に置かれ、学会誌『密教図像』が刊行されている。
[永井信一]
図像学
西洋美術史の領域で使われる図像ということばは、視覚芸術作品がもつ主題や象徴といった意味内容をさす。そしてこの図像を扱う美術史の一方法論が、図像学(イコノグラフィーiconography、あるいはイコノロジーiconology)である。イコノグラフィーは、17世紀イタリアで、貨幣やメダルの肖像の認知の学問、つまり紋章学をさすことばとして使われ始めたものであった。しかし美術に表された主題の歴史的展開や、それに伴う意味の変遷を研究する美術史の方法論としての図像学の確立は、フランスの中世美術史家のエミール・マールEmile Mâle(1862―1954)の功績に負うところが大きい。
イコノグラフィーとイコノロジーをしいて区別すれば、図像学に対する図像解釈学となる。エルビン・パノフスキー(1892―1968)は、イコノグラフィーは美術作品の主題と意味を取り扱うもので、イコノロジーは「もっと深い意味におけるイコノグラフィー」、つまり解釈を取り扱うものとしている。しかし現在に至るまで二つの用語はしばしば混同して用いられている場合が多い。また、イコノロジー的方法論はドイツのアビ・ワールブルクAby Warburg(1866―1929)の研究が出発点となっている。
[名取四郎]